台風19号の水害と対応~自閉症などの重度障害者の避難~

「新ノーマライゼーション」2020年1月号

社会福祉法人けやきの郷
総務課長兼災害対策副本部長
内山智裕(うちやまともひろ)

埼玉県川越市にある社会福祉法人けやきの郷は、東日本で初めてできた成人期自閉症者施設です。1985年に開設した入所施設初雁の家(定員40名)は、1999年に大谷川の越水による床上浸水被害に遭いました。そのため、その後に建設した事業所は、建設時に土盛りし、土地を嵩上げして水害に備えてきました。しかし、令和元年台風19号では、越辺川の堤防が決壊し、初雁の家をはじめ、当法人が運営するグループホーム事業、通所事業(2)、相談事業(2)の6事業所すべてが床上浸水の被害に遭いました。建物の損害のほか、備品設備、ケース記録、生活用品、衣類、災害備蓄用食品などすべて使えなくなり、被害総額は数億円にのぼります。定期的に避難訓練をしてきたことで人命は助かりましたが、発災から50日経過した現在も50名近くが避難生活を余儀なくされています(執筆時12月10日現在)。

今、初雁の家は、総合福祉センター内の体育館に集団避難しています。設備は障害者向けになっていましたが、自閉症の障害特性に応じた環境整備はあらためてしなければなりませんでした。自閉症の人たちが、自立して生活できるよう、時間と空間を分かりやすいものに工夫しようと、スケジュールを絵カードなどで視覚的に示したり、パーテーションなどを搬入したりしようとしました。パーテーションは、簡易なものだと倒したり、動かしたりしてしまうため、固定したくても壁や床に穴を開けるわけにはいかず、適当な物が見つかりませんでした。ダンボール製のものは、固執する利用者の方が食べてしまい断念しました。また、蛍光灯の点滅が気になる利用者の方がいて、廊下の蛍光灯を撤去しなければなりませんでした。慣れない環境のなかで障害が顕著に現れました。

けやきの郷では、“安定と挑戦”を掲げ、自閉症があっても安心して生活や仕事ができるよう支援し、「生涯発達」を目指して、自分たちでできることを増やしてきました。そのために、利用者と支援員は信頼関係を築き、各々の事業所で障害特性に合わせ環境を調整してきました。安心できる環境がなければ、新たな適応行動を獲得するための挑戦はできないからです。積み上げてきた環境をすべて失い、築き上げた信頼関係を基礎として、避難所で再出発です。

避難後に困難を極めたのは、在宅避難者の問題です。発災直前、入所者のうち、可能な方は在宅避難しました。しかし在宅避難とはいえ、70、80歳代の親元への避難ですから緊急の措置でした。そのため、私たちは応急仮設住宅の早急な設置を行政担当者へ要望しました。

福祉仮設住宅の完成と被害入所施設の復旧工事の終了は共に3月末が見込まれました。また、在宅避難した方は原則対象外とされていました。福祉仮設住宅への入居要件は厳しく、すべての要件を満たすことができず、要望をしたものの、私たちは断念せざるを得ませんでした。その後の国・県・市の協議の結果、仮設住宅入居者数は、在宅避難した方も対象とされました。

災害対策基本法では、避難行動要支援者名簿の作成を義務づけ、災害時の要配慮者に対する取り組みを示していますが、障害者支援施設などの入所者は対象となっていません。原則施設等で対応することとしています。平時から集団での避難先を自主的に確保しておくことが必要でした。重度の知的障害を伴う自閉症の方は、一般の避難所にいることが困難な場合が多いうえ、関係性を積み上げてきた支援者と共に集団で避難できることが必要です。

自然災害は水害に限りません。災害の種類や規模で災害時の対応は異なり、一様ではありません。しかし私たちは、今回の水害で多くの教訓を得ました。入所施設が被災した時、同じような災害弱者が生まれないよう、必要な整備をしていくことがこれからの私たちの責務です。

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