海外情報-電子書籍のアクセシビリティ:国際規格化と欧州アクセシビリティ法

「新ノーマライゼーション」2020年5月号

慶應義塾大学政策メディア研究科特任教授
村田真(むらたまこと)

1.はじめに

紙の本を何らかの理由(プリントディスアビリティ)で読めない人たちがいますが、電子書籍はそういう人たちに読書への扉を開く可能性があります。例えば、電子書籍を音声によって読み上げれば視覚障害者にも理解できます。

本稿では、電子書籍に関係する国際規格化と欧州アクセシビリティ法が、電子書籍のアクセシビリティをどのように推進するかを説明します。

2.EPUBとEPUB Accessibilityの国際規格化

今日のほとんどの電子書籍は、EPUBというフォーマットによって表現されています。EPUB出版物は、HTML文書(及びそこから参照される付属的なファイル)をいくつか束ねて1つのファイルとしたものです。EPUBは、もともとIPDF(International Digital Publishing Forum)という国際的なコンソーシアムによって制定されましたが、今はW3C(World Wide Web Consortium)に引き継がれています。

2010年以降のEPUBの仕様制定では、アクセシビリティをとても重視しています。これは、DAISYというアクセシビリティ専用のフォーマットを制定し実践してきたDAISY ConsortiumがIDPFに参加したことによります。

DAISY Consortiumは、多くの本をアクセシブルにするためには、アクセシビリティ専用の特殊解ではなく、普通のものを最初からアクセシブルにするための一般解が必要だという考え方(Born Accessible Publication)を持っていました。そのために、DAISYという専用フォーマットではなく、EPUBという汎用のフォーマットに注力することをDAISY Consortiumは選択しました。もちろん、DAISYのアクセシビリティ機能はEPUBの最新バージョンに引き継がれています。なお、DAISYの歴史については[資料1]に詳しく書かれています。

このEPUBがISO/IECによって追認され、国際規格(ISO/IEC 23736-1から-6[資料2])として2020年2月に発行されました。EPUB電子書籍はすで普及しているので、現状が追認されたことになります。また、政府調達(教育も含む)におけるEPUBの利用はさらに進むものと予想されます。

EPUB本体のISO/IEC国際規格から少し遅れて、EPUB Accessibilityという仕様[資料3]のISO/IEC国際規格化が進んでいます。この仕様は、EPUB出版物がどこまでアクセシブルか(例えば、読み上げが可能かどうか)を明示するためのものです。期待される効果は、プリントディスアビリティを抱えた人が自分に読めるものを入手しやすくなること、EPUB出版物を作る側はそれがどこまでアクセシブルなのかを認識するようになることです。

例えば、読字障害をもつ人の一部は、分かち書きされていて改行は文節の間にしかない本なら読みやすいと感じるようです。電子書籍の分かち書き・文節間改行についての情報がEPUB Accessibilityによって明示されていれば、この人たちは自分にとって読みやすいEPUB電子書籍を入手できます。

3.欧州アクセシビリティ法

アクセシビリティに関する立法の動きとして、欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act)というEU指令が2019年に出ました。このEU指令を受けて、ヨーロッパ各国は2022年6月28日までにアクセシビリティを保障するための立法化をする義務があります。

電子書籍は、欧州アクセシビリティ法の対象です。出版社、出版取次、Amazonなどの電子書店等、電子書籍の制作及び販売に関わるすべての事業者が対象です。事業者が要件を満たさない場合の罰則についても、各国は立法化する義務があります。

満たすべき要件は、電子書籍、電子書籍リーダー、電子書店のそれぞれについて詳しく述べられています。いくつか例を挙げると、電子書籍においてはテキスト以外のコンテンツには代替表現を与えることが求められています。電子書籍リーダーにはテキスト読み上げを提供すること、文字の間隔、行間、段落の間隔を調整できることが求められています。法律でここまで踏み込むのかと驚くほどです。詳細は[資料4]をご覧ください。

欧州アクセシビリティ法は特定の技術に言及しているわけではありませんし、アクセシブルな電子書籍はEPUBしかないと断言しているわけでもありません。しかし、国際規格EPUBとEPUB Accessibilityの併用がもっとも有力なことは疑いありません。

4.LIA財団のE-BOOKS FOR ALL

欧州アクセシビリティ法の要請を満たすために、出版社などの事業者は国際規格EPUBとEPUB Accessibilityをどう使って何をすればよいのでしょうか。LIA財団のE-BOOKS FOR ALL[資料5]はその答えを示しています。

LIA財団はイタリア出版社協会が設立した非営利団体です。啓発イベント、デジタルアクセシビリティに関する調査、トレーニングコース提供、コンサルティング活動を通じて本と読書を促進しています。

LIA財団は、イタリア市場で販売されているBorn Accessible Publicationのカタログwww.libriitalianiaccessibili.itを立ち上げました。このカタログは、76の出版社、イタリア視覚障害者連合、図書館用貸出しプラットフォーム(Media Library On Line)、イタリア書籍カタログを運営するIE (Informazioni Editoriali)の協力を得て作成されました。E-BOOKS FOR ALLは、この時の研究成果をまとめたものです。

E-BOOKS FOR ALLに示された処理の流れは次のとおりです。まず、出版社がEPUB出版物をできるだけアクセシブルなように作ります。そして、Validation, Conversion, Certification(VCC)というシステムを用いてLIA財団に提出します。財団では、プログラムによる自動的なチェックをまず行い、次にガイドラインに従って人手によるチェックを行います。改善が必要なら出版社にフィードバックします。アクセシブルなことが確認できれば、財団はEPUB Accessibilityによるメタデータと、外部の書誌データであるONIXメタデータを作成し、財団によるアクセシビリティ認定を行います。作成されたメタデータは、電子書店、書籍カタログ、サーチエンジンに提供されます。プリントディスアビリティを抱えた人は、これらのメタデータを用いて自分にとって読みやすいものを検索します。

E-BOOKS FOR ALLの貢献を認められて、Fondazione LIAはAccessible Books Consortium(ABC)から2020 Excellence Awardsを受賞しました。Accessible Books Consortium(ABC)は世界知的所有権機関の下にある非営利団体です。この受賞は、E-BOOKS FOR ALLが国際的な合意を得つつあることを示しています。筆者はW3CとISO/IECにおけるEPUB標準化に関わっていますが、筆者の知る限りの標準化関係者はE-BOOKS FOR ALLを支持していると思います。

5.日本の現状

日本では、読書バリアフリー法が2019年に成立し、その後は関係者協議会が開かれました。現在は、視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画(案)[資料7]が公開され、寄せられたパブリックコメントを考慮した最終案をまとめている段階です。筆者は、Born Accessible Publicationという考え方を取り入れることを求めるコメントを提出しました。計画の最終案が、本稿で説明した国際的な潮流と整合し、国内におけるアクセシブルな電子出版を加速することに期待したいと思います。


【参考資料】

[1]デジタル・インクルージョンを支えるDAISYとEPUB、情報管理,2011 Vol.54, No.6, 河村宏

[2]ISO/IEC 23736-1から-6: Information technology - Digital publishing - EPUB 3.0.1, 2020

[3]ISO/IEC DIS 23761, Digital Publishing -- EPUB Accessibility -- Conformance and Discovery Requirements for EPUB Publications, 2020

[4]2025年から欧州アクセシビリティ法により欧州で発行が義務付けられる電子書籍のアクセシビリティの要件, https://code.kzakza.com/2019/12/eaa_epub_a11y/

[5]E-Books for all: towards an accessible publishing ecosystem, https://www.fondazionelia.org/en/e-books-all-towards-accessible-publishing-ecosystem

[6]Accessible Books Consortium’s 2020 Excellence Awards Given to Macmillan Learning and Fondazione LIA, https://www.accessiblebooksconsortium.org/news/en/2020/news_0002.html

[7]文部科学省、視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画(案)、https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001101&Mode=0

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