強みを活かして自分らしく働ける社会へ

強みを活かして自分らしく働ける社会へ

「新ノーマライゼーション」2020年9月号

株式会社YOUTURN 取締役 経営サポート事業部担当
成澤俊輔(なりさわしゅんすけ)

人生のターニングポイントとなった経営者の気持ち

私は大学の時に2年ほど引きこもっていた時がありました。大学に入学するまでは、目が見えない私の存在価値は勉強をして偏差値をあげることだと必死に勉強してきました。大学に入学して、キャンパスライフを謳歌できると期待していたのですが、私の視力では授業で示された資料が見えなくなっていて勉強に徐々に行き詰ったことが原因でした。例えば、私は人と待ち合わせをしていても、相手に見つけてもらうことしかできません。待ち合わせをしている時に「よっ」と先に言っている人を見るとうらやましく思ったり、生きづらさというか、答えのない苦しみがありました。

その後、大学に復学してインターンとして働いたことが人生のターニングポイントとなりました。その会社はベンチャー企業で、企業に人材を紹介し、障害者雇用を提案する業務をしていました。インターンである私にも仕事の目標(ノルマ)が設定されました。仕事のノルマは会社のためやお客さんのため、同僚のためです。自分のためではなく、誰かのためのほうが自分は頑張れることをその仕事の現場で知ることができました。そして、経営者が私を必要としてくれたことが大きな励みとなりました。経営者の方が私に「成澤君、また会いに来てね」「一緒に仕事をしようよ」と言ってくれたことを嬉しく思いました。経営の最終決断は経営者が下さねばなりませんし、責任も取らなければなりません。経営者は常に悩んでいます。そういう経営者の姿を間近で見て、私の中にあった答えのない苦しみに悩んでいる生き様が、自分だけではないことを知りました。インターンとして働いた後に、社員としてその会社で働くことになりましたが、まだ、他の人と自分を比べていました。新人の私はコピーは取れないし、資料の補充もできない、電話の対応も十分にできませんでした。周りの新人たちはそれができて、自分はできないと、そう思うと毎日がつらかったです。結局、数か月で会社に行けなくなり、退職となりました。

自分の障害に向き合う

会社を辞めた後に、東京都視覚障害者生活支援センターに通いました。当時、色や輪郭はわかりませんが光は見えていたので、働くことといつか失明してしまうのではないか、という2つのテーマは私にとって時限爆弾のようなものでした。周りの人にうまく頼ることができず、ノリと勘でごまかしながら生きるのは限界があるとずっと思っていたので、生活支援センターで点字の読み方や白杖の使い方、パソコンの音声読み上げソフトの操作などを学んだことはよかったと思います。この時、見えないことにきちんと向き合うことができました。この時に感じたことや経験が、その後、私が就労支援のNPOで多くの人たちから相談を受けることや現在の仕事にかなり活かされていると思っています。

働きづらさを抱えている人も働ける会社づくり

その後、縁があって障害のある人や就労困難者の就職をサポートするNPOの事務局長への就任のお誘いを受けました。このNPOでは、どちらかというと一人ひとりの人生に寄り添ってきました。しかし、個別の事例への対応ではなく、もう少し広い枠組みで働くことや仕事のよさを発信したいと思った時に、企業単位での経営や組織や事業を考えていくほうがより早く働きづらさを感じている人たちの命や人生を救えるのではないかと思いました。それぞれの人の強みが活かされる会社が増えれば結果的に働きづらさのある人たちが多く働けるようになるわけです。

今年4月から現在の会社で地方のベンチャー企業のコンサルティングや障害者雇用の提案などを行っています。約50社のコンサルの仕事をしています。会社は社員をどう守ったら良いのかと会社の経営者はいろいろ考えています。社員に給与を支払うだけでなく、居場所や出番をつくり、会社がセイフティーネットになると思います。多くの経営者は、会社が成長することは単に会社が大きくなって上場するということではなく、どういう組織が、そして、どういう人がより活躍できるようになるのかを考えています。このことと働きづらさのある人たちが抱えている問題を解消することはかなり近いように感じています。私はコンサルの相手には「いつでも頼ってください」と言っています。人はそういう姿勢についてきます。信頼できれば人はその中で頑張ってみよう思う。寄り添うことが大事だと思っています。

私を例にすれば、私は目が見えないので、時には名刺を逆にして渡すなど、失礼なことがあるかもしれません。「私にはこんな弱みがあります」と素直さをもった働き方を社会や周りの人に許して(理解して)もらっていることが、私が心理的に安定していることなのです。

コロナ時代

新型コロナウイルスの感染症拡大により、テレワークやオンライン会議などが増加しましたが、テレワークの環境が整っていない方などは、障害に関係なく働きづらさを感じるようになりました。今まで、企業などで働く障害のある社員の中には、移動がたいへんだろうからと在宅勤務をすすめられ他の社員とコミュニケーションがとりにくくて寂しく、孤独を訴える人がいました。しかし今、テレワークをする人が多くなり、誰もが働きにくさを自分のこととして考えるきっかけになりました。

働きづらさのある人たちのこれからの働き方

これからは人がどうしたらより人らしくなるかが問われてくる時代だと思います。AI(人工知能)や先端技術が進歩し、あと20年もすれば音声認識もどんどん進み、一般的な業務は機械が代わって行うようになると思います。そうなると、全般的に仕事をするというより、人の強みとかやりたいことに私たちはもっと時間が注げるようになると思うし、そこで機械ができない人らしさを発揮できるかどうか。そういうものが求められると思います。

例えば、データ入力が得意な人がいるとします。企業で週30時間働くのに、1社でデータ入力の仕事を15時間、残りの15時間は別の苦手な仕事をするよりも、2つの会社で15時間ずつデータ入力をするほうが自分の強みを活かして働けるので、その人は働くのが楽しいでしょう。自分の強みを活かした働き方は、生産性が高く効率的で良いパフォーマンスが発揮できる。そういうロールモデルを作るのが私の役割の1つだと思っています。

「努力は夢中に勝てない」という言葉があります。人はできることより、やりたいことのほうが頑張れると思います。もちろん、資格を取ることや訓練を受けることは大事だと思いますが、「やりたいことをやってみる」「夢中になれることを仕事に近づけていく」ことが今の時代ならできるだろうし、人が豊かになれると思います。

もう一つは、「とりあえずやってみる」ということです。週5回外出できるようになってから、週5回働けるところを探すのには時間がかかると思います。まずは、面接を受けてみようと。週5回働くのは無理でも週3回ならいいといわれるかもしれません。まず週3回で働き始めて自信をつけて、週4回、週5回と増やしていけばいい。ハードルを下げてやってみるというのがすごく大事だと思っています。

現在、私が関わっている企業の経営者の人たちも、どうしたら人がより活躍できるのかを考えています。新しい働き方ができる時代がくる手ごたえを感じています。

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