快適生活・暮らしのヒント-ローコスト視線入力装置の可能性

「新ノーマライゼーション」2020年1月号

島根大学学術研究院理工学系助教
伊藤史人(いとうふみひと)

ローコスト視線入力装置とは?

ローコスト視線入力装置が出回るようになって約5年。障害者支援の現場では、視線入力装置を使うシーンがよく見られるようになってきた。

それ以前は、システム一式で150万円ほどするものであり、庶民が気軽に買える値段ではなかった。システム一式に必要なソフトやパソコンを別に用意するとしても、視線入力装置単品で30~50万円であった。

2014年、ゲーム用途ではあったが、約2万円という驚異的な低価格の視線入力装置が登場した。これが、ローコスト視線入力装置である。現在、Tobii社から4C EyeTracker[1](以下、4C)として発売されている。

4Cと高価なものは、視線入力装置としての性能にそれほどの違いはない。ただし、実用上の違いは2点ある。使用規定(ライセンス)とシステム一式の供給方法だ。4Cの使用規定には「分析用途には使えない」と明記されているので、主として研究用に使うためには別途ライセンスを追加する必要がある。また、原則として、4Cを使うにはソフトやパソコンを含め、利用者や支援者がすべて用意しなければならない。

ローコスト視線入力装置にできること

視線入力装置の機能は、人間の目の動きをコンピュータ画面上に落とし込むものである。うまく使うことができれば、目の動きをマウスのように活用できるし、それが難しくても大きなパネルを選択する操作に応用できる。随意的な操作を目的としなくても、画面をどのように見ているのかを記録することが可能になる。これらは、高価な視線入力装置でも実現できていた。

4Cの最大の功績は、すべての人に視線入力を身近にしたことにある。コストの問題で導入に踏み切れなかった人々が、せきを切って使い始めたのである。そして、利用者が増えたことで対応するソフトが増えた。特に特別支援学校では、授業のあり方が大きく変わってきたといえる。これまで支援機器が使えなかった子どもにも適用できるようになったのだ。

身体障害のある方の活用

一般に、身体障害者向けとしてはコミュニケーション用途が主となる。スイッチが適合しにくくても、視線入力であれば入力できるケースがあるからだ。視線入力を活用できれば、文字パネル(五十音等)をより効率的に選択できるようになる。スイッチによるオートスキャン方式に比べるとコミュニケーション環境を改善しやすい。

重度障害者の中には、軽量のパソコンに4Cを取り付けて、外出時にも活用している人々もいる(写真1)。外出時にも視線入力環境を安定して使うことができれば,言語的コミュニケーションが円滑になるばかりでなく、とっさの調べ物やメモなども自分で行えるようになる。生活をより豊かにすることができるのだ。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

認知機能が低いとされている方の活用

4Cの利用において、もっともインパクトがあるのは、認知機能が低いとされている方への活用である。これまでは、支援機器の適用は極めて困難だったからである。認知機能に問題がある場合は、画面表示に応じて素早くスイッチを押すのは大変難しい。画面とスイッチの因果関係を理解していない状態では、二択のような単純な選択であっても随意的な操作は困難である。

しかしながら、比較的軽い知的障害であれば視線入力によるゲームはできる。目視することで絵を描いたり風船が割れるような簡単なゲームなら十分操作可能である(写真2)。ゲームを通して、視線入力と画面表示の因果関係を理解させることにもつながる。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

比較的重い知的障害者であっても、画面表示を目視することができれば、画面上のどこを見ているかを知ることができる。アニメの映像を見せることで、どのキャラクターを追っているのか、シーンに応じて追視しているのかがわかる。これを応用すれば、趣味嗜好を知ることもできるのだ。

また、いわゆる重度心身障害者といわれる人々にも活用できることがわかってきた。たとえば、家族と知らない人の顔写真を同時に2枚見せることで、母親を認識しているのか客観的に確認することが可能である(写真3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

いずれの例も高価な視線入力装置でも可能であったが、4Cとフリーソフトを組み合わせることで誰でも試せるようになった。

「導入」と「維持」はどうする?

実際に使い始めるには、4C以外にもソフト、パソコンや固定具が必要になる。特に、ソフトは目的によって異なるので適切な選定が必要である。4Cや固定具は、自治体によっては日常生活用具として支給される場合がある。

4Cに対応したソフトとして、代表的なものを目的別に挙げる(表1)。

表1 目的別4C対応ソフト(無料・安価なもの)

  ソフト
遊び・訓練 EyeMoTシリーズ[2]、Look to Learn(一部無料)、センサリーアイFX(有料)
学習 EyeMoTシリーズ、Android アプリ(エミュレータ利用)、各種Webサービス
文字入力 HeartyLadder[3]、Windows視線制御機能
視線マウス miyasuku EyeConLT2(7,000円)[4]、Hearty Ai、Windows視線制御機能

なお、システム一式で提供されるのは、補装具としての重度障害者用意思伝達装置(miyasuku EyeConSW、TCスキャンなど)やマイトビー I-15[5]などである。

導入と同じく維持についても自助努力が必須となる。4Cをうまく活用するには、Facebook等のSNSによる情報交換が極めて有効である。世の中には同じ困難を抱えている方もいるので、積極的にSNSを活用して発信及び情報収集を行ってほしい。

これからのローコスト視線入力装置

4Cはいつまでも変わらず使えるものではないだろう。メーカーの意向により、突然発売中止になるかもしれない。とはいえ、道具というのは常に進化するもの。おそらくは、4Cよりも便利な視線入力装置が登場するに違いない。

メガネ型の視線入力装置がそれにあたるが、現在は250万円ほど。これがローコストになれば、現在の視線入力環境は一気に改善する。ユーザーと画面の位置関係を気にする必要が無くなるからだ。さらには、外出時でも積極的に活用できるので、その応用範囲は限りなく拡張される。

たとえば、発話できない重度障害者が、車いすに乗って支援者と買い物に行ったとする。現状では、買いたいものを指示するのに透明文字盤や意思伝達装置等で表現しなければならない。メガネ型の視線入力装置なら、買いたい商品を「注視」すればいいだけ!

テクノロジーは常に進化を続ける。今あるものだけにこだわらず、新しいものにも目を向けて取り入れていくスタンスが重要であろう。その点、4Cでさえも十分には受け入れられていない。この記事をきっかけに新しい世界に飛び込んでみてほしい。

なお、本稿に書けなかったことは、書籍『視線でらくらくコミュニケーション』[6]に掲載しているので,ぜひ参考にしてほしい。


【参考情報】

[1]Webサイト「Tobii 4C EyeTracker」,https://gaming.tobii.com/tobii-eye-tracker-4c/

[2]Webサイト「ポランの広場」,https://www.poran.net/

[3]Webサイト「HeartyLadder」,http://takaki.la.coocan.jp/hearty/

[4]Webサイト「miyasuku EyeConLT2」,https://www.miyasuku.com/software/17

[5]Webサイト「マイトビー I-15」,https://www.creact.co.jp/item/i-15

[6]日本肢体不自由児協会編『視線でらくらくコミュニケーション』, 2019年

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