ポルトガルのインクルーシブ教育の新たな展開

橫浜国立大学教授 德永亜希雄
東京成徳短期大学准教授 田中浩二

1.はじめに

ヨーロッパの西の端に位置するポルトガルは,面積は日本の約4分の1,人口は約11分の1の温暖な気候の国です.日本が障害者権利条約批准に向けた動きにある中で,同国は,批准に向けた動きとして,学校教育に関する法令改正を行い,特別な教育ニーズのある子どもへの教育(以下,インクルーシブ教育)を推進する取組を進めていました.

その中に,筆者が研究に取り組んでいたWHOのICF-CY(国際生活機能分類児童版)の活用を位置付けていたことから,ICF-CY研究に取り組んでいたポルト教育大学の研究チームとの交流が始まりました.また,同国の総人口と旧特別支援学校との比や,義務教育段階の特別な支援を受けている子どもの比率等が日本に比較的近かったことから,日本で活用しやすい知見を得られる可能性があり,以降,同国の取り組みについて検討を進めてきました.

ここでは,まず,ポルトガルのインクルーシブ教育の概要を述べ,その後,最近の動き,新たな展開について紹介します.

2.ポルトガルのインクルーシブ教育の概要と2008年の法令改正

同国において,インクルーシブ教育の原語は,Educação Especialsとなっています.直訳としてはSpecial Educationに近いと考えられますが,その状態像から,ここではインクルーシブ教育と表記します.その対象者は,コミュニケーションや学習,運動,対人関係,集団への参加にかかわる永続的な課題により,活動や参加に関する明確な困難さを示す子どもとなっています.

障害者権利条約批准に向け,インクルーシブ教育を推進する法令改正が2008年に実施されました.全ての子どもの学びの場は,複数の幼稚園・小学校・中学校・高等学校がグループ化された基礎学校であり,特別支援学校は,私立校はあるものの,公立校は,Resource Centre for Inclusion (RCI)として,地域の学校を支援する機関に改編されました.

義務教育は18歳までです.筆者が実地調査をした範囲では,中学校を核とし,複数の幼稚園・小学校がグループ化され,基礎学校と呼ばれていました.校長は中学校のみにおり,幼・小には,それぞれ管理職としてCoordinatorと呼ばれる人が置かれていました.小学校の1学級あたりの人数は30名以内で,特別な教育ニーズがあると判断された子どもがいる場合は,その学級は20名以内となり,当該児童は1学級に2名までの在籍という規定もあります.特別な教育ニーズがあるかどうか,何らかの支援が必要かどうかは,学校教育の文脈で構成されたICF-CYの項目を用いて評価され,判断されることになりました.

校内には,通級教室のようなSpecial Unitを置くことができます.Unit在籍が中心となるのは,自閉症のある子どもと重度・重複障害のある子どもとのことでした.また,各学校或いは,基礎学校内の複数の学校兼任で,1~2名のSpecial Needs Educator(以下,SN教師)が置かれていました.SN教師は,特別な教育ニーズの判定や,直接的な指導,学級担任への支援,ニーズに基づくRCIへの支援要請等を行っていました.RCIには,教育職はおらず,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,心理士が配置されています.また,RCIは,単独ではなく,様々な施設の中に置かれています.

3.同国の取り組みからの我が国への示唆

ここでは,2015年に実施した,RCI及びRCIによる支援を活用している基礎学校への実地調査の結果等を踏まえ,RCIに関連した取り組みを中心に述べます.RCIは,基礎学校の子どもや教員を支える,インクルーシブ教育推進に欠かせない資源であることが確認されました.日本の特別支援学校は,校内の一部の組織によって,地域の小・中学校等の支援(センター的機能)を行っていますが,外部支援に専念している点で,少なくとも量的な面ではRCIのほうが優位といえます.

一方で,課題として,専門性向上に関することが確認されました.外部支援に専念しているとはいえ,限られた人数で多くの学校を回っているため,学校での教員との情報交換の時間の確保が難しい状況にありました.さらに,RCIには教育職は配置されず,いわゆるセラピストだけの配置でした.また,福祉施設等の中に位置づけられているのが一般的であり,当該施設全体は,社会保障省管轄となっている一方で,RCIのみが教育省となっているとのことでした.これらのことは,学校教育での文脈での支援を行っていく上での専門性の向上を促す,いわゆる「学び合い」が難しい状況にあると考えられました.この点においては,日本の特別支援学校の教員が,少なくとも自校内で学校教育に関わる者同士で学び合える環境にあることは貴重であると考えられました.

次に,基礎学校のSN教師の取り組みは,日本が参考にすべきところが大きいと考えられました.SN教師は,個々の教育ニーズの評価に加え,そのニーズに対応できる職種を指定できるような取り組みを行っており,日本においても,小・中学校等がセンター的機能等の外部機関を活用する際にあったほうが望ましいと考えられました.

4.新たな取り組みの展開

2015年の時点では,RCIに関する全国的な組織や,取り組みの指針とないものがないことが指摘されていましたが,2017年の実地調査においては,前年に全国カンファレンスが開催されたことや,教育省からRCIに関するガイドライン示されたことにより,RCIのスタッフが動きやすくなったことが確認されました.

2019年及び2020年の実地調査では,2018年に関連法令改正が行われ,よりインクルーシブ教育を推進するため,外部から支援するRCIのみならず,多職種チーム等を各校内に置く方向で展開され始めており,支援の仕組みが変わっていることが確認されました.新しい法令において求められた,基礎学校内でインクルーシブ教育を支える多職種チームには次のような役割が求められています.

①インクルーシブ教育に対する啓発活動
②子どもの学習への支援手段の改善の提案
③学習支援へのサポートと支援状況の把握
④教員のインクルーシブ教育実践への助言

併せて,校内の仕組みとして学習支援センターの設置も求められています.同センターには,人的資源とともに教材や指導技法等の提供が求められています.同センターに求められる主な役割は,次の通りです.

①子どもがクラスや学習の機会に参加しやすくすること
②クラスや子どもが所属する学習グループの教員を支援すること
③様々なカリキュラムに対応した教材やアセスメントツール等の開発を支援すること
④子どもの学習や学校への参加を促す介入方法の開発支援に関すること
⑤学習を促す,コミュニケーション,相互のかかわりのための構造化された環境整備の支援に関すること
⑥卒業後への移行支援に関すること

2019年及び2020年の調査時には,既に新しい制度に対応したガイドラインが教育省から発行されている状況でしたが,訪問先の学校等では,未だ浸透しているとは言い難く,RCIのスタッフを内部の組織のスタッフとして位置付ける等,仕組みを整えている途中という状況でした.今後さらに調査を進め,実際の状況等を詳細に把握し,検討を進めていく予定です.

参考文献等

  • ポルトガル教育省(2008).Educação Bilingue de Alunos Surdos - Manual de Apoio à Prática.
  • ポルトガル教育省(2008).Educação Inclusiva e Educação Especial: Um Guia para Directores Educação Especial - Manual de Apoio à Prática.
  • ポルトガル教育省(2015).Necessidades Especiais de Educação Parceria entre a Escola e o CRI: Uma Estratégia para a Inclusão.
  • ポルトガル教育省(2018).PARA UMA EDUCAÇÃO INCLUSIVA MANUAL DE APOIO À PRÁTICA.
  • 德永亜希雄(2012).台湾及びポルトガルにおけるICF及びICF-CY の活用に関する動向,特総研ジャーナル,創刊号,43-48.
  • 德永亜希雄,堺裕, 田中浩二(2017).ポルトガルにおけるインクルーシブ教育の展開―Resources Centres for Inclusion (RCI)を中心に. SNEジャーナル,23(1) ,173-185.
  • 德永亜希雄,田中浩二,堺裕(2019).ポルトガルにおけるインクル-シブ教育システムの動向―関連法令改正の概要を中心に―.日本特別教育ニーズ学会第25回研究大会発表資料.
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