行政の動き-歩行者等支援情報通信システム(高度化PICS)の整備について

「新ノーマライゼーション」2020年7月号

静岡県警察本部交通部交通規制課
課長補佐(安全施設担当)
齋藤歩(さいとうあゆむ)

1.はじめに

歩行者等支援情報通信システム(Pedestrian Information Communication Systems)とは、信号の状態を音で知らせたり、歩行横断時の青時間を延長したりして、視覚障害者や高齢者等の交通制約者の方等の安全を支援し、交通事故の防止を図るシステムです。

従来、こうしたサービスを受けるためには、専用端末または反射シートが貼られた白杖が必要でしたが、警察庁では、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の施策のひとつとして、「交通制約者等の移動支援システムの開発(PICSの高度化)」に取り組み、数年にわたる調査研究の結果、専用端末等を使用せず、普及が進んでいる一般的な無線通信手段であるBluetoothを搭載したスマートフォン等に信号情報を提供する新たなシステム(以下、「高度化PICS」という)を開発し、令和元年に仕様書が制定され、全国警察において整備が可能となりました。

本県警察では、先般、全国に先駆けて高度化PICSを整備、運用開始しましたので、その経緯等についてご紹介します。

2.整備の経緯

本県に限らず、全国警察においては、交通制約者の方の移動を支援するものとして、従来の歩行者等支援情報通信システムよりもコスト的に優位であり、また、専用の端末等も不要な、「ピヨピヨ、カッコー」という鳥の鳴き声をスピーカーから発する音響式信号機が一般的です。

しかしながら、音を発するという点において、その設置に当たっては近隣住民からの理解が必ずしも得られるとは限らず、静穏な夜間、早朝にかけて運用を停止したり、そもそも設置がかなわないことがあり、以前には、東京都内で運用停止中に道路を横断していた交通制約者の方が交通事故に遭い死亡するなど、運用停止中または運用できない場所における交通制約者の安全確保が課題となっているのが現状です。

この点、高度化PICSは、信号機から手元のスマートフォン等に信号情報を提供しますので、スピーカーを路上に設置する必要もなく、設置に当たっての近隣住民との調整も容易であるほか、従来の歩行者等支援情報通信システムよりも安価に整備できることが見込まれたことから、早期の課題解決に効率的かつ効果的であると判断し、整備を進めていくこととしました。

3.システムの概要

高度化PICSは、前記のとおり、信号機からBluetoothにより信号情報をスマートフォン等に提供するシステムであり、スマートフォン等では、交差点名称、方向別の歩行者用信号の色、経過時間(残り時間)を表示、音声出力するほか、バイブレーションにより信号の状態等を案内することが可能となっています。

こうした機能に加え、青時間延長機能を有している信号機(白色の弱者用押ボタン箱が設置されている)では、スマートフォン等の画面を長押しすること、または発話により青時間の延長を要求することが可能となっているほか、交差点名称、方向名称は、利用者自身で変更することが可能となっており、利用者の利便性をより高めるものともなっています。

なお、歩行中の操作による危険を防止するため、「歩きスマホ警告機能」を有しており、歩きスマホを検知すると警告が画面に表示され、サービスが一時停止する設定となっています。

利用する際には、スマートフォン等で対応アプリ(現在は、日本信号(株)の対応アプリ「信GO!」のみ)を起動しておくだけで足り、システムを設置している信号交差点に接近するとサービスを始め、交差点から離れるとサービスが終了する仕組みとなっています。

4.整備箇所

県内での整備エリアを検討するに当たり、交通制約者の利用が多く見込まれる場所を選定することとし、県内の鉄道駅で最も乗車人数が多く、官庁、病院、商店等が集中し、多くの利用者が見込まれるJR静岡駅周辺エリアと東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の自転車競技会場である伊豆市(伊豆ベロドローム)、駿東郡小山町(富士スピードウェイ)への最寄りの新幹線停車駅で、多くの観客等の利用が見込まれるJR三島駅周辺エリアにおいて整備を進めていくことにしました。

また、警察では「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」により、市町が定める重点整備地区内の駅から役所、病院等を結ぶ主要な生活関連経路において、音響式信号機等を重点的に整備することとされており、エリア内の整備箇所についても、この経路上にあるJR静岡駅周辺の10交差点、JR三島駅周辺の13交差点、計23交差点において整備することとしました。

5.運用開始

運用開始に向け、これまでにない新たなシステムであるため、事前の周知・広報活動が重要であり、現場における機器の設置工事等と並行しながら、製造メーカーの協力を得て、県視覚障害者協会や県立視覚特別支援学校等と連携し、試験機を使用した体験会を実施したほか、現地テストを繰り返し、サービス提供範囲の調整等を実施するなど、令和元年度中の運用開始を目標に準備を進めました。

しかしながら、全国的に新型コロナウイルスの感染が年度末から急速に拡大し、製造メーカーの事業活動が縮小される等の影響を受け、目標よりもやや遅れ、年度が明けた令和2年4月24日から運用を開始することとなりました。

運用開始に当たり、視覚障害者の方によるデモンストレーションと記者レクを実施しましたが、新聞、テレビ等の多くのメディアに取り上げられ、交通制約者の安全対策への社会的関心が高いことがうかがえました。

運用開始後の利用者の声としては、「Bluetoothイヤホンから音が出ない」等との不具合(アプリのアップデートで対応済)も寄せられましたが、多くは好意的なものであり、「いつでも安心して歩ける」「自分自身で交差点の名前を変更できて便利」等の意見が多く寄せられたほか、「〇〇市でも設置してもらいたい」「私の家の近くにも設置してもらいたい」等の設置要望も寄せられ、当初の評価としては上々だったものと思います。

6.終わりに

高度化PICSは、音響式信号機が設置できないまたは夜間に運用を停止せざるを得ないという課題に対して高い効果を発揮するものであり、交通制約者の方等の社会生活や日常生活の利便性と安全性の向上のために極めて有効なシステムです。

本県警察においては、令和2年度も静岡市内の9交差点への設置を予定しているところですが、寄せられる要望・意見等を踏まえつつ、整備エリアの拡充等に取り組んでいきたいと考えています。

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