海外情報-イギリスにおける近年の福祉制度改革

「新ノーマライゼーション」2020年7月号

神奈川工科大学
小川喜道(おがわよしみち)

1.イギリスの現状

イギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)の総人口は、約6,700万人ですが、今回主に取り上げるイングランドは約5,500万人(2016年)です。2018年度の福祉サービス利用申請(相談)者数は18歳以上の成人で約190万人、そのうち受給者は約130万人です1)。自治体社会サービス部協議会では、例年、サービス利用者の満足度について抽出調査を行っていますが、2018年度をみると地域基盤の福祉サービスでは64.3%は十分満足しており、非常に不満足との回答は2.0%程度となっています2)

イギリスの福祉サービス受給システムにおけるキーワードは「パーソナルバジェット」(利用者のケア及びサポートのニーズに応える自治体支出の経費)であり、これは自己管理サポート(Self-Directed Support)に基づいており、この形式の利用者数は、やや古いデータとなりますが、2012年度に61万1,000人でした。このうち、14万3,000人はダイレクトペイメント(利用者への直接支払い)での受給です。つまり、福祉サービスは障害ある本人が自ら計画、実行できること、また、その経費を自らが把握し自己管理することができるという仕組みとなっています。もちろん自治体がニーズに沿ってサービスを決める場合も多いのですが、基本的には利用者本人の意志が尊重されるのです。なお、2018年度に自己管理サポートを利用しているケアラー(介助に当たっている家族等)は、34万5,850人ですが、そのうちダイレクトペイメントを受給しているのは7万4,035(21.4%)となっています3)。ケアラーは自らの健康状態や介助負担などの状況についてアセスメントを受けることができ、ケアラーの権利、生活が尊重されていることもイギリスの制度の特徴といえます。

2.イギリスの福祉制度の動向

(1)政権の変遷と福祉予算の縮減

福祉サービスが施設ケアからテイラーメイドの地域ケアの仕組みへと転換した、国民保健サービス及びコミュニティケア法1990は、保守党のサッチャー首相のもとで成立、施行されています。ちなみに、日本の介護保険法(2000年)には、この法にあるケアマネジメント、ニーズアセスメントなどの仕組みが取り入れられています。その後、メージャー首相を経て、労働党のブレア首相に政権が変わっていますが、その間も高齢者、障害者、とりわけ知的障害者の人権を尊重した、地域生活の支援が検討、提言されています。

イギリスでは厳しい経済状況が続き、キャメロン連立政権が成立した2010年以降、福祉財政を緊縮する手段が一層厳しく講じられることになりました。雇用年金省からは、緑書『21世紀の福祉』(2010年7月)、白書『ユニバーサル・クレジット-機能する福祉制度』(2010年11月)が出されています。2012年7月には白書『将来に向けたケア:ケア・サポート改革』が示され、その後に保健及び社会ケア法2012、そしてケア法2014(翌年4月施行)が成立します。このケア法はこれまでの福祉サービスのシステムを包括的に取り込んだもので、福祉サービス給付の統合化であり、合理化の一環といえます。

(2)ユニバーサル・クレジット

福祉改革法2012に基づくユニバーサル・クレジットは、収入手当(income support)、求職者手当(income-based jobseeker’s allowance)、雇用・支援手当(income-related employment and support allowance)、住宅手当(housing benefit)、及び児童税額控除(child tax credit)、労働税額控除(working tax credit)について、これまでばらばらな支給基準、異なる担当部署となっていたものを整理、統合し4)、経済的給付を節約につなげ、なおかつ、自立に向けた労働意欲を高める働きかけにつなげる意図があります。重複給付を回避し、家族単位で必要な給付に留め、さらには労働能力のある人には職業訓練や就労の促進を図るプログラムを用意するという方策です。現実には、円滑に移行できているわけではなく、いまだ時間を要しているところがあります。

(3)パーソナルバジェット

イギリスでいうコミュニティケアとは、人々が最大限の自立と自らの生活をコントロールするためのサポート提供を意味しますが、このことは、パーソナルアシスタンス(利用者自身が適切な人を雇用し、自らの望む生活に向けて介助を受ける制度)につながり、その経費を当事者が管理するパーソナルバジェットが支えるというものです。パーソナルアシスタンスは、日本の重度訪問介護よりも中軽度を含む多様な障害を含めて当事者主体の制度となっています。

イギリス保健省の白書『将来に向けたケア:ケアとサポートの改革』(2012)における「ケアとサポート・プラン」の章にて、パーソナルバジェットが示されています。これは、個々のニーズに対応する経費を地方自治体が設定すること、福祉サービス経費を計算するプロセスを可視化することにあります。パーソナルバジェットは現金給付を要求する権利を前提に、適切なチェックと定期的な検討会議がもたれます。そして、ケアニーズに対応しつつ、支給の選択肢として1.地方自治体によって行われる経費管理、2.第三者機関によって行われる経費管理、3.ダイレクトペイメント、4.ミックス・パッケージ、が存在します。

(4)本人中心のプランニングとセルフアセスメント

日本でも重要視されなければならない考え方、仕組みでもあるのは、「本人中心」の考え方、及び「セルフアセスメント」です。イギリスにおいて福祉サービスの特徴の一つであるパーソナルアシスタンスは、当初身体障害者の運動から発し、知的障害、精神障害、発達障害のある人へと広がっていきました。

意思決定に何らかの支援が必要な人に対して本人中心のプランニング(Person-Centred Planning)が強調されるようになったのは、保健省の白書『価値ある人々-21世紀における知的障害者への新たな支援方策-』(2001)以降です。その後、『価値ある人々の今:知的障害者に対する新3か年支援策』(2009)、『本人中心のプランニングを通してのパーソナライゼーション』(2010)と、立て続けに意思決定支援が必要な人の自立に向けたコミュニティケアのプランニングの促進が図られます。

特に、セルフアセスメントも、1.対面によるアセスメント、2.支援付きセルフアセスメント、3.オンラインあるいは電話によるアセスメントが選択できます。専門職によるニーズアセスメントにとどまらず、本人の望む暮らしに沿った意思決定に基づくものです。

3.ケア法に基づく本人中心のケア及びサポート

ケア法2014について保健省は430ページに及ぶ実践的ガイドを発行していますが、その中で、この法のキーワードは「ウェルビーイング(Wellbeing)」、「自立生活(Independent Living)」と記されています。ケア法を通してウェルビーイングを実現するのが、この法の基本的な考え方となっているのです。そこで、ニーズアセスメントがフィルターとなるのですが、それは「望むアウトカム(サービス利用で実現する生活)」を達成するためとされています。最低限の生活を保障するケアではなく、望む(好む)暮らしや、何を生きがいとするかに沿った、まさに「本人中心のプランニング」でなければならないことになります。ケア法の理念は、日本において地域で生活する人々にとっての重要なキーワードといえます。

なお、図1は、これまで述べてきたイギリスの福祉制度改革が白書や法の積み重ねと、その実践による統合化に向かった主な道程5)であり、日本でも制度の展開を見直し検討する必要性が示唆されています。

図1 イギリスのケアとサポート改革への道程5) (保健省2014, 小川追補)
図1 イギリスのケアとサポート改革への道程拡大図・テキスト


1)Office for Statistics Regulation: Adult Social Care Statistics in England, 2020, p.5

2)NHS Digital: Personal Social Services Adult Social Care Survey England 2018-19, 2019, p.1

3)NHS Digital: Adult Social Care Activity and Finance Report, England ? 2018-19, 2019

4)Disability Rights UK: Disability Rights Handbook Edition 44, 2019, p.104

5)Department of Health: Context for the Care and Support Reforms, 2014

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