インクルーシブ防災における地域防災協議会(仮称)と障害当事者の役割~熊本地震などの経験から~

「新ノーマライゼーション」2020年1月号

熊本学園大学 教授
東俊裕(あずまとしひろ)

私が体験した熊本地震以後も、九州北部豪雨、大阪北部地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震、令和元年15号・19号台風などが発生し、毎年、災害に事欠くことがない時代になりました。被災者がその被災を過去形で話せるようになるには長い時間が必要です。にもかかわらず、新しい災害が次から次に発生すると、その陰に隠れて、それまでに発生した災害は過去の災害として忘れ去られてしまいます。被災から未だに立ち直れてない人々にとって、そのことはとてもつらいことに違いありません。しかし、現在、そういった課題を抱えたままの状況が幾重にも重なったまま全国的に同時平行的に進行しています。

私個人は、東日本大震災以来、否応なしに災害支援に携わってきましたが、もともと防災を専門に研究している学者でもなく、障害当事者として災害に長きにわたって関与してきた者でもありません。直接災害を体験した熊本地震もすでに3年半以上の時間が過ぎ、決して災害支援のニーズがなくなったわけではありませんが、私たちがやってきた被災障害者への支援活動も、2019年3月で組織的な活動に幕を閉じました。しかし、高齢者も含め、被災した障害者が置かれている状況にはほとんど変化が見られず、同じ問題が繰り返し、繰り返し起こっています。

私が、東日本大震災に関わることになったのは、内閣府で障害者権利条約の批准に向けた障がい者制度改革の仕事に取り組んでいる最中でした。障がい者制度改革推進会議では、障害者をめぐるさまざまな課題を取り上げて議論していましたが、発災を受けてこの問題を正面から取り上げることになりました。それは、未曾有の事態であったことのほかに、障害者権利条約第11条が自然災害を含む危険な状況及び人道上の緊急事態において、締約国は、障害者の保護及び安全を確保するためのすべての必要な措置をとる旨を規定していたからです。同条約の人権の各論は第10条の生命に対する権利から始まりますが、その次に置かれた自然災害を含む緊急事態の規定には、生命に直結するような重大な意味合いが込められていました。

実際、NHKの調査によると東日本大震災の際の障害者の死亡率は2倍であったことが報道されています。同じ災害を受けたにもかかわらず、なぜ、障害者の死亡率は2倍であったのか。災害に対する個人の対応力において、障害者と障害のない人との間に格差があることは否めません。しかしだからこそ、災害弱者と呼ばれる人に対する社会の支援が求められることになりますが、そうした社会的支援の不十分さが死亡率の格差を生んだ最大の要因ではないでしょうか!当時「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」と呼ばれた避難誘導の仕組みが東日本大震災ではほとんど機能しませんでした。これを受けて、2013年には災害対策基本法が改正され、避難行動要支援者名簿の作成が義務化され、避難誘導にこの名簿を活用することが期待されました。

しかしながら、その後の西日本豪雨による倉敷市真備町で発生した浸水災害において死亡者51名中42名は、避難行動要支援者名簿に登載されていたと報道されています(2018年8月5日朝日新聞)。死亡者の実に8割以上が名簿搭載者であったことになります。倉敷市ではこの名簿に基づく避難誘導に向けた個別計画は未作成でした。仮に個別計画ができていれば、失われずに済んだ命もあったと思われます。

表1~3は、消防庁の「避難行動要支援者名簿の作成等に係る取組状況の調査結果等」に基づいて作成したものです。これによると、ほとんどの市町村では名簿が作成されていて(表1)、直近の名簿登載者は7,842,300名、事前に個人情報の開示に同意した人も3,226,241名に増加しています(表2)。個人情報の開示に同意した要支援者の名簿は、民生委員、消防団、自主防災組織、社会福祉協議会などに公開されます。そして、公開を受けた組織が避難誘導に向けた個別計画を作成することになります。この有無により生死が分かれることになるといった極めて重大な問題です。

表1 避難行動要支援者名簿(市町村の数)

作成状況 2018年   2019年
作成済 1687 97.0% 1720 98.9%
未作成 52 3.0% 20 1.1%
市町村全体 1739 100.0% 1740 100.0%

表2 避難行動要支援者名簿搭載者数

  2018年   2019年
名簿搭載者 7,803,702 6.1% 7,842,300 6.2%
事前開示同意者 3,151,969 2.5% 3,226,241 2.5%
全人口 127,096,351 100.0% 127,094,745 100.0%

表3 個別計画(市町村の数)

作成状況 2018年   2019年
全部作成済 239 13.7% 208 12.0%
一部作成済 741 42.6% 862 49.5%
未作成 759 43.6% 670 38.5%
市町村全体 1739 100.0% 1740 100.0%

しかし、個別計画作成済みの市町村は、依然として1割台にとどまっています。しかも、2019年は2018年よりなぜか減少していることが分かります(表3)。そもそも、民生委員は全国で229,541人(平成28年12月1日現在)であり、この数で直近の事前同意者数を割ると、民生委員一人あたり、要支援者は14名程になります。いざという時、これでは、とても対応できません。しかも、自主防災組織や町内会長なども含め、高齢者が多いといった問題も見逃せません。消防団も団員数は831,982人(平成31年4月1日現在)と民生委員よりはるかに多いですが、発災時の消火活動や人命救助活動が優先され、事前の避難誘導といった役割をどれだけ担ってもらえるのか、必ずしもはっきりしていないように思えます。

また、少ないマンパワーであればあるほど組織間の連携といったものが求められますが、情報公開には守秘義務が個別に課されるため、公開された団体や個人が連携して個別計画を立てることの大きな障壁になっているようにも思われます。加えて、連携するためには、間に入ってコーディネートする役割が市町村に求められるにもかかわらず、同意を得た情報を交付するだけにとどまり、それ以上に関与しようとしない行政の消極姿勢もうかがえます。

こういった避難誘導に向けたマンパワーの不足、守秘義務の壁、行政の消極姿勢といった課題をクリアするには、災害対策基本法を改正して障害者・高齢者への災害支援を目的とし、行政がその運営に責任を負う地域防災協議会(仮称)といった地域全体で対応できる枠組みを設け、先に述べた団体に、避難所運営に欠かせない学校関係者、地域の事業所、若者、学生のほか、福祉事業者や障害者団体を加え、行政が責任をもって個別計画を作成できる体制の整備が求められています。

ご存じのように、国際的な防災戦略について議論する国連主催の国連防災世界会議は、過去3回とも日本で開催されており、第3回会議では2015年に「仙台防災枠組2015-2030」が採択されています。この防災枠組が障害者との関連で述べているのは、災害リスクの軽減の取り組みがインクルーシブでアクセシブルなものであることが必要であるとし、かつ、政府は障害者などの関連するステークホルダーを、政策・計画・基準の企画立案及び実施に関与させるべきであるとしているところです。この点は、障害者権利条約が障害者の参画を強く求めているのと同様ですが、特に、災害による被害の内容と影響の程度が、その地域、地域がそれぞれ有する強靱さと脆弱性に大きく左右されるものである以上、中央政府レベルだけでなく、地域の現場レベルでこそ障害当事者が参画できる枠組みを用意し、支援体制のエンジン部隊として参画を図る必要性があることを理解すべきです。そうした意味で、地域防災協議会(仮称)を設置して、障害者を取り込むことが今後の災害対策として必要不可欠であると考えます。

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