障害者政策委員会による障害者差別解消法の見直し作業

「新ノーマライゼーション」2020年12月号

静岡県立大学国際関係学部教授 内閣府障害者政策委員会委員長
石川准(いしかわじゅん)

まず障害者差別解消法の誕生から障害者政策委員会による見直しの意見とりまとめまでの流れを足早に概観します。

2011年8月、国連障害者権利条約批准前の国内制度改革の一環として、障害者基本法が改正されました。この改正で初めて、障害を理由とする「差別の禁止」に関する規定が加えられました。

(差別の禁止)

第四条 何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。

2 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによって前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。

3 (略)

また、同法の改正により、障害者政策委員会が新たに設置されました。政策委員会が所掌する事務は、障害者基本計画の策定に当たって調査審議や意見具申を行うとともに、計画の実施状況を監視することです。

同委員会の所掌事務には、差別解消法成立後には、差別解消法の基本方針の策定において意見をとりまとめることが加えられ、さらに権利条約批准後には、権利条約の国内監視の枠組みとしての責務も担うこととなり、これまでの8年の間に延べ52回の会議を開催しました(2020年11月時点)。

差別解消法が成立したのは2013年6月です。その後、政策委員会での意見とりまとめ作業のうえ、2015年2月には差別解消法の基本方針が閣議決定されました。さらに基本方針に基づき、各省庁、国立病院、国立大学などの国の行政機関、独立行政法人等、および地方公共団体、地方独立行政法人ごとに対応要領を作成し、主務大臣ごとに事業者に向けての対応指針を整備し、2016年4月に施行になりました。

一方、政府は2014年1月に権利条約の批准書を国連事務総長に寄託し、日本も同条約の締約国になりました。2016年には権利条約の国内実施状況をまとめた初回報告を障害者権利委員会(条約体)に提出しました。

政策委員会は2019年2月の第42回会議から差別解消法の施行後3年の見直し作業を開始しました。1年半に及ぶ時間をかけて、ヒアリング、論点整理、合意形成等を行い、差別解消法の見直しに関する政策委員会の意見を整理してまとめました。

とりまとめに当たっては以下の2つの作業を行う必要がありました。

権利条約との整合性の検討

まずは、法体系の上位に位置する権利条約が締約国に求める条約履行義務からみて、現行差別解消法の不整合を洗い出す作業を行いました。作業に当たっては、権利条約と差別解消法のそれぞれの条文を直接比較することに加え、権利委員会による条約解釈(「第五条 平等及び無差別」に関する一般的意見第6号)を参照する方法をとりました。以下に権利条約の該当条文を掲げます。

第四条 一般的義務

締約国は、障害に基づくいかなる差別もなしに、全ての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する。このため、締約国は、次のことを約束する。

(a)~(d)(略)

(e)いかなる個人、団体又は民間企業による障害に基づく差別も撤廃するための全ての適当な措置をとること。

(f)~(i)(略)

2~5(略)

第五条 平等及び無差別

1~2(略)

3 締約国は、平等を促進し、及び差別を撤廃することを目的として、合理的配慮が提供されることを確保するための全ての適当な措置をとる。

4(略)

第五条3項と第四条1項(e)から、現行差別解消法の合理的配慮の提供を民間事業者については努力義務としている点は、権利条約と整合性が取れておらず、差別解消法の見直しにおいてはこの不整合を解消する必要があるというのが政策委員会の結論です。

立法事実の確認

法体系内の不整合の解消とは別に、具体的かつ社会的な立法事実、つまり法律を新たに策定したり、改正したりする必要が実際にあるかどうかの検討を行いました。

政策委員会は、障害を理由とする不当な差別的取扱いや合理的配慮の不提供にかかわる事例収集を行い、多方面からのヒアリングを実施しました。合理的配慮の提供に前向きに取り組む事例と共に、後ろ向きの事例も多く見られ、立法事実を確認しました。

なお、すでに東京都などの13の都県において、事業者に対する合理的配慮の提供が義務化されています(2020年7月時点)。また、大阪府は民間事業者による合理的配慮提供の義務化を含む条例改正を決めています。

差別の定義をめぐる論点

政策委員会による「見直し」のとりまとめにおいては、差別の定義を法に規定するべきかどうかについても検討を行いました。

権利条約には以下のように差別の定義がなされています。

第二条 定義

この条約の適用上、

(略)

「障害に基づく差別」とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。

「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

(略)

差別解消法の見直しにおいては、権利条約のこの定義に基づきつつ、「障害に基づくあらゆる区別、排除あるいは制限」を基本方針等において具体的に示す必要があります。その際にまず検討しなければならないのは間接差別だと思います。権利委員会の一般的意見は、間接差別もまた障害に基づく差別の形態であるとする解釈を示しています。条約の差別の定義に基づく妥当な解釈だと思います。

とはいえ、間接差別をいざ法に実装しようとすると解決しなければならない課題があることに気づきます。車いすでの利用はできないとか盲導犬の同伴はできないという類いの制限を間接差別と呼ぶという意味なら、大きな異論はないでしょう。しかしその定義を拡張しようとすると不具合が生じるように思います。

マイカー通勤禁止という社内規定を例に考えます。これは正確には我が国の法制度では障害者雇用促進法に関わる事例ですが、考えやすいと思います。マイカー通勤禁止の社内規定の直撃を受けるのは車いすの障害者ですから、差別の定義に間接差別を明示的に加えると、この社内規定は、障害に基づくあらゆる区別、排除または制限に当たるとする立論は成立する可能性があります。

間接差別を法に導入した場合、何が間接差別に当たるとするかは未知数であり、思いもよらぬところに発見される可能性があります。それは法の正当性を脅かす危険があり、利益と不利益の均衡を崩す恐れもあります。

一方、上記の社内規定を設けた時点で間接差別とするのとは別に、合理的配慮の提供の拒絶をもって障害に基づく差別が成立するとする枠組みも考えられます。

端的に述べれば、間接差別概念は適用範囲が不確定で、副作用が大きいという難点があり、すべての事例を網羅しているかどうかは未検証ですが、少なくとも上記の事例のような場合には、合理的配慮の不提供の禁止(提供の義務化)規定によっても解決が可能で、むしろその方が妥当とも考えられます。この議論は政策委員会のとりまとめには書かれていませんが、私見として述べておきたいと思います。

差別解消法の見直し作業は本稿執筆時点では大詰めを迎えています。本誌発行時点では政府による改正の骨子案が示されているかもしれません。


【注釈】

1 障害保健福祉研究情報システム(DINF)に仮訳が掲載されています。

2 内閣府障害者政策委員会第52回会議資料参照。

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