インクルーシブ防災をめぐる動き

「新ノーマライゼーション」2020年1月号

国立障害者リハビリテーションセンター研究所
障害福祉研究部社会適応システム開発研究室 室長
北村弥生(きたむらやよい)

国連におけるDRR

インクルーシブ防災の「防災」は、英語ではDisaster Risk Reductionで、DRRと略されます。最もよく引用される国連防災機関(Office for Disaster Risk Reduction)による定義では「社会における脆弱性と災害リスクを最小にする要素からなる概念枠組みで、持続可能な開発の文脈上で、ハザードを避け(予防)、限局的にする(軽減、準備)ことを目指す」と説明されます。「国連防災機関」は2019年5月に「国際防災戦略事務局(International Strategy for Disaster Reduction)」から名称が変更されました。気候変動による自然災害の増加は顕著で、防災は重要性を増している分野です。

国連世界防災会議(Conference on Disaster Risk Reduction)での採択文書には、「インクルーシブ防災」の対象者が明確になり、対策が具体的になる過程が示されています。「横浜戦略」(第1回、横浜、1994)では「対象となるグループ」「貧困および社会的な不利益のあるグループ」と表現されました。「兵庫行動枠組」(第2回、神戸、2005)では「貧困層、高齢者、障害者など災害による被害を受けた弱者を支援するセーフティネット・メカニズム、及び特に子供のような災害後の弱者に対する心理的被害の緩和のため心理社会的な訓練計画を含む復興計画を強化する」と障害が明記されました。「仙台防災枠組」(第3回、仙台、2015)では6項目7か所に「障害」が表記されました。たとえば、「政府は、女性、子供と青年、障害者、貧困者、移民、先住民、ボランティア、実務担当者、高齢者等、関連するステークホルダーを、政策・計画・基準の企画立案及び実施に関与させるべきである」と記載されました。

特に、障害に的を絞った場合に、障害インクルーシブ防災(DiDRR)と表現されます。第3回会議では、国際リハビリテーション協会(Rehabilitation International)などの働きかけにより本会議に初めて障害に関するセッションが設けられました。また、日本財団などの支援により、障害に関するセッションの他、開会式・閉会式など障害のある参加者(国の代表者を含める)への合理的な配慮が提供されました。

日本の経験

福祉の先進国として知られる北欧は地震・風水害は稀で、戦争・テロ・雪害が注目されます。一方、環太平洋諸国は、地震・津波・風水害の発生頻度が高く、被災経験を生かした防災あるいはインクルーシブ防災の取り組みに関心が高まっています。特に、日本は、阪神・淡路大震災以来、障害者の災害準備が不足していたことが指摘され、応急的な対策の好事例は蓄積されてきました。筆者も、実践者を講師に招いた講演会の記録を公表(あるいは準備)中です1)

しかし、災害という歓迎しない非日常的イベントへの備えをするゆとりは、地域住民にも、日常生活に通常より多くの時間を必要とする障害者・支援者にも少なく、好事例を個々の生活に反映するには至っていません。

障害種別による個別性が高いので、個々に考え準備することは重要です。我々が試作した「障害者(事業所)の災害準備チェックリスト」1)は100項目以上からなります。チェックした内容を各自で「災害準備カード」として書き出し完成するのに10時間程度がかかります。毎年の更新も必要です。「災害準備カード」を作成することを「個人避難計画を作ること」と考えています。1日15分ずつでも準備を開始していただくことを切望します。ただし、すべてを個人で準備できるとは限りません。一人ではできないことを、地域でどう達成するかが次の課題になります。

地域住民との関係性の構築

阪神・淡路大震災では近隣住民等による救助が77.1%であったことは(内閣府)、よく引用されます。障害があると町内会の活動に参加しにくいことも指摘されており、障害者が地域とどう関係性を持つかは課題です。

ここでは、所沢市地域防災訓練への障害者の参加試行例をご紹介します。地域防災訓練は、誰にとっても地域デビュー、避難所までの経路確認、避難所の環境確認のためのよい機会です。所沢市の地域防災訓練は指定避難所で毎年8月末に行われます。割り当てられた市役所職員、地域災害対策本部になるまちづくりセンター職員、町内会役員が運営主体で、市の広報の他に町内会の回覧板と掲示板で告知されます。

障害者が参加しにくい理由は多様です。広報・回覧板・掲示板を見ることができないので開催日時がわからない、会場あるいは町内会の集合場所まで行けない、アナウンスが聞き取れない、会場になる体育館の入口に3段の階段がある、冷房のない体育館で体温調整できない、アクセシブルなトイレがない、喧騒が苦手、休日早朝から出かける理由がわからない、プログラムのペースが速すぎる、知り合いがいない等が挙げられています。しかし、平時にできないことが災害時にできるはずはないので、避難訓練に参加できなければ、災害時の避難所生活では多くの苦労が予想されます。

そこで、平成25年から、地域防災訓練に障害者と同行する試みを続けています。訓練当日に行くだけでなく訓練の準備会にも参加して、何を達成したいかを提案します。ここでは、車いす利用者に関する進展をご紹介します。

1年目は、同行者が介助し、介助状況の写真を撮ることの許可を得ました。2年目は、前年の介助方法の写真を示して、町内会員4名で車いすを持ち上げることを依頼しました。しかし、当日町内会員が2名しか集まらず参加された方にご苦労をおかけしました。その経験から、町内会、車いす利用者の保護者、市役所職員から「スロープを購入すること」が提案されました。3年目には、「今年は何をするの?」と町内会長から声がかかり、関心を持っていただいていることをうれしく感じました。5年目には、スロープを市役所職員でなく町内会員に出し入れしてもらえないかと打診したところ、「要援護者係を作ろうか」という提案もありましたが、所沢市の地域づくり協議会2)に依頼することになりました。6年目にはスロープを入れた備蓄倉庫の鍵が届かず、当初目標とした「その場にいた人が、車いすを持ち上げること」が町内会長の声掛けで実現しました。7年目は、訓練運営者の写真を事前に撮らせていただき、障害のある参加者から挨拶をしようと計画しました。訓練当日、逆に訓練運営者から声かけがあり、参加者の緊張が解けてプログラムに円滑に参加できたことが報告されました。

5年目から訓練の前に町内会役員と訓練に参加する障害者との情報交換会を開始し、7年目には障害者自立支援協議会が報告会を開催して理解を深めています。

障害者自身が自分の弱みを地域に開示して支援を求めるのは心理的に厳しいため、平時から学校教員・事業所職員・相談支援員等が町内会に配慮方法の調整を行ったり、行事に参加して自然に対応方法を見出し、災害発生時の安全と安心を確保することを期待します。


1)http://www.rehab.go.jp/ri/departj/fukushi/kitamura/

2)所沢市が平成25年度より独自に実施している事業。自治会、町内会をはじめとする地域内の団体で構成している。

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