文化庁における文化芸術活動推進の取り組み

「新ノーマライゼーション」2020年2月号

文化庁地域文化創生本部事務局
総括・政策研究グループ チーフ
吉原貞典(よしはらさだのり)

障害の有無にかかわらず、すべての人が文化芸術に親しみ、優れた才能を生かして活躍することのできる社会を築いていくことが重要であることから、これまで文化庁では、障害者による文化芸術の鑑賞や創造、発表の機会を確保するため、障害者の優れた文化芸術活動の国内外での公演・展示の実施、映画作品等のバリアフリー字幕や音声ガイド制作への支援等に取り組んできたところです。

平成31年3月の「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」に基づき、さらなる活動の推進を図っていくため、令和元年度から「障害者による文化芸術活動推進事業」を創設し、障害者による文化芸術の鑑賞や創造、発表の機会の拡充、作品等の評価を向上する取組等、共生社会を推進するためのさまざまな取組を支援しています。文化庁の下記ホームページで採択事業内容を公表しておりますが、その中から具体的な事例を2つご紹介させていただきます。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/shogaisha_bunkageijutsu/kyosei/

また、2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の東京招致をきっかけに、スポーツや文化芸術を通じた機運醸成の一環として開催された「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」にあわせ、2016年10月に実施した障害者のアートなどに関する展覧会をスタートとして、共生社会や文化の多様性について関心を深めることを目的に、毎年「ここから」展を文化庁主催で開催しています。

さらに、令和2年度から、国の基本計画を参考にして策定する独自の計画に基づき、地方公共団体が実施する文化芸術活動推進のための事業に対し、新たに支援を行う予定としています。

【事例1】

事業名:こんにちは、共生社会(ぐちゃぐちゃのゴチャゴチャ)

法人名:NPO法人DANCE BOX

DANCE BOXは、高齢者や在日外国人が多い神戸・新長田という下町で、客席数120の劇場を運営し、ダンスの力を社会に活かす事業を実施しています。障がいのあるダンサーとは、2007年以降同時代の舞台表現の一つとして、プロフェッショナルな舞台を創作・上演してきました。しかし、より一層、障がいの有無だけでなく社会的弱者に対する理解を深めるとともに、社会における真の共生とは何かを考える機会と場を創りたいと、今年度より新たなプロジェクト「こんにちは、共生社会(ぐちゃぐちゃのゴチャゴチャ)」が始動しました。

まず、新長田地域を起点にキックオフミーティングを実施。4つのテーマ(障がい者とアート/高齢者/在日外国人/子育て)に関わる地域内のキーパーソン19名にお集まりいただき、それぞれの現場から見える課題やアートという要素が出会うことで生まれる可能性を探りました。

その後、どのような状況にある人でも、芸術に親しむ機会が広がるよう、障がいの有無にかかわらず参加できるダンスワークショップや聴覚障がいの方と共に研究開発をしたワークショップ、視覚以外の感覚をフルに活用させたアートツアー、療育センター等への出前パフォーマンスなど、さまざまな入口のプログラムを実施するほか、複合的な理解・知見を持てるよう講座も開きました。

数名の障がい当事者がナビゲーターや講師も務めてくださいましたが、そのようなプロフェッショナルなパフォーマーが日本では未だ少なく、より創造的な活動を行う人の発掘・育成は、今後も重点をおいて取り組みたい点です。そしてあわせて、ファシリテーター、コーディネーター、アシスタント等の人材育成も時間はかかりますが、継続して取り組んでいくことが必要です。

豊かさとは何か。自分を受け止めてくれる人と安心できる場所があること、そして、自分の言葉(いわゆる言語という意味ではなく)で話せること、自分の表現ができることは、その中でも大きな要素だと考えます。さまざまな人が暮らし、創造的カオス(混沌)がある場所、新長田。まずは、このまちが<文化芸術による共生社会>の先進的なモデルとなり、この活動が全国へ広がっていくことを願っています。

今年度は試行の1年ととらえ、WEB上でのドキュメンテーションを実施し、記録を公開しています。

https://hello-diversity.tumblr.com/

【事例2】

事業名:ゆいまーるミュージックプロジェクト「美(ちゅ)らサウンズコンサート」

法人名:一般社団法人琉球フィルハーモニック

琉球フィルハーモニック(以下、琉球フィル)は、那覇市を拠点に、沖縄県内各地で活動するプロ・オーケストラです。活動の目的は、「音楽を演奏すること」にあり、演奏を通じて、音楽の魅力を伝え、音楽に親しむ方々を増やしていくことを使命としています。

地元の方々に望まれるオーケストラのあり方を模索し、演奏を聴く機会が限られがちな離島や過疎地域での公演活動に、積極的に取り組んでいます。転機は、次代の音楽家を育成する「那覇ジュニアオーケストラ」を設立したこと。メンバーには、発達障害の児童や不登校だがジュニアオーケストラの練習には参加できる子など、さまざまな子どもたちがいます。

沖縄は、「子どもの貧困」が全国平均の2倍の3人に1人が貧困状態にあり、音楽が好きでも家庭の事情などで音楽をあきらめざるを得ない子どもたちがいます。そこで、沖縄県文化振興会や企業の協力、さらには全国各地の賛同者から楽器の寄付を受け、3年前から「音楽による子どもの居場所づくり」に着手、多様な背景をもつ子どもたちと共に音楽を楽しむ居場所を運営しています。

それでもなお、誰もが音楽を楽しめる状況にはありません。そこで、琉球フィルの理念に立ち返り、オーケストラだからこそできる、「あらゆる人が音楽に触れる機会をつくること」に取り組み始めました。ですが、クラシックを演奏する音楽ホールの車いす席は限られ、場所も決められています。ストレッチャーは、入ることすらできません。段差が多く、興奮して走り出してしまう人のケアもできません。そこで、ホールでの鑑賞が困難な障害のある方やその家族が、気兼ねなく鑑賞できる「美(ちゅ)らサウンズコンサート」を実施しました。

音楽の専門家だけでは不可能ですが、志を同じくする多分野の専門家が集まってくれました。障害福祉の専門家、自身も進行性の障害を抱えながら音楽活動をする方、自閉症の子をもつ親、町の職員、そして、心強いボランティアの協働のもと、コンサートを無事実施することができました。演目の設定、会場の設営、必要なケアスタッフなど、多くの経験を蓄積することができました。今後こうした経験を他のオーケストラとも共有できるでしょう。

まだまだ課題はありますが、「初めてオーケストラを聴いた」「家族みんなで音楽会に来たのは初めて」といった声が多く寄せられ、こうした活動が待ち望まれていたことを認識するとともに、音楽を専門とする者の責務をより強く実感しています。

以上、2つの取組をご紹介させていただきましたが、文化庁はこうした取組への支援などを通じて、障害者による文化芸術活動の推進を図っていきます。

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