海外情報-フランスの障害者雇用政策の動向-2018年雇用義務制度改正を中心に-

「新ノーマライゼーション」2020年8月号

上智大学法学部 教授
永野仁美(ながのひとみ)

はじめに

フランスには、労働市場で働いている障害者が、約98万8000人います(2015年)。適応企業1と呼ばれる企業も800社ほど存在しており、約2万6000人の障害者がそこで働いています(2018年)。また、福祉的就労の場としてESAT(就労支援機関・サービス)も用意されています。全国に約1400か所あり、約12万2600人の障害者がここで就労しています(2016年)2

こうした実情が見られるフランスにおいて、2018年に雇用義務制度に関して大きな法改正が行われました。本稿では、雇用義務制度の歴史をごく簡単に振り返ったのち、2018年法改正後の新しい雇用義務制度について紹介し、加えて、2018年改正に際する障害担当大臣の談話も紹介したいと思います。

1.雇用義務制度の歩み

フランスの雇用義務制度のルーツをたどると、1924年の「戦傷者雇用義務法」にたどり着きます。第1次世界大戦により大量に発生した傷痍軍人への対応として、従業員数10人以上の民間企業に対し10%の戦傷者雇用義務が課されました。その後、1957年の「障害労働者再配置法」により、雇用義務の対象がすべての障害者に拡大され、1987年の「障害労働者雇用法」によって現行制度の原型となる雇用義務制度が導入されました。

近年では、2005年に「障害者の権利と機会の平等、参加及び市民権に関する法律」によって雇用義務の強化が図られ(納付金の引上げや制裁的な納付金の導入など)3、さらに、2018年の「将来の職業選択の自由に関する法律」によって雇用義務制度の大きな見直しがなされました。2018年改正の背景には、1987年法から30年が経過したにもかかわらず、1.実雇用率は3.5%にとどまっていること、2.障害者の失業リスクは平均の2倍であり、非就業期間も障害のない者に比べて長いこと等がありました。こうした状況を改善すべく、雇用義務制度の見直しがなされました。

2.2018年改正後の雇用義務制度

(1)法定雇用率

法定雇用率は、1987年改正以降6%に設定されてきましたが、2018年改正により、全国障害者諮問評議会の意見を聴取した上で5年ごとに見直されることになりました(労働法典L.5212-2条)。したがって、今後は、6%以上の雇用率が課せられる可能性があります。

雇用義務を負うのは、従業員数20人以上の企業・公的機関です。改正で義務を負う単位が事業所から企業へと変更され、義務を負う対象範囲が拡大されました。また、従業員数20人未満の企業も、障害者雇用の実態を明らかにし、企業に対してより適切な支援を行うことを目的として、障害者雇用に関する報告義務を負うこととなりました(労働法典L.5212-1条)。

(2)履行方法

雇用義務は、障害者権利自立委員会(CDAPH)によって障害労働者認定を受けた者4、労災年金受給者、障害年金受給者、傷痍軍人年金受給者、志願消防士障害者手当・年金の受給者、モビリティ・インクルージョン・カードの保有者、成人障害者手当の受給者、戦争犠牲者遺族を雇用することにより履行されます(労働法典L.5212-13条)。以上の雇用義務対象者を直接雇用することで雇用義務を達成することができない場合には、納付金の支払いが課せられます(L.5212-6条、L.5212-9条)。

2018年改正以前は、保護労働・就労セクター(上記の適応企業やESAT)への発注によっても雇用義務を履行することができました(いわゆる「みなし雇用」)。しかし、これは、改正により納付金の減額事由として整理し直されました。変更の背景には、企業が障害者の直接雇用によって雇用率を達成している率を明確にし、企業における障害者の直接雇用をより一層推進していくという目的がありました。

このほか、企業は、労働協約5の締結により雇用義務を履行することもできます。この方法で履行する場合には、納付金の支払い義務は発生しません。2018年改正で、この方法による履行は、最大で6年までしか認められないこととなりました(労働法典L.5212-8条)。労働協約の締結は、今後は、企業が障害者雇用に取り組む「きっかけ」を提供するものとして位置づけられることになります。

(3)納付金の計算

直接雇用により雇用義務を達成できない場合の納付金は、次のように計算されます(労働法典L.5212-9条~L.5212-11条)6

まず、減額前の納付金額が、「(雇用すべき障害者数-雇用した障害者数7)×特別な適性を要する雇用に関する率×時間当たり最低賃金(SMIC)×企業規模ごとの倍数」で計算されます。企業規模ごとの倍数は、企業規模が20人以上250人未満の場合は400倍、企業規模が250人以上750人未満の場合は500倍、企業規模が750人以上の場合は600倍とされています8

その後、減額事由により納付金の減額がなされます。1つ目の減額事由は、保護労働・就労セクターへの発注です。適応企業やESAT、独立障害労働者への発注について、契約書に掲載されている発注額(税抜き)から原材料費や販売コスト等を引いた額の30%が減額されます。ただし、上限が設定されており、減額が認められるのは、雇用率が3%未満の場合は減額前納付金の50%、雇用率が3%以上の場合は減額前納付金の75%までです。2つ目は、障害者の雇用に関連する支出です。これについても、減額前納付金の10%までの範囲で減額が認められます。例えば、1.企業内のアクセシビリティ保障のための工事、2.障害のある従業員の雇用維持または配置転換のために行う人的・技術的・組織的な障害を補う措置の実施、3.職業訓練、従業員の啓発、社外の機関による障害労働者の支援(ジョブコーチ等)に係る費用がここには含まれます。

3.障害担当大臣の談話

現在、以上のような雇用義務制度が施行されていますが、適応企業やESATへの発注を雇用義務の履行方法の1つから納付金の減額事由に変更することに関しては、適応企業やESATなどの適応・保護セクターとのパートナーシップを危うくするのではないかという疑問も呈されました。この点に関して、Sophia Cluzel障害担当大臣は、次のようなコメントを行っています。最後にこれを紹介して、本稿の終わりとします。

「法は、発注を奨励する施策を廃止しようとしたのではありません。ただ、発注の評価方法を変えただけです。発注は、これからも、納付金の減額という形で考慮され続けます。この新しい評価方法は、適応企業やESAT、独立障害労働者にとって不利なものではありません。また、その顧客である企業にとっても不利なものではありません。労使やアソシアシオン(非営利組織)との交渉に際して、私たちは、中立性の原則に基づいて議論を行いました。新しい計算方法は、改正前の仕組みと同様に発注を促すものであり、直接雇用と間接雇用とを対立させるような問題ではありません。政府は、一般企業と適応企業・ESATとの間の流動性及び補完性がより一層高まることを希望しています9。」


1 適応企業は、障害者が少なくとも55%を占める企業です(労働法典L.5213-13条以下)。適応企業での就労には、労働法典の適用があります。

2 AGEFIPH/FIPHFP, Les personnes handicapés et l’emploi -Chiffres-clés, Juin 2019.

3 永野仁美『障害者の雇用と所得保障-フランス法を手がかりとした基礎的考察』信山社(2013年)129頁以下。

4 障害者の範囲は日本よりも広いといえます。

5 労働協約には、通常の労働環境での雇用計画等が含まれていなければなりません。

6 2020年から2023年にかけては、納付金額が急増するケースに配慮し、経過措置が用意されています。

7 50歳以上の障害労働者は、1.5人としてカウントされます。

8 3年を超えて直接雇用も保護雇用・就労セクターへの発注もしておらず、労働協約による履行もしていない場合には、企業規模を問わず、倍数は1500倍となります(労働法典L.5212-10条)。

9 2及び3については、AGEFIPH, La réforme de l’obligation d’emploi des travailleurs handicapées, Juin 2019を参照。

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