個別支援から地域づくりをデザインする ―長野県松本市の取り組み―

「新ノーマライゼーション」2019年11月号

松本大学総合経営学部
教授
尻無浜博幸(しりなしはまひろゆき)

はじめに

長野県松本市は、人口24万人弱の地方都市である。伝統的に公民館活動が盛んな場所であり、それらを基に現在では35の地区が存在する。各地区の人口は600人台~19,000人台とその規模は地区によって大きく異なる。地区に各種の自治会役員、民生児童委員、健康づくり推進委員、福祉ひろばコーディネーター(松本市独自事業)などを配置、地域包括支援センターはこの地区を基本にして複数地区を担当する形で12か所が設置されている。現在のところ、この地区システムと行政システムとがうまく機能して地域福祉の推進や地域づくりが展開されている。

そのような中で、体制的にはある程度整っていると思われるが、ある程度整ってきたが故に、「地域住民(一般、自治会役員含め)に理解してもらえない、動いてくれない」「地域ケア会議で課題の抽出はできるけど、その後どうすればいいのか分からない」「地区担当の民生委員に困難事例が集まる傾向がある」などの地区システム側の声があり、一方、行政システム側では、「地域住民への協力のお願いは、いまさら難しい」「継続的な取り組みになかなかなっていかない」「制度が分からないからできない」などの声があったのは事実である。

そこで試験的に導入したのが、「できることもちよりワークショップ」である。この手法は、一般社団法人草の根ささえあいプロジェクトとNPO法人起業支援ネットとの協働で開発されたワークショップで、話し合いの場で参加者が「自分ができること」を出し合うことを中心に成り立っている。

地区への導入とその後の変化

松本市35地区のうち、A地区(人口3,000人台)の民生児童委員会の月1回の定例会を活用した。現在受け持っている難しい事例をあらかじめ用意してもらい、事例検討の過程で「できることもちよりワークショップ」を導入した。

松本市35地区のうち、B地区(人口19,000人台)には介護保険事業所連絡会が3ブロックに分かれてあり、その1ブロックで研修会として導入した。担当地区内の事例を地域包括支援センターの専門職に準備してもらった。

松本市35地区のうち、C地区(人口14,000人台)の地域ケア会議の一環で導入した。会議のみで終わるのではなく、住民の活動に関わる意識につながることを目的とした。

実施後の変化として、A地区は、毎月までとはいかないが、難しい事例と判断した民生委員が次々と自分の受け持ち事例を定例会に出すようになってきている。また、A地区以外の民生児童委員会の定例会で、A地区の取り組みを参考にD地区(人口12,000人台)とE地区の町会単位(人口2,100人台)で実施された。B地区は、同地区でのその他の2ブロックで導入を前向きに検討している。C地区は、保険者(行政機関)が地域ケア会議として内容を評価している。今後、地域ケア会議のあり方(工夫)の観点で、他地区への導入が図られることが期待できる。

取り組みが広がった理由

次に、松本市における3年間の取り組みが、なぜ広がりをみせているのかを分析する。「できることもちよりワークショップ」のねらいと参加のポイントとして、まず、「自由な発想でポジティブに!」を強調している。参加者の「できること」をなるべくたくさん出し合うというとてもシンプルであり参加しやすい。「こんなものでもいいのね?」という声をよく聞く。また、出した支援や応援内容は、今後の実施を約束するものではなく、できる可能性があるものを先ず出すようになっている。次に「専門性を離れた個人の視点を大事に!」を強調している。「解決」を目指すよりも、より多くの「できること」を参加者全員の目標としているため、当然、専門知識がなくても自分のもっているものが重要になってくる。そのことが意図しないところで困っている人のために役に立つ可能性は測り知れないとしている。ワークシップ自体は、地域の課題解決に向かうものではないため、参加者の声を把握することができたり、また力が結集するところが発見できたりする。

この2つのねらいとポイントから、松本市での展開で分かったことは、事例は住民の生の声であるという受け止めである。形式的には民生委員の担当事例であったり、また地域包括支援センターの事例であったりするが、その際、一般の地域住民からすれば、そちら側の役割・仕事であって、通常一緒に住んでいるものからの意識の受け止めにつながっていかない。個人情報の取り扱いに配慮しつつ、「私たちの身近で起こっている事例です」というメッセージが重要である。一緒に日常生活を送る足元の一人の方の事例であって、たまたま民生委員等の地区担当の方が教えてくださっているという気づきの機会を増やすことは大切である。このワークショップでは、その機会は作り出せると感じている。なぜなら、事例に多くの時間を割くからである。従って松本市での展開は、その機会を増やすことに留意した結果である。

おわりに

最後に、ワークショップ等の導入の過程をとおして、松本市において個別支援から地域をデザインすることにつながっていると思われる新しい動きを2つ紹介する。

1つは、地域資源の開発の観点で、新しく有償ボランティアのお店が開店した。「コミュニティ商店」と名付け、日常生活支援に必要なものを支援する個人商店である。松本市35地区のうち、F地区(人口14,000人台)内で、サロン活動に参加する中での住民のニーズや困りごとを有償で支援するお店である。地区の民生委員や地域包括支援センターから注文が入る。個人の発想による取り組みがせめてF地区内に浸透するかが目下の課題である。足元の一人を知ることができるスモールサイズによる短いゴールの繰り返しの姿である。

2つ目は、E地区の3つの町会の民生委員のOB/OGが組織した地域ケア活動企画推進委員会である。役割として民生委員を終わられた方々がその後も地域に貢献したいという思いでOB/OGの会を結成、その会に機能しやすい委員会を作って地域づくりに一躍買っている。従来からあるものに肉付けし、新たな活動の意味を見出して地域をデザインする姿である。

このような個別支援から地域づくりにつなげる取り組みは松本市だけでなく、近隣の町村にも広がっており、3町村にはすでに関わりの実績を持つ。地域住民のできることを拾い集めることは、地域住民がすることを支えることに結び付きやすいと考える。松本市を見る限り、その基盤は地域にあり、一緒に日常生活を送る足元の一人の方の姿が起点になる。

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