東京パラ・選手を支える人-障がい特性の異なる4人の漕ぎ手と共に目指す東京パラリンピック

「新ノーマライゼーション」2020年7月号

戸田中央総合病院ローイングクラブ所属
立田寛之(たつたひろゆき)

2008年にボート競技を始め、大学・社会人チームでは、日本選手権や国民体育大会で優勝を経験。2017年には「男子エイト」日本代表として、アジア選手権で銀メダルを獲得。2019年から障がい者ボート競技に活動の場を移し、2019年世界選手権に出場、アジア選手権では銀メダルを獲得。

1.はじめに

皆さんは、「コックス(舵手)」をご存知でしょうか。コックスとは、ボート競技においてただ一人オールを持たず進行方向を向いてボートの舵取りを行うポジションのことをいいます。

私は、そのコックスを務めて12年になり、2019年から障がい者ボート競技の日本代表コックスとして活動しています。代表に選出されて以降、「立田さんはどこに障がいがあるのですか」と聞かれるようになりましたが、私は障がいがありません。障がい者ボート競技種目には、障がいの有無を問わない「コックス」が出場できる「混合舵手つきフォア」があります。私は、障がいのない選手でありながら、障がいのある選手と共にこの種目で東京パラリンピック出場を目指しています。

2.障がい者ボート競技

障がい者ボート競技は、同時にスタートしてボートを漕ぎ進め、2000mの距離で着順を競う競技です。2002年より世界選手権が行われ、2008年北京大会よりパラリンピックの正式競技となりました。国内では、2005年頃より競技が行われ始め、パラリンピックには北京大会より3大会連続して出場しています。

パラリンピックのボート競技では、障がいの種類や程度に応じて分けられた3つの障がいクラスごとに出場種目が決まっています。体幹が利かず上肢と腕肩のみで漕ぐ「PR1」クラスの1人乗り「男子シングルスカル」「女子シングルスカル」、体幹と上肢を使って漕ぐ「PR2」クラスの男女2人乗り「混合ダブルスカル」、コックスと上下肢障がいや視覚障がいの「PR3」クラス男女2人ずつ、合計5名が乗る「混合舵手つきフォア」の4種目があります。

3.コックスとは

コックスの役割として、「航路の舵取り」と「漕ぎ手への声掛け」(コール)がありますが、障がい者ボートでは特に声掛けの力量が求められます。

一般的にボートを速く進ませるためには、身体やオールの動きを合わせることが重要だとされています。しかし、「混合舵手つきフォア」は、上下肢障がいや視覚障がいといった障がい特性の異なる4人が漕ぎ手になるため、水を押す力加減やオールを入れるタイミングを合わせ続けることが難しく、修正箇所の指示や漕ぐタイミングの合図などが重要になります。特に、視覚障がいのある選手にとっては、コックスの言葉が自身の動きや周辺状況把握の貴重な情報になるため、具体的かつ正確に伝えることを心掛けなければなりません。また、ボートやオールが発する音も情報の一つであるため、あえて静寂を作り、ボートの声を聴かせることも意識します。

コックスは、漕ぎ手の身体の動きだけでなく、表情や息づかい、ボートを通じて感じる情報を頼りに、さまざまな個性をもった漕ぎ手を一つにまとめ、勝利に導くことが求められます。

4.東京パラリンピックに向けて

私はこれまでの競技人生でパラリンピックを意識したことがありませんでした。それでも、昨年から代表チームの一員として、選手たちと寝食をともにし、ボートを漕ぎ進めてきたことで、今では、選手たちの夢であるパラリンピックを一緒に目指し、私がその舞台に導けるよう挑戦したいと思うようになりました。漕ぎ手に障がいがあろうがなかろうが、私のコールで勝利に導くという役割は変わりません。障がい特性が異なる4人の漕ぎ手とコックスが一つになってボートを進める、そのような姿をパラリンピックの舞台でたくさんの方々に見ていただけるよう頑張りたいと思います。

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