これからのまちづくり

「新ノーマライゼーション」2019年11月号

和泉短期大学教授・社会福祉士
鈴木敏彦(すずきとしひこ)

1.変化するひと・くらし・つながりと「まちづくり」

本特集のテーマである「まち」を考える時、そこで暮らす個人や世帯を取り巻く環境の多様な変化に向き合うことが求められる。「地域共生社会に向けた包括的支援と多様な参加・協働の推進に関する検討会」の中間とりまとめ(2019年7月、厚生労働省)では、次のように「変化」を整理している。

【個人や世帯を取り巻く環境の変化】

  • 個人や世帯が抱える生きづらさやリスクの複雑化・多様化:社会的孤立など関係性の貧困の社会課題化。生活困窮を始めとする複合的な課題や、人生を通じて複雑化した課題の顕在化。雇用を通じた生活保障の機能低下(例えば、就職氷河期世代の就職困難、不安定雇用)など。
  • 世帯構造:高齢化や生涯未婚率の上昇に伴う単身世帯の増加、ひとり親世帯の増加など、生活保障の一部を担ってきた家族の機能の変化。
  • 社会の変化:共同体機能の低下(血縁、地縁、社縁の脆弱化)、少子高齢化や急速に進む人口減少などの人口動態の変化・経済のグローバル化や安定成長への移行など経済環境の変化。
  • 上記の変化に呼応する形で生じる個人の価値観やライフスタイルの多様化:例えば、他者や自然とつながりながら生きるといった、経済的な豊かさに還元できない、豊かさの追求・家族観や結婚観の変化・働き方の多様化など。

こうした「変化」に対して、「まち」が柔軟な対応を図ることができるならば問題は生じない。しかし、変化への対応が講じられない・遅れると、まちは疲弊し、まちの存続にも影響を与えることとなる。

まちは、物理的な環境のみならず、人々のつながりをも含む包括的な環境を指している。「まちづくり」とは、単に物理的な環境の整備を図ることだけではなく、地域社会をどのように(再)構築していくかということにほかならない。まちの姿は画一的なものではなく、地域特性に応じたまちづくりが必要となる。

2.「弱くてもろい社会」から「地域共生社会」へ:まちづくりの理念

「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会である」とは、「国際障害者年行動計画」(1979年、国連)の著名な一節である。このメッセージから40年後の現在、私たちの社会は、「弱くもろい社会」と決別したと言えるだろうか。現在、わが国では、ソーシャル・インクルージョン(social inclusion)の実現を求め「地域共生社会」が提唱されている。「ニッポン一億総活躍プラン」(平成28年6月、閣議決定)では、地域共生社会を次のように説明している。

【地域共生社会とは】

子供・高齢者・障害者など全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる「地域共生社会」を実現する。このため、支え手側と受け手側に分かれるのではなく、地域のあらゆる住民が役割を持ち、支え合いながら、自分らしく活躍できる地域コミュニティを育成し、福祉などの地域の公的サービスと協働して助け合いながら暮らすことのできる仕組みを構築する。また、寄附文化を醸成し、NPOとの連携や民間資金の活用を図る。

地域共生社会は、高齢期のケアを地域で包括的に確保・提供することを目的とする「地域包括ケアシステム」の取り組みを、障害者、子どもなどへの支援や、複合的な課題に対してもその展開を広げたものといえる。

ここで、世界の動向に目を転じてみたい。2006年、障害者の人権及び基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的として、障害者の権利の実現のための措置等について定めた「障害者権利条約」が国連総会において採択された。条約第3条「一般原則」では、条約の基本原則として8点が掲げられているが、これらは「地域共生社会」構築に不可欠な原則として位置づけられるべきであろう。

【障害者権利条約 第3条 一般原則】

(a) 固有の尊厳、個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び個人の自立の尊重

(b) 無差別

(c) 社会への完全かつ効果的な参加及び包容

(d) 差異の尊重並びに人間の多様性の一部及び人類の一員としての障害者の受入れ

(e) 機会の均等

(f) 施設及びサービス等の利用の容易さ

(g) 男女の平等

(h) 障害のある児童の発達しつつある能力の尊重及び障害のある児童がその同一性を保持する権利の尊重

また、条約第19条「自立した生活及び地域社会への包容」では、「この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。(以下略)」とされ、地域での自立した暮らしを「障害者の権利」と明示している。

3.「誰ひとり取り残さない」まちをつくるために:まちづくりの方法

(1)包括性・総合性

まちづくりを考える際には、福祉等の単独・特定の分野の取り組みだけでは十分ではなく、生活を包括的に捉えた社会の幅広い分野の取り組みが不可欠である。

障害者基本法では、「障害者の自立及び社会参加の支援等のための基本的施策」として、1.医療、介護等、2.年金等、3.教育、4.療育、5.職業相談等、6.雇用の促進等、7.住宅の確保、8.公共的施設のバリアフリー化、9.情報の利用におけるバリアフリー化等、10.相談等、11.経済的負担の軽減、12.文化的諸条件の整備等、13.防災及び防犯、14.消費者としての障害者の保護、15.選挙等における配慮、16.司法手続における配慮等、17.国際協力の17分野が挙げられており、国及び地方行政における障害者施策の幅広い展開の根幹を成している。

まちづくりの「視野」を広げるためには、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030 アジェンダ」(国連、2015年)も重要である。アジェンダでは、「誰ひとり取り残さない」(パラグラフ4)持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のため、経済・社会・環境をめぐる広範な課題に統合的に取り組むことを目的として、2030年までに実現すべき姿を、17領域にわたる国際目標のもと169ターゲット・232指標を有する「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」を示している。

SDGsは国レベルでの取り組みのみならず、都道府県・市町村等の地域における「ローカライズ」が重要であり、まちづくりを広範な視点から取り組む指標となるだろう。なお政府は、SDGsと連動する新たな社会のあり方を「Society 5.0」として推進している。「Society 5.0」とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く人類史上5番目の新しい社会のあり方を「サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」とされている。まちづくりを考えるうえで、「Society 5.0」の視点の活用も有用となろう。

(2)当事者からの発信・対話・参加・協働

まちづくりは、そこに生活の本拠をおく住民が主体となって取り組まれなければならない。障害のある人のなかには、生活のさまざまな場面で「社会的障壁」や「差別」、「合理的配慮の不提供」等の「暮らしにくさ」に直面する人も多い。この「暮らしにくさ」こそがまちづくりの課題であり、障害当事者はまちづくりの方向性を指し示すナビゲーターである。障害者権利条約のスローガン「“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」を実現するためにも、まちづくりには障害当事者による発信、支援者による代弁等が必須と言える。

障害当事者からの発信は、それを受信し、新たな方向性に向けた対話・議論を行う場がなければ無に帰することとなる。こうした対話・議論のプラットフォームの1つが、障害者総合支援法第89条の3第1項に基づく「(地域)自立支援協議会」である。協議会は、地域での障害児・者等の自立した日常生活・社会生活の実現に向けた支援体制等を検討する場であり、障害当事者や家族、福祉・医療・教育・雇用・住宅等の関係者、地域住民等により構成される。障害当事者を中心に、地域における対話・議論が進められ、多くの住民の参加と協働による「誰ひとり取り残さない」「地域共生社会」に向けたまちづくりが求められている。

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