国連と障害の観点から取り組む2030年開発アジェンダ

「新ノーマライゼーション」2020年4月号

国際連合経済社会局障害問題担当責任者
国連障害者権利条約締約国会議事務局チーフ
伊東亜紀子(いとうあきこ)

2030持続可能な開発のアジェンダと障害者権利条約

2030持続可能な開発のアジェンダは、人々、地球、そして繁栄のための具体的な行動計画を提示し、障害者も含め、誰も取り残されるべきではないことを明確にしました。このアジェンダを実現するために169のターゲットと232の独自の指標を含む17の持続可能な開発目標(SDGs)を設定しました。SDGsは、すべての人にとってより包括的な、また持続可能な未来を実現するための国際規範の枠組みです。これらには、貧困と飢餓の終焉、健康と教育システムの改善、都市の持続可能性の向上、気候変動への取り組み、海と森林保護と広範囲にわたり変革が求められています。

SDGsを達成するためには、障害者の参加は中心的な課題であり、「誰も取り残さない開発アジェンダ」としてのSDGsの枠組みに必要不可欠です。その実施、モニタリング、及び評価にも具体的に障害の観点を組み込んでいくことになっています。

一方、2006年12月に国連総会で採択された障害者権利条約は、グローバルな開発アジェンダにおける障害の主流化(メインストリーム化)をさらに推し進め、障害者の社会参加と障害の観点の包摂という視点からインクルーシブな社会と開発のための新たな枠組みを定めています。

障害者権利条約は2020年3月29日現在で181か国が批准し、締約国は条約における障害者の権利を法的に履行する義務を負っています。批准国数の増加は、障害者の権利がますます重要な優先事項として国際社会、そして国家レベルでも認識されていることを示しています。

2030年の開発アジェンダとSDGsの実施には、同条約を踏まえ開発のプロセスに参加し、その恩恵を受ける機会を障害者も含めすべての人々が平等に享受することを謳(うた)っています。さらに、障害を分野横断(crosscutting)な問題として位置付けています。

「誰も取り残さない」持続可能な開発プロセスと実現:新たな視点と社会変革へ:国連コミュニティの取り組み

国連経済社会局は国連システムの障害問題に関するフォーカルポイントで、開発に関する専門知識と多国間交渉の事務局として、グローバルアジェンダ、特にSDGsにおける障害者と障害の視点の包摂に重点を置いています。

障害者権利条約実施の国別の実施に関するモニタリングを担うのは、障害者権利委員会と障害者権利条約締約国会議です。国連人権保障システムの中では障害者権利委員会(国連人権保障システムの条約体)は、国連人権高等弁務官事務所が事務局を担当。障害者権利条約締約国会議は、国連経済社会局が事務局を担当しており、毎年国連ニューヨーク本部で開催されます。この締約国会議は、人権条約体の中でも唯一、権利条約の実施に関する経験と新たなアイデアを共有し、より踏み込んだ各国政府、国連システム、専門家ネットワーク、障害者コミュニティの代表を交えた議論のためのフォーラムでもあります。締約国会議では、締約国、障害(者)NGO、市民社会を代表するNGOが参加し、障害者権利条約の実施に関する立法事項についてハイレベルパネル(政府高官及び有識者による)が行われ、議論が交わされています。その中でも、これからの障害と開発の分野の主眼点は、障害者、そして障害自体の概念が開発の中で主要な開発問題としていかに新たな視点を提供しうるか、人権の概念や規範、モニタリングシステムがどのように持続可能な開発目標達成に貢献できるか、というものです。

国連の障害と開発に関する初の主要報告書:UN Report on Disability and Development

国連経済社会局は、障害と開発に関する主要な問題について調査と分析を行い、ステークホルダーネットワークと密接に連携して、グローバルアジェンダに障害を組み入れ、国際規範とその実施の枠組みを支え、新しい知識プラットフォームを構築しています。最近の例では国連の障害と開発に関する初めての主要報告書(UN Flagship report: UN Report on Disability and Development)があげられます。これは、障害と開発に関する国際的な政策の枠組みを強化し、国内政策に転換するために必要なデータ、エビデンス全般の基盤を構築するためのステップとして、2015年から3年をかけて準備が行われました。事務総長自らにより発表されたこの報告書は、世界で初めて、障害と持続可能な開発目標を調査した国連の研究成果です。国連ではこの報告書を可能にした国連とアカデミアのネットワークを基盤に、新しい知識ネットワークをさらに発展させ、開発における障害者の権利、ウェルビーイング、障害の視点を含むエビデンスをしっかりと固めていくことに力を注いでいます。

この報告書によると、障害のある人の大半は、SDGs実施の中では不利な立場にあることは明確です。差別や社会参加が困難な状況下で、意思決定過程や政治参加における障害者の貢献の過小評価なども相まって、障害者は貧困に陥る率が非障害者より高く、教育、保健サービス、雇用へのアクセスの欠如がさらなる社会的排除につながっています。特に障害のある子どもや女性、そして障害のある人の中でも最も取り残されがちな人々のために緊急に対策を講じることが必要であり、学校教育、ヘルスケアとサービス、職場、余暇とレクリエーション活動、スポーツ、生活のすべての領域への障害者のアクセスを確保するために、さらなる変革が求められています。

また、都市、農村地域も障害の視点から、輸送、インフラ、情報通信技術についてアクセシビリティの改善が期待されています。障害のある人々に権利と平等な機会を確保するために、人々の意識、行動様式、また法律、政策、文化にも障害者、障害の視点を組み込むべきだとしています。ただし、この報告書は、好事例も増えていることを示唆しています。例えば、インクルーシブ教育の分野では、88%の国が子どもの教育への権利について言及している法律や政策を有しており、66%の国は障害のある生徒を含むカリキュラムを有しており、53%は教育のためのデータ収集システムを持っています。

また、この報告書の中で、2030年の持続可能な開発のアジェンダと障害者権利条約の目標を実現するために、すべてのステークホルダーが、国連との提携により、グローバルアジェンダに障害者と障害の視点を含めることを推進しています。国連システムは、各国政府やその他のステークホルダーと協力して、2030アジェンダの実施を意思決定と実施の各段階で障害者の参加と障害の視点の包摂を求めるなど、障害者機会均等に対する政策を進め、グローバルな「アクセシビリティの文化」の担い手としてアクセシビリティの確保に取り組んでいかなくてはなりません。

国連システムにおける障害者インクルージョン戦略(2019)

2019年6月、障害者権利条約締約国会議の開会式で、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、国連システムにおける障害者インクルージョン戦略の立ち上げを発表しました。この戦略は、国連の政策的なコミットメントだけでなく、そのプログラム及び障害者、障害の視点の包摂に関する国連のパフォーマンスを現場で向上させることを主眼としています。この戦略の実施はすべての国連機関が参加し、事務総長室の障害者インクルージョン戦略担当の部署が中心となって、世界中の国連の事務所そしてフィールドオフィスからの報告をもとに、2020年秋に初めての事務総長報告書を国連総会に提出する予定です。

おわりに

障害のある人を含むすべての人々が、意思決定プロセスにおいて十分な発言権を持ち、経済的、社会的、政治的、文化的生活を享受することができる社会、それは、あらゆる面の進歩に恩恵を受ける世界を構築することにほかなりません。

障害者が平等と完全な社会参加の下に、経済、社会、文化的権利を行使できることは、社会正義としてだけでなく、私たちの共通した未来への「常識的な投資」でもあります。障害のある個人と社会の両方を知識、経験、新たな実務的ネットワークをも取り込みながらエンパワーしていき、2030年持続可能な開発アジェンダの枠組みの中で、平和と発展を促進していく確かな方策を模索していくべきです。

2020年3月の時点で、世界中がコロナウイルス感染と人類全体に及ぼしている破壊的な影響が出ています。このような危機に際して障害者、高齢者そして弱者となりうる人々の身体的、精神的健康の損失、また経済社会文化活動からの孤立をも防ぐべく、国際社会、国内、そして地域社会のネットワークを最大限に効果的に活用していくことも重要であると思われます。

(文責は筆者にあり、本稿の内容は必ずしも国連の公式な見解であるとはいえない)

menu