GIGAスクール構想と特別な支援を必要とする子ども達への支援

公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会 参与 西澤 達夫

はじめに

当協会では文部科学省の委託事業として、教科書のデジタル化を行い音声と文章が同期して再生可能なマルチメディアデイジー教科書(デイジー教科書)を、印刷された紙の教科書の読みに困難を持つ子ども達に提供しています。このデイジー教科書を利用するためには、ダウンロードするためのネット環境やパソコン、タブレット等の再生端末、いわゆるICT環境が必須です。

デイジー教科書の提供を開始した平成20年度の利用者は80名でしたが、平成30年度には、1万名を越えて、読みの支援として定着しつつあります。しかし、文部科学省による調査結果によると読み書きに著しい困難を示す児童生徒の約2.4%[1](約24万人)が支援を必要としており、普及は限定的です。その理由は、デイジー教科書の認知度が低いのが主な要因ですが、利用者へのアンケート結果によれば学校におけるICTの環境整備が進んでいないこともその一因と推定されます。

文部科学省の平成29年度学校における情報化の実態等に関する調査結果[2]によれば、教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は、全国平均5.6人で、1人1台には遠く及ばない状況です。また、普及が進む県(1.8人/台)と遅れている県(7.9人/台)で地域差が大きい点も課題になっていました。

このような状況を一気に打破して、1人1台を実現するICT環境整備計画(GIGAスクール構想)[3]が昨年12月に閣議決定されて、令和元年度補正予算が成立し、本格的に動き出しました。本稿では、GIGAスクール構想の概要を紹介するとともに、それが特別な支援を必要とする子ども達への支援としてどのような役割が期待できるのかについて考察します。

GIGAスクール構想とは

・GIGAスクール構想登場の背景

昨年6月、文部科学省は、「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」[4]を公表しました。これは新時代における先端技術を効果的に活用した学びの在り方についてとりまとめたもので、多様な子どもたちを「誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び」の実現を目指しています。この背景には、あらゆるものがネットにつながるIoT、人工知能AIそして、5Gに代表される高速ネットワークの普及、いわゆるSociety5.0[5]時代の到来を目前に控えて、ICTを活用した教育改革が待ったなしの状況になっていることがあります。そして、昨年12月には、中央教育審議会初等中等教育分科会が、「新しい時代の初等中等教育の在り方 論点取りまとめ」[6]を取りまとめています。

・GIGAスクール構想の特筆すべき内容

これらのまとめを受けて登場した施策パッケージが、GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想で、特筆すべき点が3点あり、以下にご紹介します。

①世界標準を意識した学びのインフラ整備

今までも教育のICT環境整備は進められてきましたが、GIGAスクール構想は、その延長ではなく、Globalな視点での学習用端末の仕様決めや、クラウドによる教育ビックデータの活用がパッケージとして盛り込まれている点が1つです。

②シンプルな学習用端末の仕様

下図は、GIGAスクール構想の実現パッケージ[7]から抜粋した学習用端末の標準仕様です。
お気づきになるように、CPUの性能やストレージ容量は、一昔前のPCの仕様で、シンクライアント端末(端末での処理は必要最小限として、クラウド側で処理を集中して行う思想)を目指していることが分かります。また、価格についても米国の300ドルパソコンを参考にして、5万円程度の価格帯であることを仕様の中に明記している点も特筆すべきことです。

学習用端末の標準仕様

③クラウドの活用

下図は、GIGAスクール構想の実現パッケージ[7]から抜粋した教育ICT環境整備の全体像です。

教育ICT環境整備の全体像

学習履歴(スタディ・ログ)データの標準化を行うとともに、そこで蓄積される教育ビッグデータを効果的に活用した学びの在り方が、目指すべき次世代の学校・教育現場の目標・目的として、明記されています。

特別な支援を必要としている子どもとGIGAスクール構想

施策パッケージの目標としても「誰一人取り残すことのない、個別最適化された学びの実現」が掲げられていて、前項の図の表題も、「子どもたち1人1人に個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境を」となっています。従って、GIGAスクール構想は、特別な支援を必要としている子ども達にとっても福音となり、学びの困難さの大小に関わらず、皆と一緒に学ぶインクルーシブ教育を目指す環境として有効だと思われます。

しかしながら、GIGAスクール構想は、前述のように全く新しい教育環境構築を目指しており、導入開始時期を見据えた短期的視点と、ある程度導入が進んだ時期を見据えた中長期的視点の両方を持つ必要があると考えます。

短期的視点として重要なのは、1人1台提供される学習者用端末の活用です。当協会が提供しているデイジー教科書も学びを支援する教材の1つですが、漢字の書き順等の様々な学習支援アプリ・教材の情報を集めて、いかに活用していくかが大事になると思われます。今まで教育現場であまり馴染みのなかったChrome OSの採用が増えていくことが予測されるため、Windows、iOSを含む3つのOSに対して、それぞれ利用可能なアプリの種類やOS自身のアクセシビリティ情報の共有を進めていく必要があると考えます。

中長期的な視点では、学習履歴(スタディ・ログ)など教育ビッグデータの活用が肝になってくると思われます。学習履歴によって、子ども1人1人が「なにをどこまで理解しているか」が可視化され、指導する教員が容易にそれを把握できれば、個別の指導に反映していくことで特別な支援を必要としている子どもへの配慮が可能になると考えます。ただし、指導方法の研修やビックデータの活用方法の研究等を積み重ねて実現していく必要がある点には留意が必要です。

まとめ

1人1台の教育ICT環境整備は、昨年度から着手し、令和5年度には、整備が完了するロードマップになっていて、今から3年後には、学校のICT環境が様変わりしているはずです。この変化に対応しつつ、今後もデイジー教科書が、読みの困難を持つ子どもたちを支援する教材として広く活用してもらえるように、広報活動も行いながら提供していく予定です。
最後に昨年12月GIGAスクール構想のキックオフに際しての萩生田文部科学大臣のメッセージ[8]の一部をご紹介します。

「Society 5.0 時代に生きる子供たちにとって、PC 端末は鉛筆やノートと並ぶマストアイテムです。今や、仕事でも家庭でも、社会のあらゆる場所でICTの活用が日常のものとなっています。 社会を生き抜く力を育み、子供たちの可能性を広げる場所である学校が、時代に取り残され、世界からも遅れたままではいられません。」

「この新たな教育の技術革新は、多様な子供たちを誰一人取り残すことのない公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものであり、特別な支援が必要な子供たちの可能性も大きく広げるものです。」

参考文献

[1] 通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1328729.htm
[2]平成29年度学校における情報化の実態等に関する調査結果
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1408157.htm
[3] GIGAスクール構想の実現について https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
[4] 新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/1411332.htm
[5] Society 5.0 https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
[6] 新しい時代の初等中等教育の在り方 論点取りまとめ
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1382996_00003.htm
[7] GIGAスクール構想の実現パッケージ
https://www.mext.go.jp/content/20200219-mxt_jogai02-000003278_401.pdf
[8]文部科学大臣からのメッセージ
https://www.mext.go.jp/content/20191225-mxt_syoto01_000003278_03.pdf

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