農業と福祉の融合から新産業をつくりだす

「新ノーマライゼーション」2020年9月号

京丸園株式会社 代表取締役
鈴木厚志(すずきあつし)

京丸園は、静岡県浜松市で葉物野菜を一年を通じて生産している農業法人です。農園は、水耕部(みつば・ねぎ・ちんげん菜生産)、土耕部(お米・さつまいも生産)、心耕部(障害者が所属する部署)で構成されています。農園の特徴は、「人」です。従業員数100名、最高年齢者が84歳、最年少者が19歳、平均年齢46歳、男女比4:6で老若男女が活躍しています。その中に、25名の障害者(知的8名・身体6名・精神7名・発達4名)が戦力となって共に働いています(障害者雇用率44%)。25年前は、家族6名とパート4名の家族経営の農家でしたが、障害者との出会いによって新しい農業のやり方に挑戦することとなりました(図1)。

図1
図1 京丸園株式会社組織構成図拡大図・テキスト

当時、障害者は働けないと思い込んでいた私は面接で検討することもなくお断りしていました。「せめて1週間の体験実習をお願いします」という言葉にボランティアのつもりで受け入れたのが始まりです。障害者が職場に入って驚きました。職場の雰囲気がとても良くなったのです。パートさんたちが体験実習に来た障害者をサポートする行動が生まれ、その雰囲気の良さが作業効率アップに繋がりました。農業は手作業が多く、場の雰囲気で作業効率は大きく変わります。この時、障害者の作業能力は健常者の半分ほどではあるが、チーム力を活かして団体戦で勝つことができるのではとひらめきました。そもそも企業活動は団体戦で利益を上げるもので個人戦ではありません。障害者を職場に迎え入れることで強い組織、いい組織を作り出し利益を上げる道を選択しました。障害者との出会いから農業と福祉の融合「ユニバーサル農業」が誕生しました。コンセプトは「農業経営強化」、変化すべきは農業であると定義しました。

現在、日本の農業は、農業者の高齢化、労働力減少、耕されない農地の増加、食料自給率の低下と問題が山積しています。農業は変わらなくてはいけないと言いながら変化に対応しなかった結果がこの状態なのです。その原因は、限られた人(農家の子弟)しか農業に携わることができなかったことで、時代に合った新しい発想が入らない時間があまりにも長かったためだと思います。そこで福祉の力をお借りして農業を変化させようという発想をしたのです。農家は職人であり、種まきから収穫、販売まで全部自分でできるようになって一人前、優秀な農家と言われてきました。福祉は、農業と対極的な「作業分解」の考え方をします。高度な技術者を育てようではなく、誰でもできるように作業を細かく分解し最後に組み合わせて完成させる発想です。職人的な農業から誰もが参画できる農業に変化させることができれば、多様な人たちが集まるようになります。多様な人たちが集まることによってそこには知恵が集まり変化が起こる。農業という産業をユニバーサルデザインしようという取組です。そうするには、福祉、障害者の方々に農業現場に来ていただき、農業の不具合を教えてもらうのが一番の方法です。障害者雇用が目的ではなく、農業を変えるのがユニバーサル農業なのです。

「そんなことをしているから農業が衰退するのだ!」これは、特別支援学校の先生の言葉です。洗い物作業は障害者が得意であると聞いた私は、1日1,000枚のトレイ洗いを特別支援学校の生徒にお願いしました。実習に来た生徒に「トレイをきれいに洗ってください」と指示を出し、その場を離れ1時間してどれくらいの数が洗えているか確認に戻ると、生徒は最初に手にしたトレイを洗い続けていたのです。私は先生に電話して、「もう少し作業のできる生徒をお願いします」とクレームを伝えました。先生は、「社長は生徒にどんな作業指示を出したのですか?」と聞かれたので、「きれいに洗ってください」と指示を出したと伝えると、先生は「まさかそれを作業指示だと思っていませんよね。そんなことしているから農業が衰退するのです!」と叱られたのです。作業指示は、具体的であり相手に伝わらなければ作業指示とは言わないというのです。農園では、苗に潅水してほしい時、「ちょっと水をかけておいて」というのが実態です。先生は、苗に水をかけてほしいのであれば、「何時何分、気温が何℃の時に、茎から何cm離れたところに何ccの水を与えなさい」と伝えることが指示ですと、私にわかるように丁寧に教えてくれました。作業指示を出せないということは「作業を手伝ってもらえない」「技術を伝えられない」ことなのだと教わったのです。日本農業衰退の原因がここにあったことがはっきりわかりました。

農業に福祉の知恵と労力を組み込むことで農業現場はユニバーサルデザインされていきます。障害者が働きやすい場所は、高齢者が働くことができ女性も働きやすい場となるのです。農業は昔から「百姓」といわれ、百の仕事・技があるといわれています。今までは百の仕事ができる職人を育てようとしてきましたが、ユニバーサル農業は、百の仕事を分解し多様な人たちの力を借りられる産業に変化させることで日本の農業問題を解決できると考えています。中には、「障害者・高齢者で企業として成り立つのか」と疑問を持つ方がいることでしょう。25年前に障害者と出会い現場に福祉の力を組み込んだ結果をグラフにまとめました(図2)。障害者の人数増加と売上が比例しています。障害者雇用が進まない理由は、企業活動にとってリスクだと捉えるいるからではないでしょうか。もしもそれが本当なら障害者雇用を進めていくと業績が停滞、悪化することになると思うのですが、そうはなりませんでした。それどころか売上が向上しここまで黒字経営で来ることができました。図1のように多様な人たちが働く企業体となり、農業に必要な人手・知恵を集めることができるようになりました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

農業は、野菜を生産する産業と思われがちですが、実は多面的機能を果たす能力を秘めた産業なのです。ユニバーサル農業が全国に広がれば地域の障害者雇用に変化が起こると思います。そして、人生100年時代となる中、農業で90歳まで働けたらどうでしょう。日本農業が産業として強くなり障害者雇用が進み、高齢者が生きがいを感じ、生活し、健康寿命が長くなることは夢ではないと思います。「農作物を食べて、農作業で汗を流し、社会と関わり元気に暮らす」農業は福祉と融合し『健康創造産業』に進化することでしょう。

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