超短時間雇用とは

「新ノーマライゼーション」2020年9月号

東京大学先端科学技術研究センター 准教授
近藤武夫(こんどうたけお)

1.はじめに

精神疾患があり、週に数時間以上働くことは非常に難しいが、英訳ができるスキルを活かして通常の企業で週に数時間働いているAさん。難病とそれに伴う肢体不自由、呼吸器の障害があるが、あるコンテンツ製作部署の特定のプロジェクトの製作物の進捗管理と、スタッフの業務分析、管理職への報告を毎週6~7時間、担当しているBさん。知的障害があり、長く働いた経験がないが、将来パン屋さんで働きたいと思っているCさんが、商店街のパン屋さんで、デニッシュパンの成形業務を週1時間だけ担当している例。地域の老舗の料亭で、アナゴを焼く仕事を専門に行っている精神疾患のあるDさん。いずれの職場でも、週あたり数時間、最低賃金以上の、その職務に見合う賃金をもらって働いています。

人手不足に困っている地域の企業や商店の視点からは、障害者雇用率とは無関係に、「特定の業務を担ってくれ、その職場の困りごとを解決してくれる人」として、障害のある方々が働いています。障害のある人の視点からすれば、障害者雇用率にカウントするために週20時間~30時間以上働くことを求められたり、さまざまな業務を追加的に求められることもなく、持てる力を活かして、定義された職務だけに従事することができています。

2.産学官連携による超短時間雇用モデルの地域実装

以上に例を挙げた「超短時間雇用」とは、東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野が提唱するインクルーシブな雇用モデルです。週に1時間からでも、通常の職場で役割を持って働くことのできる働き方と、そうした働き方を実現する地域社会の支援システム、そして、超短時間での業務・雇用環境を職場内に作るための技術を総称して、「超短時間雇用モデル」と呼んでいます。

これまで、障害や病気によって、「週あたり数時間程度は働くことはできるが、それ以上の時間働くことが難しい人々」で「障害の状況により、遂行が困難な業務があるが、そのほかの特定の業務では持てる力を発揮できる人」のうち、「通常の雇用や障害者雇用にマッチしなかった人々」を主な対象としてきました。そして、多くの職場でその職場が必要としている何らかの特定の業務を担い、非常に短い時間で働く事例が生まれてきました。

これまでに神奈川県川崎市(川崎市, 2019)や兵庫県神戸市で、地域独自の雇用促進制度として社会実装されてきた経歴があるほか、ソフトバンク株式会社では、「ショートタイムワーク制度」という社内制度として実装されてきました。川崎市や神戸市では、以下の図2にあたる地域システムを構築して、超短時間の職務の創出と、そこへの求職者のマッチングを行っています。

図2 超短時間雇用を実現する地域システム
図2 超短時間雇用を実現する地域システム拡大図・テキスト

こうした超短時間雇用モデルに基づく地域制度を構築している自治体では、自治体の公的な委託を受けた中間支援事業者が、「個々の企業へのコンサルテーションを行い、企業と労働者がWin-Winとなるような、超短時間で職務の明確な仕事を生み出すこと」「超短時間かつ特定の職務で労働者を雇いたい企業と、その職務が遂行できる労働者を効果的にマッチングすること」「企業と労働者の両者に対して、職務への定着支援を提供すること」という役割を果たしています。川崎市でも神戸市でも、元々は通常の障害者雇用に障害のある求職者を接続する仕組みでしたが、その取り組みでは、障害者雇用率制度が求める時間数、働くことができない人々が取り残されるという課題が残っていました。そうした人々は、就労移行支援事業所で2年の年限を過ぎても雇用がなかなか決まらない状況になったり、就労継続支援B型事業所や生活介護事業所、地域活動支援センターなど、さまざまな福祉的な居場所におられたりします。果たしてそうした人たちは、本当に働くことができないのでしょうか?私たちが「雇用」と呼ぶものが想定している「労働者像」が非常に偏っていて、そのために、障害のある人が、通常の職場で働く機会から排除されているのではないだろうか?私たちはそのように考え、冒頭の例で挙げたように、労働時間数に縛られず、地域の職場で役割を持って働くことのできる仕組みを作っています。

超短時間雇用は、2012年頃から東京大学先端科学技術研究センターの研究室の業務に、さまざまな障害のある方々に超短時間で働いてもらうための仕組み作りとして始まり、その知見を生かし、2016年にはソフトバンク株式会社で「ショートタイムワーク制度」と呼ばれる社内制度として実装され、次に既存の中間事業者を応用した地域システムが川崎市(川崎市, 2019)に実装され、それから神戸市でも同様に超短時間雇用を支える地域システムが実装されました(近藤, 2020)。いずれの取り組みにおいても、もっとも多数働いてくださっているのは、精神障害のある方々です。神戸市では、就労継続支援B型事業所の利用を併用しつつ、超短時間での一般企業での雇用を認める取り組みも行われています。

超短時間雇用モデルでは、労働者を雇用してから、その人に何をしてもらうかを考えることは行わず、先に「何をしてくれる人が職場に来てくれると、その職場が助かるか」を定義してから、その職務を果たせる人をマッチングします。またその際、その職務に本質的に必要なことでない能力は労働者に求めません。例えば、挨拶や身だしなみ、発話することなどが、その職務の遂行に本質的に必要でない能力であれば、労働者に求めないルールにしています。また、必ず同じ職場で働いてもらい、特別な場所を作らないルールにしています。加えて、個々人の超短時間での労働時間を、企業内や地域内でそれぞれ積算して、一般的な障害者雇用率の算定に使われる週30時間に換算する計算をしています。例えば、週4時間の人を8名雇用すると、積算では週32時間となり、通常の障害者雇用1名分と換算するもので、「積算型雇用率」と呼んでいます。これは政府の雇用率とは全く無関係な、超短時間雇用モデル独自の取り組みです。こうして、何名分の新たな雇用を創出したかを可視化しています。

3.今後の課題

地域システムのモデル化と実装を終えていますが、課題は山積しています。現在は、中小企業関連の協議会、工業団体、業界団体と連携し、より効果的な職務の創出方法や、既存の制度に隠れた求職者と接続・マッチングできる仕組み作りに取り組んでいます。大学に進学する障害のある方で、働く機会を通じた学びに参加できていなかった人へのインターンシップへの超短時間雇用の応用にも取り組み始めています。また、障害のある方だけではなく、中間事業者が少ない生活困窮者や高齢者など、多様な「取り残された人々」への雇用への応用についても、実践と研究を積み重ねていく必要性を痛感しています。


【引用文献】

近藤武夫(2020)インクルーシブな働き方と超短時間雇用モデル. 職業リハビリテーション, 33(2), 29-34.

川崎市(編著)・近藤武夫(監修・著)(2019)やさしい雇用へのアプローチ 自治体初!川崎市 週20時間未満の障害者雇用・就労の実践. 川崎市.

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