別府市インクルーシブ防災~誰一人取り残さない防災~

「新ノーマライゼーション」2020年1月号

別府市共創戦略室防災危機管理課 防災推進専門員
村野淳子(むらのじゅんこ)

「別府市における障がい者インクルーシブ防災」事業は、2014年4月1日に別府市で制定された「別府市障害のある人もない人も安心して安全に暮らせる条例」の第12条「防災に関する合理的配慮」を踏まえて、要配慮者としての障がい者(福祉フォーラムin別杵・速見実行委員会(以下、福祉フォーラム)は障がい者を中心に地域で共に生きることをテーマに活動している市民活動団体)が自ら行政と協働し、地域の自治会や福祉関係者と協力して、2016年度から3年間にわたって取り組んできた事業です。個別支援計画の作成と情報共有を進め、避難や避難所運営の訓練を行いながら、命と暮らしを守る仕組みづくりに取り組んできました。

災害時に命と暮らしを守るために必要な災害時要配慮者の個別支援計画を作成する手順として、まず障がい当事者やご家族が自宅等の被害がどれくらいになるのか予想されることを確認し、それに備える準備をすることが大切です。そのため、別府市では国立障害者リハビリテーションセンター研究所作成の「自分でつくる安心防災帳」を活用して、担当の障害者相談支援専門員(以下、相談支援相談員)が、障がい者や家族と共に課題を把握する作業を行います。それをもとに相談支援専門員は個別支援計画を作成し、障がい当事者(参加できない場合は家族)と一緒に、居住地域の方々(自治会)との調整会議に臨み、支援してもらいたい内容を伝えます。地域がそれを担えるのか、担う場合はどのような支援が可能か、さまざまな意見が出されます。その上で、障がい当事者も参加して実際の避難訓練を行い、個別支援計画の内容を検証します。危険認知できない知的障がい者のために、タイヤに手を挟まないよう毛布をかぶせるなどしたリヤカー活用の提案や、支援者が扱いやすいよう考慮された車いすを引っ張るロープなども効果的で、地域の人たちの支援を受けて避難できることを確認しました。参加された障がい当事者からは、「とっさの災害の時にどうしようかと思っていたが、避難できることがわかって良かった」「避難路の坂が急で、障がい者2人の家族なので、支援の方法や連絡先などがわかればと思う」(車いす利用者)、「避難路が急だったが、避難の仕方がわかって良かった」(視覚障がい者)などの感想が出されました。

訓練を行った自治会からは、「避難訓練は障がい者も健常者も一緒にやることが大切だとわかった。災害に備えて生きてくる訓練だった。このような訓練が別府市全体に広がっていけば良い」という話がありました。

次に避難所運営訓練を開催するにあたり、事前に地域住民と知的障がい者親子との調整会議を行いました。当事者の困りごとなど、やり取りを通じて状況がわかってきた地域住民からは個室の提供と家族のフォローが大切だとの具体的な支援内容の提案がなされ、訓練時にはスムーズな誘導と対応ができました。

このように個別支援計画の作成、避難訓練、避難所運営訓練という一連の取り組みを通して、何よりも障がい当事者が自ら参加し、自由に発言でき、一緒に考え取り組むことの重要性が明らかになりました。行政や地域住民がそれを理解し、受け入れたことにより、課題を共有して解決に向けて力を合わせることが可能になったと考えます。

3年間の取り組みが進むに従って、「当事者力」と「地域力」の向上という目標が、小さくても具体的な実績や手ごたえとして姿を現し、行政と福祉専門職等の支援を受けて作成された「個別支援計画」を地域で共有しながら、障がい当事者が参加する避難訓練と避難所運営訓練を重ねて、「理解」「備え」「行動力」を高めていく取り組みの在り方が、確立されてきたと思います。

課題としては、福祉専門職が災害時の支援活動にかかわることについて、現時点では法令や契約等に基づく明確な役割にされておらず、持っている情報についても、個人情報保護法にもとづく共有体制整備が進んでいません。

しかし、居住地域における支援の担い手に必要なのは、要配慮者が安全な場所まで避難移動すること、避難後の生活に必要な備品や環境的配慮を提供すること、平常時のサービス提供事業所につなげられる情報です。提供する情報を的確に限定することで、障がい当事者も、自身の情報が居住している地域の人たちに提供されることへの気持ちのハードルが下がり、提供される地域住民も気持ちが楽になると思われます。

別府市の取り組みの出発点は、筆者が全国各地の被災地に駆け付けた際に気づいた「避難所に障がい者がいない」という現実でした。そして、障がい者の防災に取り組み始めて気づいたことは、障がい者を含む災害時要配慮者を支えるべき地域が高齢化し、弱い立場の人たちを支える気力をなくしかけているという現実でした。このままでは、障がい者だけでなく、多くの地域が先細りになっていくと言わざるを得ないような現実がありました。

しかし、障がいのある人たちと一緒に地域に入っていくと、高齢化した地域の担い手の人たちには温かさがあり、人と地域を守りたいという熱意があることが伝わってきました。障がいのある人たちの命と暮らしを守る防災の取り組みは、実は地域全体の在り方と存続をかけた取り組みと不可分のものであることがわかってきました。障がい者と初めて出会うことで、地域の人たちは障がい者と心を通わす喜びを知りました。障がい者も、「私はこんなに温かい心をもった人たちがいる地域に住んでいることを初めて知った」という言葉に象徴されるように、地域の人たちの温かさ知ることになりました。障がい者も地域の人たちもお互いに元気をもらっていると感じることができるようになったと思います。そして、「防災の在り方を変えることは、地域を変えること」に気づきました。

最初に取り組みを始めた地域の自治会長さんと副自治会長さんの話を伺う機会があり、その後の地域の状況を教えてもらいました。とてもうれしかったのは、自治会で毎年テーマを決めて訓練を行ってくれていることとともに、声をかけて訓練に参加してくれた視覚障がい者のご夫婦や車いす利用者のご夫婦など、その後地域で行われる会議やイベントには必ず出席してくれるようになったことです。そして、その方々から、あの時に声をかけてもらって良かったと感謝の言葉もいただいているということでした。地域の中でさまざまな課題を抱えている人も含め、命と暮らしを守るためにつながり、支えあうことで日常が豊かになっていると感じました。

「別府市インクルーシブ防災」の取り組みは、災害時に命と暮らしを守るだけではなく、その過程で人づくりや地域づくりを丁寧に行うことで、日常の暮らしやすさも実現できることを多くの方に伝えていきたいと思います。

今後起きると予想されている大規模災害に備えて…。さあ、一緒に取り組みを急ぎましょう。

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