障害者による芸術文化活動の推進をめぐる動き~法律の成立、基本計画の策定と今後の展開~

「新ノーマライゼーション」2020年2月号

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課自立支援振興室
障害者芸術文化活動支援専門官
大塚千枝(おおつかちえ)

1.法律の成立とそれまでの厚生労働省の取組

平成30年通常国会において、議員立法により「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(平成30年法律第47号)」(以下、法律)が成立し、同年6月13日に公布・施行されました。同法は、文化芸術基本法及び障害者基本法の理念にのっとり、文化芸術活動を通じた障害者の個性と能力の発揮及び社会参加の促進を図ることを目的としています。

法律制定以前、厚生労働省では、全国障害者芸術・文化祭の開催(平成13年度~)、地域生活支援事業による芸術文化活動の振興(平成18年度~)、障害者の芸術活動支援モデル事業の実施(平成25~27年度)などを通じて、障害福祉施策として、障害者による文化芸術活動(以下、同分野)の推進に取り組んできました。平成29年度からは障害者芸術文化活動普及支援事業を通じて、全国の都道府県に同分野に関わるさまざまな主体をサポートする「障害者芸術文化活動支援センター」(以下、支援センター)を設置し、全国の支援体制を整備する取組を進めています。

また、平成20年から文部科学省や文化庁と共同で、同分野に関する懇談会等を開催し、施策のあり方などを検討するとともに、関係者による意見交換などを定期的に行ってきました1

2.基本計画の策定及び内容について

法律成立後、文化庁と厚生労働省は共同で「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」(以下、基本計画)の策定に取り組み2、外務省、文部科学省、経済産業省、国土交通省といった関係省庁との協議や、同分野に関する有識者との意見交換などを重ね、平成31年3月に令和元年度から4年度を対象期間とした基本計画を策定しました。

基本計画では、法律成立までの背景や経緯、基本計画の位置づけ、障害者による文化芸術活動の推進に当たっての意義と課題を明記し、法律の定める基本理念や取り組むべき施策を踏まえ、3つの基本的な方針と11の施策の方向性を定めました。

(1)障害者による文化芸術活動の推進に当たっての意義と課題

障害者による文化芸術活動には、既存の文化芸術に対して新たな価値観を投げかけるものも多く存在し、これまでの厚生労働省等の事業や取組を通じて、文化芸術活動によって、障害者の個性と能力に気づくことができる、障害者を新たな価値提案の主役として捉えることができる、障害の有無にかかわらない対等な関係が築かれる、障害者本人だけでなく周囲もより幸せになる、地域の多様な人々がつながる、といったさまざまな成果がもたらされています。

一方で、障害のある方が文化芸術活動に参加する上で障壁がある、文化・福祉・教育等の関連分野に縦割りがある、本人に十分な支援や情報が届かない、本人の意思が尊重されない、全国的な実態把握が十分でないといった課題も存在しており、基本計画においては、これらの課題を解消するための当面の目標を示しました。また、「障害者の文化芸術」と一括りにすることで、そのような分野が存在するかのような印象を強め、他の文化芸術活動との分断を生じさせるのではないかという懸念も踏まえることが必要であるとしています。

(2)3つの基本的な方針

基本計画では、同分野を推進していく上で、3つの基本的な方針3を定めました。

1つ目は、幅広く促進していくという視点に基づくもので、障害種別や特性の違いに関わりなくどんな障害者でも、地域のさまざまな場所で生涯にわたり多様なジャンル(美術、音楽、演劇、舞踊など)のさまざまな活動(鑑賞、創造、発表など)に全国津々浦々で参加できること、幅広いニーズや特性に対応することが重要であり、障害者の文化芸術活動を国内全体の文化芸術活動の推進につなげるという方針です。

2つ目は、創造活動に対する支援の強化が重要であり、文化芸術のもつ多様な価値を幅広く考慮し、評価のあり方を固定しないという視点です。文化芸術には多様な価値があり、価値の尺度もさまざまであるため、特定の価値や評価軸を前提としないよう留意することが必要であるとしています。

3つ目は、住みよい地域社会を実現する視点に基づくものです。障害者の文化芸術活動は、本人、学校、福祉・文化の施設や団体、行政などさまざまな主体が関わる超域的な分野です。活動を推進するには、これらの関係者が専門領域を超えて円滑に活動できる連携体制や環境整備が重要で、この連携によって地域に新たな活力をもたらし、障害への理解を進め、誰もが相互に尊重し合う豊かな地域社会をつくろうとするものです。

(3)取り組むべき11の施策

法律に定められている1.鑑賞の機会の拡大、2.創造の機会の拡大、3.作品等の発表の機会の確保、4.芸術上価値が高い作品等の評価等、5.権利保護の推進、6.芸術上価値が高い作品等の販売等に係る支援、7.文化芸術活動を通じた交流の促進、8.相談体制の整備等、9.人材の育成等、10.情報の収集等、11.関係者の連携協力という11の領域について、必要な方向性を示し、関係省庁が取り組む具体的な施策をまとめました4。現在、関係省庁はこの方向性に基づいて、それぞれ施策に取り組んでいるところです。

3.今後の展開について

各省庁で施策に取り組む一方、文化庁と厚生労働省では、本計画期間中、主に2つの重要な取り組みを連携して行います。

(1)地方公共団体における基本計画策定支援

1つ目は、地域における同分野のより一層の推進をめざし、地方公共団体にも基本計画を策定し、施策に取り組んでもらうための支援です5。地域ごとに実態や課題が異なるため、実情にあった施策が必要であり、既存の障害者計画や文化政策の指針等との連動、都道府県と市町村の連携など、計画策定のあり方もさまざまだと考えます。

今年度は、全国の都道府県や支援センターに対して、地域の基本計画策定を推進するために専門家や先行自治体による講義や報告を行いました。来年度以降も、自治体における策定状況の調査を行いつつ、計画策定を推進する支援を行っていきます。

(2)全国調査による実態把握

2つ目は、同分野の全国的な実態把握につながる基礎調査の実施です。法律では、基本計画に施策の具体的な目標及びその達成時期を定めることとしていますが、今期計画策定時には、これらを設定するための全国的な実態把握が不足していました。これまで数多くの実態把握調査が行われていますが、特定の地域やジャンルを対象としたものが多く、実施時期も異なり、全国の実態を統一的かつ全体的に把握することが困難でした。

このため、今後、文化庁と厚生労働省はそれぞれ全国の実態把握を行い、次期計画の目標や達成時期を定めるための指標や検証方法などを検討します。今年度、文化庁では、全国の博物館・美術館を対象に調査を行い、今後は、全国の劇場・音楽堂等などの文化施設を対象に調査を重ねていく予定です。厚生労働省においては、障害者本人、障害福祉施設、支援センターの3つを対象にした調査の設計を行っており、来年度以降、本調査を実施する予定です。調査結果は、ホームページ等で公開する他、自治体へも提供し、各地域における基本計画策定や施策においても活用いただきたいと考えています。

今年は、文化の祭典でもある東京2020オリンピック・パラリンピックが開催され、全国で文化芸術活動も盛り上がると思いますが、障害者による文化芸術活動を一過性のもので終わらせず、中長期的な計画に基づいて推進を図っていくことが必要であると思います。大きなイベントや文化事業の実施のみならず、日常生活において、誰もが平等に文化芸術を創造し、享受することができるよう、また文化芸術活動を通じて障害のある方々が幸せに生きられること、地域共生社会の実現をめざし、施策に取り組んでいきたいと考えます。


[注]

 障害者による文化芸術活動の推進に関する取組は、障害福祉と文化芸術の双方から行われており、詳しい経緯や内容については、基本計画「第1 はじめに」に記載しています。

 法律において、文部科学大臣及び厚生労働大臣が、基本計画を定めることとされています。

 法律にある3つの基本理念に基づいて定めています。

 詳しい施策の方向性や内容については、基本計画をご参照ください。

 法律において、「地方公共団体は、(国の)基本計画を勘案して、当該地方公共団体における障害者による文化芸術活動の推進に関する計画を定めるよう努めなければならない」とされています。

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