海外への支援活動-日本点字図書館の国際協力事業

「新ノーマライゼーション」2020年10月号

社会福祉法人日本点字図書館 理事長
田中徹二(たなかてつじ)

私が日本点字図書館(以下、日点)の館長に就任したのは1991年4月です。それから30年、日点は今年の11月に創立80周年を迎えます。全国の視覚障害者を対象に、点字・録音図書の製作、貸出のほか、盲人用具の斡旋販売、首都圏の中途視覚障害者を対象にした自立訓練などの事業を展開しています。

私は、日点に奉職する前から、アジア太平洋地域で国際協力事業を始めたいと願っていました。そのきっかけを与えてくれたのが、東京ヘレン・ケラー協会のネパール支援でした。1985年、同協会が国際協力事業を始めたいので、ネパールを視察して何ができるか調べてほしいと依頼されました。その結果、同協会がネパール盲人福祉協会へ点字出版の機材と技術を提供することになりました。その後の同協会のネパール支援は、本誌5月号の福山博点字出版所長の報告のとおりです。ネパールの点字教科書製作支援により、小学校から高校までの全生徒一人ひとりに各教科の点字教科書が行き渡り、予想以上の成果をあげました。高校の学校終了証明試験に優秀な成績で合格した視覚障害者は、大学に進学します。大学を卒業すると、学校の先生になるのが最も手っ取り早い就職先です。それによって現在では、一般校で目の見える学生を教えている視覚障害教師が400人もいます。我が国をはじめヨーロッパの先進国でも考えられないほどの状況です。この成果は、私が国際協力事業を始めたいと考えた強い動機になりました。

私は1993年、国連のアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)がアジア太平洋障害者の十年をスタートさせるのを機に、日点で国際協力事業を立ちあげました。アジア各国を調査したところ、各国の点字事情は、8年前のネパールと変わっていませんでした。盲学校でも点字教科書はなく、先生が手打ちした1冊の点字教科書を、生徒が回し読みしていました。ただ変わっていたのは、点字製作の機器類です。パソコンの進歩によって、点訳ソフトをインストールしたパソコンと、点字プリンタがあれば点字教科書の製作が可能になっていたのです。これらの機器類を提供すれば、自国語の点字を知っている人なら、1、2週間の講習で点字教科書が作れるようになります。これなら提供する機材の費用や郵送料もそれほど高額ではないので、助成金に頼っている日点でも、ささやかな国際協力ができると思ったものです。

講習会はマレーシアで実施しました。マレーシアを選んだ理由は、経済的に安定しており、国民生活もある程度のレベルにあること、政情も安定していたからです。また、たいへん親日的でもあり、マレーシア盲人協議会というしっかりした組織もあったからでした。それになんと言っても、アジア各国からマレーシアまでの旅費や、当地での宿泊費などは、東京で同じ講習会を開くより格段に安くあがります。同じ助成金で、それだけ多くの国から講習生を呼べるのです。

1995年からは当時の郵政省の国際ボランティア貯金の助成金で運営していたのですが、2002年、バブルがはじけてボランティア貯金の助成が打ち切られるまで、アジア各地の12か国から盲学校や盲人施設の教職員103人を講習会に招くことができました。

しかし、その後も、点字資料を作ることができない地域は、アジア太平洋にたくさん残っていました。点字教科書製作の要望が続いたので、民間の助成金を受け、マレーシアの指導者に第三国研修として、要望のあった国々の施設や盲学校を現在も訪れてもらっています。

このほかに、日点では2004年から、アジア太平洋地域の視覚障害青年を対象に、ICT講習会を毎夏開催しています。この講習会を始めた頃は、経済的に比較的恵まれている途上国でも、視覚障害者までパソコンは届いていませんでした。エリートの視覚障害者でもパソコンを触った人はほとんどいなかったのです。そこで講習会では、パソコンそのものの操作を学ぶことから始めなければなりませんでした。

講習会ではアメリカのJAWSという画面読み上げソフトをインストールしたパソコンを使用しました。初めは東京で講習会を開催したのですが、英語で指導ができてJAWSに詳しい人の手配がなかなかできず、すぐマレーシアに頼ることになりました。

途上国でもパソコンは急速に浸透してきました。パソコンを使えれば、視覚障害者でも職業に結びつくこともあるだろうし、地域のリーダーにもなれるのではないかと思ったものです。

第1回の講習会の参加者は、ミャンマー、ベトナム、スリランカ、ネパール、バングラデシュの若者を選びました。講習生たちは30歳以下で、点字、英語に堪能な人たちでした。第2回からは、点字指導講習会と同じく、マレーシア盲人協議会に頼りました。今では同協議会の手も離れ、点字指導の第三国研修に行ってくれているウォン・ユン・ルン夫妻に任せています。彼らの故郷ペナン市で、中級と上級の2クラスを開催しています。途上国でもパソコンの普及の速度は早く、視覚障害者間でも初級はたちまち必要がなくなってしまいました。

中級の目標は、自己開発のためにICTスキルを向上させること、上級レベルの目標は、視覚障害者向けのICT訓練の改善を支援することです。中級では、Windowsオペレーティングシステム、Microsoft Office、インターネットの閲覧、電子メール、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディア、その他の日常生活のための実用的なアプリケーションを習います。上級レベルでは、研修生はHTMLの導入、ウェブサイトの開発、オンラインラジオストリーミング、音楽編集、DAISYの編集などを習います。

2020年は世界的に流行したCOVID-19の影響で中止になってしまいましたが、16年間の講習会で、25か国から216人を講習会に招くことができています。

この講習会の修了生たちは、自国に帰ってパソコン技術を視覚障害者や晴眼者に伝えています。また、初めの頃の講習生は、まだ30代という若さにもかかわらず、自国の盲人協会の会長や幹部になっている者が出ています。モンゴル盲人協会のゲレル会長やベトナム盲人協会役員のアインさんたちです。2人とも女性ですが、世界盲人連合の総会や同アジア太平洋地域協議会の集まりで大活躍しています。さらにプログラマーとして企業に雇用されている人もいますし、現在、この講習会の講師を務めているインドネシアのファンディさんもアリスさんも、この講習会の初めの頃の修了生です。講習会の修了生たちの活躍を見ていますと、この講習会が、アジア太平洋地域での視覚障害者に大きなインパクトを与えていることが実感できます。

2017年からは、中級と上級クラスの間に、3日間、アジア太平洋盲青年エンパワメント・リーダーシップ講習会を加えることになりました。単にパソコン技術を習得するだけでなく、我が国や欧米の進んだ視覚障害者の実情を学んでもらおうというものです。特に我が国の視覚障害者を取り巻くバリアフリー環境は、点字ブロックをはじめ世界にも例がないほど充実しています。欧米の国々にも見られない対策は、途上国の視覚障害者に強い関心を持たせることは間違いありません。バリアフリー対策を中心に、我が国の視覚障害教育・福祉などの制度について、日点職員らが報告しています。

途上国の視覚障害者間にもスマホが急激に普及しています。視覚障害者の情報交換にパソコンの役割は減ってきていると感じます。外国でも無料で簡単に情報交換ができるFacebook、Twitter、Whats App(スマホ向けチャットアプリ)などといった機能のほうが便利になっています。ICT講習会は、今後プログラミングなどの高度な内容のものを指導しない限り、魅力がなくなってくる恐れがあります。

日点の協力事業の内容は、いずれも知的に高い指導で、各国の社会情勢が高まっていけば、いずれは必要がなくなる事業です。その見極めをいつつけるかが、これからの課題となるでしょう。


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