読みやすい(わかりやすい)図書の普及の現状―IFLA(国際図書館連盟)の動向を中心に

IFLA特別なニーズのある人々に対する図書館サービス分科会常任委員会委員長
野村美佐子

1.はじめに

すべての人にとって自立した地域生活と人生を豊かに送るためには、情報と知識へのアクセスは不可欠です。しかし、障害ゆえに読んで理解することが困難な人がいます。たとえば、知的障害者を中心とする読むことが困難な人たちです。そのような人たちの障害を総称して英語では、「プリントディスアビリティ」といいます。直訳すると「印刷物にアクセスすることが難しい障害」となります。このような人たちに図書館はどのような支援ができるのでしょうか?ここでは、知的障害者などプリントディスアビリティのある人の支援の一つとして「読みさすさ」や「わかりやすい」という概念を推進する活動に焦点をあて、筆者が長年に関わってきた国際図書館連盟(IFLA)を中心に世界の動向を紹介します。なお、「よみやすさ」や「わかりやすさ」は英語で「Easy-to-read」といいます。

2.IFLAについて

「IFLAとは何か」というと日本の多くの人が「わからない」と答えるので説明をしておきますと、IFLA(イフラと呼ぶ)は、1927年にスコットランドのエディンバラで設立され、図書館・情報サービス、および利用者の利益を代表する非営利組織、国際図書館連盟の略称です。現在、約140か国、1,400以上の団体が会員(2018年2月現在)になっています。本部は、オランダのハーグにあります。毎年8月には、世界のどこかで約一週間の会議が開催され、3,000人以上の図書館員とその関係者が集まります。今年は、ギリシャのアテネで8月23日から30日にかけて開催される予定で、少しずつですが障害者の参加にむけたアクセシビリティの改善がなされてきています。

IFLA内においては、障害関係のセクションとしてLSN(特別なニーズのある人々に対する図書館サービス)とLPD(印刷物を読むことに障害のある人々のための図書館)があります。この両セクションが公共図書館の特別なニーズに関する調査研究と促進を担っています。ここでは、今回のテーマについて深くかかわるLSNについて述べていきます。

LSNでは、特別なニーズを持つ人のための図書館サービスガイドラインを多く出版してきました。その一つとして、知的障害者など読んで理解することが困難な人を対象としたガイドライン、「読みやすい図書(easy-to-read)のためのIFLA指針」を1997年に出版いたしました。そして2010年には、「国連障害者権利条約」の基本理念とICTの進展によりDAISYなど電子技術の活用を加えた改訂版を出版しました。さらに2018年夏には、LSNを紹介するピクトプログラムを使用した読みやすいパンフレットを配布しました。

この上記ガイドラインをベースに、ガイドラインのモデルとなったスウェーデンを始めとして、LSN常任委員会の委員を通して知的障害者等に対する「読みやすさ」に配慮して行った最近の取り組みを順に紹介していきます。

3.スウェーデンの取り組み

スウェーデンは、「読みやすい図書」の出版の発祥地の一つです。読みやすい図書基金が、国の予算により、読みやすく、わかりやすい図書(スウェーデン語ではLLブックという)を1,000冊以上発行した後、2015年にその発行をアクセシブルメディア機関(スウェーデン語の略称はMTM)に移管しました。MTMは、以前は、国立録音点字図書館と呼ばれ、視覚障害者にサービスを行っていた図書館でしたが、2012年は、様々な障害者にDAISYを含むいろいろなメディアで提供するためにアクセシブルメディア機関と呼ぶ図書館になりました。

読みやすい図書は、MTMにおいても年30冊が出版され、難易度も3つのレベルに分類して提供されています。

出版のために民間のLLブック出版社に依頼することもあるようですが、その裏には、彼らの活動を応援したいという意向もあるようです。また、DAISY化しやすいものを中心に、読みやすい図書のマルチメディアDAISY版も作成されています。」

スウェーデンの公共図書館には、読みやすい図書の棚があり、最近では、増大する難民を対象とした読みやすい図書を多く見かけます。子供向けの読みやすい図書は、「リンゴの棚」と呼ばれる場所に、障害の特性に応じた図書の一つとして配架されています。なお、日本においても「リンゴの棚」をモデルにした公共図書館の事例も出てきています。

4.ドイツでの取り組み

ドイツでは、LSNの常任委員がドイツ人権機関の図書館に所属していることもあり、情報アクセスは人権であるという立場に立って「読みやすさ」や「わかりやすさ」を積極的に普及しています。その活動の一環として、ドイツを含むEUにおける障害者の人権に関連した読みやすい資料(英語)の一覧を公開しています。また、ドイツ国内においても、障害者権利条約や障害者のリハビリや参加などに関わる国内法において読みやすい版(ドイツ語)を作成しています。さらに、EUの「読みやすい図書」のロゴの活用を推奨、促進しています。

5.チリでの取り組み

チリは、2008年に国連障害者権利条約を批准し、知的障害者等読むことに困難がある人に留意して情報のアクセスの保障に積極的に取り組んでいます。国会図書館も積極的に関わっています。具体的には、合理的配慮として市民の関心のある法律の内容を明確かつ簡潔な言葉で市民に提供するために「わかりやすい法律(easy law)プログラム」1)という法的ガイドが議会の承認を得ました。さらに、その内容を手話で提供するという取り組みをおこなっているそうです。

6.英国での取り組み

「読みやすさ」は、コミュニケーションをとる場合に有効です。自閉症スペクトラムの中で、特に静かにしていることが難しい、また予測のつかない行動をする人に対する英国の公共図書館の取り組みがあります。この取り組みに向けての研究が、英国の知的障害者や自閉症の人を支援する非営利団体、「ダイメンション(Dimensions)」と英国の高学年児童および教育図書館協会(Association of Senior Children and Education Libraries: ASCEL)の連携により行われました。

英国には、自閉症を抱えている人が70万人(2017年の英国自閉症協会調査)います。ダイメンションが460人の自閉症の人とその家族にアンケートをとったところ、90%が、図書館が彼らに対して変わるなら、図書館に行きたいと回答しました。また回答者の一人は、「ひとりごとを言わないでいることはむずかしいので、変な目で見ないで、忍耐強く、やさしく接してほしい」と答えています。それらの結果により、彼らのニーズに対して自閉症にやさしい図書館のライブラリースタッフのための啓発ビデオ2)を作成しました。 2018年の12月に筆者も上記の取り組みを行ったエセックス州Chelmsford図書館の児童図書館を見学しました。そこには、自閉症の子どもの特性に配慮した様々な工夫がされていました。静かでリラックスして本を読めるスペース、ライトニングにも配慮され、心地よい手触りのもの(クッションなど)などを活用した感覚にやさしいスペースがありました。また、興奮した子どもが落ち着く場所も確保していました。自閉症の子供の関心を満たす様々なジャンルの読みやすい図書、漫画、DVD、オーディオブックなどが用意されていました。さらに自閉症を持つ親のための本も用意され、子どもの健康について専門家と相談する場所が設置されていたことも特徴的でした。 案内していただいた図書館員によれば、自閉症にやさしいお話し会、イベントなど開催しているといいます。このような図書館の取り組みが日本の図書館でも行われることを期待します。

注 1)http://www.bcn.cl/leyfacil/index_html2)https://www.youtube.com/watch?v=BJLbbJW1BpA

参考文献

平成28年度~平成30年度JSPS科学研究費助成金による「公共図書館における知的障害者への合理的配慮のあり方に関する」研究報告

menu