海外への支援活動-ネパールにおける教育事業とCBR―東京ヘレン・ケラー協会の国際協力―

「新ノーマライゼーション」2020年5月号

社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会
海外盲人交流事業事務局長
福山博(ふくやまひろし)

1948年、毎日新聞社の招聘で来日したヘレン・ケラー女史は、日本全国で講演を行い、その時集まった浄財で1950年に設立されたのが東京ヘレン・ケラー協会です。名誉総裁である同女史は1955年に当協会を訪れ、講演をされています。

当協会は現在、視覚障害者のためのあん摩マッサージ師・はり師・きゅう師の養成施設ヘレン・ケラー学院の他に点字出版所、点字図書館等を運営しています。

海外盲人交流事業は、1981年の国際障害者年を契機に1982年10月に発足し、募金活動と国際協力の研究を開始しました。ネパールを対象国に決め、1985年12月、東京都心身障害者福祉センターの田中徹二氏(現・日本点字図書館理事長)を団長に、毎日新聞社写真部の山田茂雄記者(当時)と当協会職員の野崎泰志(現・日本福祉大学教授)の3人による盲人福祉調査団をネパールに派遣しました。一方、首都カトマンズではその直前に、NAWB(ネパール盲人福祉協会)が発足しており、日本からの調査団を歓迎しました。

当時、ネパールにおける就学適齢期の視覚障害児は推計で3万8,000人いましたが、実際に教育を受けていたのは120人でした。しかも生徒が手にする点字教科書は、教師が点字タイプライターで手作りしたものだったので、回し読みされ、摩滅してボロボロになっていました。

調査団は、「ネパールの盲人福祉を発展させるためには教育が先決で、そのためには生徒に各教科1冊の点字教科書を提供することが不可欠であり、早急に『点字印刷設備の供与と技術移転』が必要である」と提言しました。

点字教科書を発行するための点字出版所をNAWBに設置するためには人材の育成も必要なので、1986年8月にNAWBの職員を当協会に招聘して点字製版・印刷機の操作と保守・修理等の研修を行い、帰国に合わせて点字製版機1台、点字印刷機2台、亜鉛板4,000枚、B5サイズの点字用紙6万4,000枚、作業用椅子や工具等資機材一式をNAWB宛に船便で送りました。

これらの資機材は1987年6月にNAWBに到着し、1989年7月から全国の視覚障害児のための統合教育校に点字教科書の無償配布を開始しました。当時のNAWBは古いヒンドゥー寺院内にあり、毎日土埃が舞う室内で点字出版を続けるには無理があったので、郵政省国際ボランティア貯金の配分金を受けて、1992年1月に点字出版所の建物を新築しました。

その後、国際協力機構(JICA)の支援を受けて、2001年に点字出版のコンピュータ化を実現。2017年度には在ネパール日本国大使館に申請した8万2,257米ドルの草の根・人間安全保障無償資金協力を受けて同点字出版システムの更新を行いました。現在、NAWBが教科書を配布している統合教育校は75校で、これまでに作成した点字教科書は延べ11万セットにのぼります。

当協会は、1989年3月SWC(ネパール社会福祉協議会)と協定書を交換して、ナラヤニ県バラ郡において「バラCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)事業」を開始し、2001年6月まで続けました。

バラ郡は、ネパール南部のインド国境沿いに広がる標高100m前後の亜熱帯で、衛生状態が悪くトラコーマ、白内障、ビタミンA欠乏症などによる失明率の高い、東京23区の半分ほどの広さの農村地帯です。

この地での最初の仕事は、「ホーム・サーベイ」という個別訪問調査で、リハビリワーカーが村々を回り、村落の人口を調べ、視覚障害者を捜し出して失明原因、年齢、家族構成、収入などを面接調査したのですが、これに3年が費やされました。そしてバラ郡の人口が40万9,141人(6万7943世帯)で、視覚障害者は470人、失明予備軍である白内障とその他の眼疾患者は合計2万3,024人いることが分かりました。

この調査結果を踏まえ、リハビリワーカーが自らが住む地域の集落を自転車で巡回して、失明者から更生相談を受け、生活意欲を鼓舞し、白杖を使った歩行訓練、貨幣の識別、掃除・洗濯などの日常生活動作訓練や家畜の飼育指導などを実施して、修了者にはCBRセンターが無利子の資金を貸し付けました。そして801人の視覚障害者が水牛等家畜の飼育、雑貨店や精米所経営などで職業的自立を果たしました。

バラCBRではリハビリテーションと並行して失明予防プログラムも展開し、1990年度外務省NGO補助金を受け、眼科診療所を併設したバラCBRセンターを建設しました。こうして1989~2001年に眼科診療所で治療した患者数は6万2,004人。失明予防のビタミンA剤配布(1991~1995年)は述べ9万9,273人にのぼり、このビタミンA剤の配布は、その後国家プロジェクトになりました。また、1992年から毎年継続してバラCBRセンターにおいて栄養指導や初歩的な眼科知識のセミナーである失明防止講習会を開催し、1994年から毎年バラ郡17の学校を巡回して眼科検診を行いました。

バラCBR眼科診療所への当協会の支援は、CBR事業の完了後もさらに1年間継続し、2002年6月末に完了し、その後は地元町役場やカトマンズのライオンズクラブの支援を受けて現在もNAWBバラ支部が事業を継続しています。

学齢期の視覚障害児のために統合教育も推進し、1995年5月、1999年7月、2000年5月にそのための寄宿舎を3校に建設しました。また、1994~2001年には、毎年全国の統合教育担当教師を対象に、カトマンズのNAWB本部で視覚障害教育の質的向上を目的に、理数点字表記法や英語点字等の全国統合教育講習会を1週間前後のワークショップ形式で開催しました。

2010年4月から日本の篤志家3氏の財政支援でNAWBに設けた3つの育英基金で、毎年19人の視覚障害生徒に教育費と寮費を給付しています。

ネパールの視覚障害教育はNGOが主導したため、大学進学へのバリアはありません。このため日本とインド、そしてネパールで博士号を取得した視覚障害3博士を頂点に、修士55人、学士150人、10年課程の修了者960人を数え、現在、3,000人余の視覚障害生徒が全国で学んでいます。さらに視覚障害をもつ教師323人、大学講師5人、高級官僚3人を含む国家公務員9人、音楽家45人、その他の施設・団体等の職員も43人います。しかし2011年には394人いた視覚障害教師も減少ぎみで、以前は、比較的簡単に就くことができた教職の道が狭き門になりつつあります。

20年余の歳月をかけて英米を中心に英語点字表記法が統一されました。そこでNAWBは、2016年12月11・12日の両日、同協会会議場で、当事者団体であるネパール盲人協会(NAB)、教育省、統合教育校、視覚障害児親の会代表など点字に関するステークホルダーを集め、UEB(統一英語点字)の導入を検討する第1回UEBナショナルセミナーを開催しました。そして、教育省代表をはじめすべての参加者がUEBの導入を承認しました。

翌2017年12月14・15日の両日、NAWB会議場で、全国各地の統合教育校から教師を集め、第2回UEBナショナルセミナーを開催しUEBの点字表記講習を行いました。

以上の経費は、当協会が負担しました。

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