聴覚障害児の療育について

「新ノーマライゼーション」2020年6月号

国立障害者リハビリテーションセンター病院 耳鼻咽喉科
石川浩太郎(いしかわこうたろう)

はじめに

昨年、国会議員による難聴対策推進議員連盟が立ち上がり、その提言としてJapan Hearing Visionがまとめられました。また、厚生労働省と文部科学省による難聴児の早期支援に向けた保健・医療・福祉・教育の連携プロジェクトから報告がなされるなど、難聴への注目は以前よりも増した状況となっています。このような背景のもと、本稿では聴覚障害児の診断から療育までを解説します。

難聴の診断方法

新生児聴覚スクリーニングの普及で難聴の早期発見が可能となりました。新生児聴覚スクリーニングでは、自動聴性脳幹反応検査(AABR)か耳音響放射検査(OAE)を用いて「要精査」か「正常反応」の判断が可能です。「要精査」の場合は、耳鼻咽喉科専門医のいる精密聴力検査機関に紹介され、幼児聴力検査や聴性脳幹反応検査(ABR)、聴性定常反応検査(ASSR)などを用いて聴力レベルを確定します。新生児聴覚スクリーニングで「要精査」となっても必ずしも真の難聴ではない場合があるので、説明に注意が必要です。

難聴と診断後の原因検索として、難聴の原因遺伝子を検索する難聴遺伝学的検査、先天性サイロメガロウィルス感染を診断するウィルス検査、奇形などを診断するX線CTやMRIを用いた画像検査などが行われます。これは先天性難聴の約6割が難聴遺伝子に関係するもの、1~2割が先天性サイロメガロウィルス感染に関係するもの、残りが先天奇形やその他となっているデータに基づいています。原因の確定は、後に示す療育方法の選択に有益な情報となります。例えば、難聴の原因として頻度の高いGJB2遺伝子変異が同定された場合は、重度難聴において人工内耳の装用効果が良好であることが報告されています。

新生児聴覚スクリーニングで「正常反応」であった場合でも、乳幼児期に難聴を発症する場合も多くみられるため、常に子どもの音への反応には注意を払い、疑わしい場合は専門医を受診することが大切です。

難聴児に使用される補聴機器

難聴児にはさまざまな補聴機器が使用されます。最も多く用いられているのが気導補聴器で、耳かけ型が一般的です。先天性外耳道閉鎖症など気導補聴器が装用できない場合は、骨導補聴器が使用されます。また、最近では軟骨伝導補聴器を用いるケースも認められます。重度難聴の場合には人工内耳手術が行われます。高度難聴者でも補聴器の効果が得られない場合は、人工内耳を選択する症例が増えています。また、手術時期の早期化、両耳同時装用を選択する症例が増えています。この他には、先天性外耳道閉鎖症などに骨固定型補聴器や人工中耳を用いる場合があります。補聴器や人工内耳などの聞こえを補助するため、FM方式やデジタル方式の補聴援助システムが学校現場でよく使用されます。

療育の概論

小児難聴の状態や予後は、難聴の種類と原因、発症時期、難聴の程度と聴力型、他の障害合併の有無などによって異なることが知られています。また訓練、指導方法は、聴覚口話法、聴覚音声法、トータルコミュニケーション、手話法、キュードスピーチ、各種の併用法など多岐にわたります。使用する補聴機器も先に述べたとおり多様です。さらには指導を行う機関も筆者の勤務するような病院・リハビリテーションセンターのほかに、難聴幼児通園施設、聴覚特別支援学校・学級、地域の療育施設、私設の指導機関などがあり、各施設で指導方法や理念、指導形態が異なっています。このため、本来であれば子どものもつ状態や能力、親の考えも含めて、指導機関や指導方法を選択することが重要ですが、受診した病院や訪問した訓練施設によって、情報が偏る危険性をはらんでいます。このような状況から、聴覚障害児の切れ目のない、かつ多様な状態像への支援を提供するために、福祉部局と教育部局が連携を強化し、聴覚障害児支援の中核機能を整備し、聴覚障害児と保護者に対し適切な情報と支援を提供することが必要になりました。そこで、今年度から国の支援を受け都道府県や指定都市が中心となって、聴覚障害児支援中核機能モデル事業が全国14か所程度で予定されています。事業の内容は、協議会の設置、関係機関との連携、家族支援、各施設への巡回支援などが含まれています。これにより、すべての聴覚障害児とその家族に対し適切な情報提供が可能となり、それぞれ希望する療育に結びつけることの一助になると考えられます。

療育の基本的な考え方と流れ

難聴児の療育の目的は、一人の人間として全人的な発達を実現することです。これを行うために、成長に応じて学習課題、支援の内容を変化させていく必要があります。発達的視点に立った指導を基本とし、子どものコミュニケーション能力や言語能力を評価して個別プログラムを立案し、子どもにとって意味のある場面で実施されるコミュニケーションを基盤としたアプローチを行い、最終的に子どもが主体となって自立的な学習を実現できるよう導くことが重要です。

子どもは年齢を追って、乳児期、幼児期、学童期と成長します。この時間軸に沿って療育プログラムを立案しますが、言語発達面から見て、前言語期、初期言語習得期、言語構造形成期、言語成熟期と分けて課題を考えていく方が、より細かな配慮をしながら療育を行うことが可能です。また療育プログラムを立案する際の注意すべき視点として、1.運動、認知、情緒、興味などの全体的な発達、2.コミュニケーション態度、方法、相互的関係性、3.言語習得能力や処理能力、4.聴覚活用の程度、他の感覚モダリティの活用、5.保護者の理解や支援、6.家族、地域、教育などの環境調整、7.第一言語やコミュニケーションモードに関する選択支援が挙げられます。これらを念頭に置きながら、本人の評価を行い、その結果から療育プログラムを作成し、訓練や指導を実施して、その後に再評価を行い、訓練の見直しを図るというサイクルを構成していきます。

療育におけるポイント

療育は患者本人、保護者、療育担当者の共同作業で行われます。さらに患者を取り巻くさまざまな人々(家族、友人、学校関係者など)が多面的に関与してきます。聴覚障害者への療育と聞くと「言葉を話せるようにする」ということに目が行きがちですが、先に述べたとおり「一人の人間として全人的な発達を実現する」ことができるよう、さまざまな取り組みが必要で、療育の指導内容は言語習得のみならず、多側面にわたることを理解することが重要です。難聴児の言語習得では発話以上に「聴取と理解」という入力面と情報処理過程に注目する必要があります。音声言語の知覚的処理を形成する時期は、聴覚活用や読話の活用を進める必要があり、コミュニケーション場面では、表情や身振りなどを併用することで情報伝達は容易かつ正確になります。コミュニケーションには言語的・非言語的理解が重要です。コミュニケーションを進展させるには、コミュニケーション自体についてコミュニケーションすること(メタコミュニケーション)を習得させることが必要です。また環境音の認識は文脈理解を助けるため、乳幼児期からの日常生活での有意味な聴覚経験を基盤とすることが大切です。また保護者指導も重要であり、子どもに合わせた生活体験やコミュニケーションを具体化できるよう、療育者が適切なモデルを示す必要があります。その一方で保護者の心理状態に配慮し、過度な要求は避け、共に進んでいく姿勢を示すことが必要です。さらに成長した聴覚障害児に対しては、セルフアドボカシー(自分に必要なサポートを、自分でまわりの人に説明して理解してもらう)指導も重要となります。

終わりに

聴覚障害児の診断と補聴機器、療育について述べてきました。限られた紙面の中で詳細を記載することはできなかったため、興味がある方は成書にあたってください。多くの方々が聴覚障害児への理解を深め、聴覚障害児が適切な療育を受け、社会で活躍できるような環境が作られるように希望します。


【注釈】

GJB2遺伝子
細胞同士を結びつける組織の一つであるギャップ結合タンパクをコードしており、この遺伝子変異では内耳のカリウムイオンの流れが乱れ難聴が生じます。

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