公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会 参与 西澤 達夫
当協会では、平成20年度(2008年度)からボランティア団体等と協力して小中学校の発達障害など読みの困難がある児童生徒にデイジー教科書の製作・提供を行っています。開始からの利用状況の経緯も含めて、その普及の状況・課題等についてご紹介します。
デイジーは、約20年前に視覚障害者向けの録音図書のデジタル化のために登場した国際標準規格です。現在では、発達障害を始め、印刷された図書の利用に困難を持つ多くの人々にも使われています。
デイジー教科書は、マルチメディアデイジーという形式で提供されています。最大の特長は上の図の様に、ハイライトしたテキストに同期して音声を再生できることで、視覚と聴覚の両方の感覚を使って図書を読むことができるため、読むこと自体の負担が減って、自分の能力を内容の理解等に使えることです。
デイジー教科書は、詳細は後述しますが、個別の指導を行う特別支援教育の場面で多く用いられています。次の図にあるように、児童生徒の総数は約1千万人で、少子化の影響で年々減少していますが、特別支援教育の対象者は、増加傾向です。
(出展:文部科学省ホームページ)
次の図に示したのは、文部科学省が平成24年12月に実施した通常の学級に在籍する特別な支援を要する発達障害の可能性のある児童生徒の調査結果です。
総数は6.5%、約65万人が該当します。一部は通級による指導を受けていますが、その多くは特別な支援がない状況です。3つのカテゴリ-、LD、ADHD、自閉症スペクトラムがあります。円が重なっていて重複部分があることにも留意ください。
学習面に著しい困難を持つ4.5%の内、特にデイジー教科書による支援を必要としている読み書きに困難がある割合は2.4%、24万人が該当します。
この後の利用状況の説明で、LD(学習障害)4.5%の対象者について学年別に分析したものと対比しますので、4.5%と2.4%の数字に着目ください。
読みの困難さについては、頭脳の中の文字認識システムに起因していますので、実際の困難さは当事者でない限り分かりにくいところがあります。文字を読もうとするとこの図にあるように文字がにじむ、ゆらぐ、鏡文字になったり文字がかすんだりといった見え方をするそうです。その結果、逐次読み(すらすら読めない)、勝手に読んでしまう、単語の切れ目がわかりにくい。漢字が読みにくいなどが読みの困難となって現れます。
さらに見え方の問題だけでなく、「記号」である文字を「音」として認識することが困難だったり、名称を想起する速度が遅いことによって起こると言われています。
次の図は、デイジーで期待される効果を説明したものです。まず、テキストがハイライトして、その部分を音声で喋ってくれるので、どこを読んでいるかがわかります。見て情報をとることが難しい場合は、音で情報をとれます。
紙の教科書だと読みにくいので、読むこと自体に一生懸命でなかなか中身が入ってこない。これに対してデイジーをタブレットなどで使うと、読みに関する負担が減って本来自分が持っている能力で、内容を理解したりということに使える。本来の学習の目的に自分の能力を使うことができるというのが、デイジーの効果です。
下表は、現状の紙の教科書とデイジー教科書を使う場合を比較したもので、デイジー教科書は、自由度、そして代替手段が多く一人一人の困難さに応じたカスタマイズができるのが最大の利点です。
項目 | 紙の教科書 | デイジー教科書 |
レイアウト | 固定 | 可変 |
フォント | 固定 | 可変 |
文字大きさ、縦、横書き | 固定 | 可変 |
背景色、文字色 | 固定 | 可変 |
読み上げ | (代読) | 録音音声 |
注視 | スリット | ハイライト |
デイジー教科書の主な特長は以下の通りです。
次の図は、デイジー教科書の申請方法を示したものです。
保護者や学校の先生が個別に申請する一般提供申請に加えて、一昨年度からは教育委員会や、学校図書館からの一括申請が急速に増えつつあります。
学校での利用は、セキュリティーが厳しく、ダウンロードやインストールは禁止されています。このため教員が申請した場合、この制限を解除する手続きが時として重荷になります。しかし、教育委員会が申請すると、全ての手筈が教育委員会主導で整うため、教員の負担が減る利点があります。
次の図は、昨年度までのデイジー教科書の利用申請状況の推移です。
平成20年(2008年)の80名からスタートしました。平成29年度と30年度の実績は次の通りです。
・平成29年度実績
教育委員会、学校図書館申請:1,715名
一般申請(保護者、教員):6,378名
合計:8,093名
・平成30年度実績
教育委員会、学校図書館申請:2,949名
一般申請(保護者、教員):7,090名
合計:10,039名
傾向としては、教育委員会、学校図書館申請がここ数年急に増加しています。しかし平成30年度の実績10,039名という値は、先ほどの24万人、2.4%を分母にすると、4%ちょっとで、まだまだ「普及している」にはほど遠い状況というのがおわかりいただけると思います。
次の2つの図は、都道府県別のデイジー教科書の利用者数と普及率です。
①利用者数
②普及率
※図は傾向を確認する目的で掲載しています。
詳細は、次のリンクを参照ください。
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/links/daisyH30report.pdf
利用者数では、大阪府が一番、二番目が長野県です。都道府県で人口が異なるため、都道府県ごとの児童・生徒の人数に先ほどの2.4%を乗じて分母とし、デイジー教科書の利用人数を分子として普及率としました。
普及率では、長野県が一番、二番が鹿児島県、三番が島根県で、3県とも20%を越えています。課題は凸凹が大きく、普及のバラつきが非常に大きいということで、デイジーの認知度に大きな差が存在していることです。
次の図は、利用者の所属学級の内訳です。
通常の学級とほぼ同数の特別支援学級の児童生徒がデイジー教科書を利用しています。
次の図は、利用者の学年の内訳です。棒グラフが学年ごとの分布です。黒い折れ線グラフは、学習面の著しい困難を持つ児童生徒の学年毎の比率で、この平均値が最初にご説明した4.5%です。
両者を比較すると、小学校3年生から上の学年は傾向が類似していますが、1、2年生はかなり乖離しています。この図から見て取れるのは、早期から何らかの読みに対するアセスメントと支援が必要ではないかということです。
以上、デイジー教科書の利用状況を説明させていただきましたが、今後の課題は以下の通りです。