2019年度障害者週間連続セミナーマルチメディアDAISY教科書等を利用した学習の推進及びマルチメディアDAISY図書の製作を通じた障害者の社会参加について~2015年国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の推進に向けて~

障害者放送協議会・専門委員 井上芳郎

去る12月5日に東京有楽町朝日ホールにおいて、日本障害者リハビリテーション協会主催により開催された標記セミナーに参加する機会を得たので、その概要について報告する。 冒頭主催者側より福母淳治氏(日本障害者リハビリテーション協会常務理事)から、本セミナーの開催趣旨である「持続可能な開発目標(SDGs)」の推進という観点から、マルチメディアDAISY教科書の製作・配信事業や、マルチメディアDAISY図書の製作を通じた障害当事者の社会参加の可能性を追求した新規事業の意義などについて説明がなされた。 引き続き厚生労働省自立支援振興室専門官秋山仁氏から、「厚生労働省における発達障害者の自立支援の取り組み」に関しての行政説明がなされた。ちなみに専門官自身も早くからマルチメディアDAISY図書との出会いがあり、今後の普及について期待を寄せているとのことであった。 最初の登壇者として読み書き障害(ディスレクシア)当事者の立場で、特別支援学校教諭の神山忠氏から読み書き障害の困難の特徴について、ご自身の体験に基づく具体例をあげながら説明がなされた。ディスレクシアとは視覚は正常であるのに文字の習得や認識に困難をもつ障害であり、周囲からはその困難の状態がなかなか理解されにくいものである。文字を認識しその意味理解をする認知の過程に困難があると推定されるということなど、分かりやすく例を挙げながら説明がなされた。さまざまな文字認識上の困難の具体例については、フォントの種類による認識のしにくさや、縦書きでの読みにくさ、ルビ振りの問題などについて紹介をされた。 またご自身が特別支援学校でICT機器を活用して指導実践されている事例、特にマルチメディアDAISY教科書を使った「読み」の指導事例についても紹介をされた。マルチメディアDAISY教 科書の読み上げ音声とテキストの同期や、ハイライト表示、縦書きから横書きへの変換、フォントサイズ変更機能などが、ディスレクシア児童生徒に対しては特に有効であるという指摘もあった。

セミナー会場風景

次の登壇者として支援団体・製作団体の立場で、サイエンス・アクセシビリティ・ネット代表の九州大学名誉教授・鈴木昌和氏から、マルチメディアDAISYの各種機能と製作ソフトによる製作作業の実演がなされた。PDF文書からのテキストデータの自動抽出や、合成音声による読み上げの実演では、ほとんど肉声と聞き惑うような流ちょうな読み上げが可能になっている。もちろん読み間違えを完全に排除することはできないけれど、実用に十分耐えうる精度で読み上げさせることが可能になってきている。また従来の製作ソフトではなかなか困難であった、数式を含む文書のマルチメディアDAISY化の実演もなされた。

学校教育で必要とされる教科書以外の図書や文書、例えばテスト問題などや、卒業後社会生活で必要とされる文書資料などのアクセシビリティ確保についての現状、そしてマルチメディアDAISY化に係わる課題や今後の展望についても貴重な指摘があった。

次に日本障害者リハビリテーション協会で新規開始された、障害当事者によるマルチメディアDAISY図書の製作事業の取り組みに関し、DAISY図書の製作・編集ソフトの活用例と、ネットワークを介し自宅からのリモート操作によるDAISY図書製作過程の実際について、同協会の西澤達夫氏から説明がなされた。

そして引き続き実際にこの事業に参加されている鹿久保芹菜氏(脊髄性筋萎縮症患者:DAISY図書製作参加者)から、指一本でも操作可能なワンキーマウスを使用した在宅でのDAISY図書製作の様子や、具体的な作業上での苦労や様々な工夫などについて、ビデオ映像やスライド資料を使った発表がなされた。鹿久保氏は脊髄性筋萎縮症のため日常はベッドで寝たきりの状態で過ごし、医療的ケアが必要なため通勤での就労は困難であった。そのため2018年8月から自宅でのテレワーク形式により、DAISY図書製作を開始することになった。主に製作ソフトを使いDAISY図書の合成音声読み上げの再生チェックをし、ルビやイントネーションの修正作業を行っているとのことであった。

今後に向けて「出来ないことがあっても、諦めるのではなく、どうすれば出来るようになるのかを考えるようにしている。自分の可能性を決めるのは周りではなく自分。目標を持ち、自分に期待しながら、笑顔で前向きに生きていきたい。」と発表の最後に締めくくられていたことが、強く印象に残った。

最後の登壇者である東京コロニー障害者IT地域支援センター長の堀込真理子氏から、同センター職能開発室での、特にICTを利活用した職能開発の実際について説明がなされた。最近の障害者の新しい社会参加の潮流として、それまで「生活支援」「医療ケア」などが中心であった人達が、支援機器などの利活用によって就労の場に参加できるようになってきたことがあげられるという。そのためには障害者個々の個別のニーズに合った支援機器の利活用が保障されることが必要であり、特にICT機器については例えばキーボートやマウスなどの工夫、また通勤困難なケースではテレワーク形式で在宅のままでも就労を可能とする、デジタルネットワークの活用が考えられるとのことであった。職能開発室では1980年代から重度障害や疾病患者の方達の就労支援の研究を進めてきたが、テレワークロボットやコンピュータのリモート機能を使った在宅就労の支援などを研究開発してきたということであった。

ちなみに前発表者の鹿久保氏は同開発室のIT技術者在宅養成講座(2年間)の受講者であり、試験問題の拡大印刷や代筆、試験時間の延長措置などを受けながら、国家資格であるITパスポート試験(情報処理技術者試験)に合格された方でもあるとのことであった。

すべての登壇者の発表終了後、ディスカッションと質疑応答がなされた。DAISY教科書や図書製作に係わって、非常に多くの方達の努力があったことへの感想。ディスレクシアの児童向け図書の圧倒的不足に対して、今後早急に対応すべきこと。重度障害者によるDAISY図書製作に係わって、製作の各作業工程での合理的配慮の重要性についての指摘。このようなことなどが登壇者からの発言としてなされた。

また会場の参加者からは、ディスレクシアのお子さんの保護者の方からの、DAISY教科書の仕様に関する質問と要望。鹿久保氏と同じように、現在在宅でDAISY図書製作に取り組んでいる方たちなどからの感想や意見が出された。最後に主催者側から現在製作中のマルチメディアDAISY図書「だれも知らない小さな国」の紹介があり、全てのプログラムが終了となった。

もともとDAISYは視覚障害者のための録音図書の規格として出発をした。それがデジタル化によりマルチメディア対応となり、ディスレクシアや上肢障害者の方達などへの広範なニーズにも対応出来るまでに進化した。さらには電子書籍の国際標準規格のEPUBと融合したことで、今後のさらなる発展への展望が見えたように思う。

また最近のめざましいICTの進展により、障害が重度の方でも在宅のままで、例えば今回の事例のようなDAISY図書製作を通じた社会参加が可能となってきたこと、そして重要なことは支援を受ける対象としてだけではなく、ICTの利活用により支援をする側にも立てるのだということに、深い感銘を受けつつ会場を後にした。

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