誰も取り残さないための交通バリアフリーの取り組みについて考える

宇都宮大学地域デザイン科学部 客員教授 土橋 喜人

誰も取り残さないためにどうすればよいのか、交通バリアフリーの取り組みを通じて考察してみました。先ずは、現在、過去、未来、途上国の状況について、大局的に眺めてみました。最後に私達ができる取り組みについてまとめてみました。

1.現在:様々な変化

先ずは日本国内における近年の動向を旧・交通バリアフリー法を中心にバリアフリー新法、国連障害者権利条約、障害者差別解消法等を中心に振り返りました。

現在の取り組みについてはセクター別に俯瞰します。先ずは鉄道で、現在は段差解消、点字ブロック、障害者用トイレ等を国土交通省で確認していること、一方、無人駅や転落事故の課題があります。新幹線の移動制約者の利用促進が進んできています。

また国内の国際空港は世界トップレベルですが、地方空港の整備が遅れ、格差が生じている状態です。

タクシーでは、UDタクシーが普及してきているものの、乗車拒否や乗降に時間がかかる等の課題があります。

路線バスではノンステップバスの導入が進んでいるものの、今なお車いす使用者に対する乗車拒否が絶えないこと、一方では長距離バスの車いす対応の義務化が進むことに期待を持っています。

他には精神障害者割引の課題があり、国土交通省からは事業者に割引の適用を求めていますが、対応は進んでいないのが実情です。

道路・歩道についても、車いす使用者などが使いやすい歩道となった事例があります。

バリアフリーの取り組み推進の為、住民参加型で計画を立てていくバリアフリー基本構想が旧・交通バリアフリー法以来、導入され、多数の自治体で策定されてきています。

そして2018年のバリアフリー新法の大幅な改正により、バリアフリーマスタープランが導入され、各地区の基本構想が補完し合えるようになりました。

このような情報を移動制約者が得る方法としては、従来は障害者団体で情報を集めてバリアフリーマップを策定していましたが、その後は「らくらくおでかけネット」等の電子媒体などが使われるようになってきています。

2.過去:何が起きていたのか

過去は、筆者の博士論文(1)を中心にみていきます。同論文は阪急電鉄伊丹駅の復旧・復興事業、福岡市地下鉄七隈線事業、仙台市地下鉄東西線事業を主な研究対象としています。
インタビュー調査結果等より様々な工夫は事業者側の努力に加え、地元の障害当事者の働きかけで実現化に影響していることがわかりました。

本研究は実際に利便性が高いものが建設できたのかを確認することが主目的であることから、対象三事業と比較対象駅(対象三事業以外のどこかの駅)の満足度の差、移動制約者と健常者の満足度の差、移動制約種別(車いす利用者、視覚障害者等)の満足度の差等の利便性等についてアンケートを実施しました。

アンケート調査の概要としては、三地区の障害者団体とインターネット調査会社のモニターの方向けに利便性に関するアンケートを実施しました。これらを元に、上述の差について、統計的な分析を行ないました。概ね、各駅・路線の各項目で統計的に優位な差があることを示すことができました。

プロセスの分析に関して三事例の当事者参加の類似点としていえるのは、関係者分析では事業者・行政が前向きであること、移動制約者・障害者からの働き掛けがあったことが本論文からわかりました。

3.未来:何が変わりそうか

未来に向けて、先ずは国のイニシアティブとして、オリ・パラに向けて「ユニバーサルデザイン行動計画」が策定され、大きくは「心のバリアフリー」と「ユニバーサルデザインの街づくり」があります。一方、一部の意識調査では様々な取り組みの認知度はまだ低いことも事実です。

技術的な開発として脚光を浴びているのは自動運転ですが、実用化までにはまだ時間がかかりそうだというのが専門家の見方です。一方、実用化段階まで来ている新技術として、MaaSがあります。

移動制約者のための様々なICTツールの開発も進んできており、Check A Toilet、WeeLog、アクセシブルラボなどといったサイト(ツール)があり、例えば要配慮者(困りビト)と支援者(助けビト)を結び付けることを考えたアプリを使った「袖縁」の取り組みがあります。ICTを通じて様々な可能性が広がることを期待します。

4.途上国:どうなりそうか

途上国を支援するJICAにおける障害と開発の取り組み(2)について、事業別で目立つのは、草の根技術協力、ボランティア事業、有償資金協力事業の多さ(各事業別に占める障害と開発関連事業の割合が約10%)です。前の2つ(草の根技協事業、ボランティア事業)は人に近い事業であることから全人口の障害者の割合とされる15%に近い割合と考えられます。有償資金協力事業については、筆者がJBIC・JICA勤務時代に関わった障害と開発の主流化の成果で、公共交通機関の事業が多いため途上国の交通バリアフリー化に寄与していると考えられます。

具体的な事例としては、インドのデリーメトロにおけるエレベーターの設置、車いす用スペースを車両内に設置等のバリアフリーの取り組みがあります。その背景には日本が支援したUNESCAPの研修があり、日本から派遣された有識者の指導を受けたことでインドの車いす使用者がその研修成果を障害当事者団体を設立した上で、デリーメトロの建設事業の際に働きかけたということがあります。

タイの好事例としては、首都バンコクの地下鉄事業があり、フルスペックのホームドアやエレベータの敷設などを行なっています。その後続案件も複数の日本の有識者が検討に関わりアクセシビリティ向上に尽くしています。

ベトナムではハノイ市とホーチミン市で地下鉄事業の建設が日本の援助で進められています。その計画段階で日本の交通バリアフリーの有識者を派遣し、各機関との協議及びセミナーを障害者団体も交えて実施しました。

最後に台湾の台北市の地下鉄ですが、フルスペックのホームドアの他、乗降口付近の優先席設置等、様々な工夫があります。幅広改札では車いす用にICカードのタッチパネルが低く設定されている等、日本も学ぶ点があります。

5.重要な視点:考慮すべき点

国連障害者の権利条約には交通バリアフリーに関する記載がありますが、日本は「選択議定書」は未署名・未批准の為、訴える手段がありません。

より身近なものとして「障害者差別解消法」があります。その法律の実効性を高めるためには、差別された際に訴える正規の窓口(省庁、自治体、業界団体、地域協議会等)を把握することが必要になります。

また過去の取り組みを現代にも活かすことも重要です。例えば、過去の仙台市地下鉄南北線の考えは福岡市地下鉄七隈線に活かされ、その七隈線の知見は新規の仙台市地下鉄東西線にも活かされています。いわば世代を超えたプロジェクト間のPDCAです(3)

逆に効果的な取り組みにもかかわらず普及されていない事例として、例えば札幌市営地下鉄の(全国唯一の)専用席(優先席に相当)があります。1975年に導入済ですが、筆者の研究によって実効性が高いことを立証しました(4)。他地域の導入が望まれます。

また本論の重要な点として「当事者参加」がありますが、50年前の基本の「参加の梯子」の議論(5)に戻って、その意義を考える必要があるでしょう。

また、いくら当事者参加ができても、要求を聞き入れてもらうためには、適切にニーズを伝える言葉・巻き込む力・人としての魅力が当事者側には必要になります。事業者や行政は変えられないので、相手が取り組み易く、戦略的に動くことで結果が変わってきます。また健常者は適切な利用を自ら行うだけではなく、日頃から周囲への声掛け・働き掛けをすることも重要だと思います。これらの取り組みを進めていくことで誰も取り残さない世界を作ることができると期待します。
(本稿は第5回リハ協カフェ(2021年4月27日開催)の発表内容の概要を加筆修正したものです。)

(注)
(1)土橋喜人. (2020). 計画段階からの当事者参加による鉄道事業バリアフリー化の効果発現に関する研究, 宇都宮大学大学院工学研究科博士論文.
(2)土橋喜人. (2015). JICA全スキームにおける“障害と開発”のメインストリーミング-NGO連携等との分析を中心に-. 第16回春季国際開発学会, 法政大学.
(3)土橋喜人, 大森宣暁. (2021). 交通バリアフリーの取り組みに関するプロジェクト間のPDCAおよび障害当事者運動と市民参加の影響. 実践政策学, 6(2), 279-290.
(4)土橋喜人, 鈴木克典. 大森宣暁. (2020). 公共交通機関の優先席の実効性に関する考察―札幌市営地下鉄の専用席と関東圏地下鉄の優先席の比較調査より―. 福祉のまちづくり研究, 22(1), 1-12.
(5)Arnstein Sherry R. (1969) A Ladder Of Citizen Participation. Journal of the American Institute of Planners, 35(4), 216-224.

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