国連国際障害統計に関するワシントン・グループ WG-SS Enhancedと労働力モデュール

長野保健医療大学 北村弥生

本稿では、国連障害統計のワシントン・グループ(以下、WG)について、若干の背景に加えて、2017年から2020年までの主な成果としてWG-SS Enhancedと労働力モデュールを紹介します。

1.2001年から2016年までの主な成果

WGは、2001年に、国連のシティ・グループ(インフォーマルな組織)として立ち上げられました。その目的は、国際比較可能な障害発生率を得るために国勢調査で使う指標の開発で、短い質問群(short set, WG-SS)6問と拡張質問群(extended set, WG-ES)37問を確定しました。また、乳幼児にWG-SSとWG-ESを使うと「障害」と分類されてしまうことも多いため、UNICEFと協力して子ども用モデュール(WG/UNICEF CFM: Child Functioning Module)を開発しました。WGの発足から第16回年次会合(2016)までの活動の詳細は別稿をご参照ください1)。

2.短い質問群の特徴

短い質問群と米国の1993年の国勢調査の設問を表1に示し、違いに下線を付けました。米国の設問は、当時の欧米諸国の設問の一例として示しました。第一に、期間を示す文言は削除され、必要に応じて追加して聞くことになりました。例えば、一行目のlong-lasting、二行目のsubstantially limit、四行目のlasting 6 months or moreです。第二に機能を示さない文言は削除されました。例えば、二行目のBlindness, deafness, vision impairment, hearing impairment、四行目のLearningです。第三に、機能は整理されました。第三行目では、walkingとclimbingは移動機能として残されましたが、reaching, lifting, carryingは上肢機能として別の領域に分類されました。四行目では「家の中での移動」は別の領域に分類され、「衣類を着ること」と「入浴」が残されました。また、浴槽に浸かる必要がないことを示すために、「入浴」でなく「身体を洗う」という表現に変更されました。

また、選択肢は、米国の国勢調査ではYes, Noの2段階でしたが4段階になりました。これは、2段階で聞くと、何もできない状態でないと「障害」と回答しないことが事前調査で明らかになったためでした。

表1 WG-SSと1993年米国の国勢調査における障害に関する設問

WG-SS Because of a health problem : 米国 国勢調査
1) Do you have difficulty seeing even if wearing glasses?
あなたは眼鏡を着用しても、見るのに苦労しますか?
16. Does this person have any of the following long-lasting conditions:
2) Do you have difficulty hearing even if using a hearing aid?
あなたは補聴器をつけても、聞くのに苦労しますか?
a. Blindness, deafness, or a severe vision or hearing impairment?
3) Do you have difficulty walking or climbing stairs?
あなたは歩いたり、階段を登ったりするのに苦労しますか?
b. A condition that substantially limits one or more basic physical activities such as walking, climbing stairs, reaching, lifting, or carrying?
4) Do you have difficulty remembering or concentrating?
 物を思い出したり、集中したりするのに苦労しますか?
17. Because of a physical, mental, or emotional condition lasting 6 months or more, does this person have any difficulty in doing any of the following activities:
a. Learning, remembering, or concentrating?
5) Do you have difficulty with (self-care such as) washing all over or dressing?
あなたは身体を洗ったり衣服を着たりする(様なセルフケア)のに苦労しますか?
b. Dressing, bathing, or getting around inside the home?
6) Using your usual (customary) language, do you have difficulty communicating (for example understanding or being understood by others)?
あなたは普通(日常的)の言語を使用して意思疎通することに苦労しますか?(例えば、理解したり理解されたりすること)
 

仮訳は、江藤文夫2)による

3.WG-SS 強化版(WG-SS Enhanced)

米国は、2010年、2014年、2018年の全国健康面接調査National Health Interview SurveyでWG-ESを使用し、毎回、約16,000件のデータを得て解析を進めています。WG-SSだけでは障害発生率は9.5%(18歳以上)、6.6%(18~64歳)でしたが、WG-ESすべてを使うと40%を超えました。そこで、障害の有無による就労、教育機会、プログラム参加などの差を示す(disaggregate)ために、適正な設問の組み合わせ案を検討してきました。その結果、WG-SS 強化版を提案しました3)。WG-SS 強化版は、WG-SSの6問に上肢2問、不安2問、憂鬱2問を加えた12問から成り(表3)、人口の11.2%(18歳以上)、9.3%(18~64歳)が該当しました。同様の解析は他の国のデータでは行われていないため国際標準にはなっていませんが、日本の人口ベースの全国調査でWGの指標を使用する場合には、WG-SS 強化版は候補になると考えます。日本において障害者手帳所持者を対象にした調査で、WG-SSでは22.5%しか捕捉されなかった精神保健福祉手帳所持者をWG-SS 強化版の不安と憂鬱の頻度の設問を加えることで57.5%を補捉することが示されたからです4)。

表2 WG-SS Enhancedで追加された6問

Because of a health problem : 健康の問題により:
UB_1 [Do/Does] [you/he/she] have difficulty raising a 2 liter bottle of water or soda from waist to eye level? UB_1 あなたは(彼は/彼女は)、2リットルの水かソーダのボトルを腰から目の高さに持ち上げることに苦労しますか?
UB_2 [Do/Does] [you/he/she] have difficulty using [your/his/her] hands and fingers, such as picking up small objects, for example, a button or pencil, or opening or closing containers or bottles? UB_2 あなたは(彼は/彼女は)、手と指を使って、ボタンや鉛筆のように小さなものをつまんだり、容器や瓶の開閉に苦労しますか?
ANX_1 How often [do/does] [you/he/she] feel worried, nervous or anxious? Would you say… [Read response categories] 1. Daily 2. Weekly 3. Monthly 4. A few times a year 5. Never 7. Refused 9. Don’t know ANX_1 あなたは(彼は/彼女は)、どのくらいの頻度で不安になりますか?(毎日、毎週、毎月、年に数回、ない)
ANX_2 Thinking about the last time [you/he/she] felt worried, nervous or anxious, how would [you/he/she] describe the level of these feelings? ANX_3 あなたは(彼は/彼女は)、前回、そういう気分になった時は、どの程度でしたか?(少し、かなり、ひどく)
DEP_1 How often [do/does] [you/he/she] feel depressed? DEP_1 あなたは(彼は/彼女は)、どのくらいの頻度で憂鬱になりますか?
DEP_2 Thinking about the last time [you/he/she] felt depressed, how depressed did [you/he/she] feel? DEP_3 あなたは(彼は/彼女は)、前回、憂鬱になった時は、どの程度でしたか?

上肢2問、不安2問、憂鬱2問については、それぞれのクロス表から領域について4段階のレベルを設定し、レベル3と4あるいはレベル4を「障害」と定義することとされました(表3)。このレベル設定は、回答者の分布により操作的に定義されていることに注意が必要です。

表3 米国NHISの結果による障害程度の区分案  不安の頻度と強度

 最新の発生について  頻度  
強度 毎日 毎週 毎月 1年に数回 ない 合計
非該当 0 0 0 0 6,638 6,638
少し 489 887 897 3,417 44 5,734
レベル2 レベル2 レベル2 レベル1 レベル1
中間 589 725 535 1,221 16 3,086
レベル3 レベル2 レベル2 レベル1 レベル1
かなり 148 256 123 248 13 1,188
レベル4 レベル3 レベル2 レベル1 レベル1
合計 1,226 1,868 15,55 4,886 6,711 16,646

(Michel Loeb,第16回WG年次会合報告資料の仮訳)

4.労働力モデュール(The Washington Group / ILO Labor Force Survey Disability Module (LFS-DM))

2020年には、ILOと共同開発した労働力モデュール17問が確定しました。労働力モデュールは、5つのセクションから構成されます。第1セクションは障害種別(Disability Identification)でWG-SSの6問と不安・憂鬱の頻度2問、第2セクションは就労への障壁2問(Barriers to Employment)、第3セクションは就労のために必要な配慮2問(Accommodations Necessary for Employment) 2問、第4セクションは態度(Attitudes) 2問、第5セクションは社会保障(Social Protection)3問でした。第2セクションの設問を表4に示しました。

表4 労働力モデュールのうち第2セクションの設問

英語設問 仮訳
9. Which of the following factors would make it more likely for [you/him/her] to seek or find a job?
[Read response categories and mark all that apply]
9. 以下のどの要素が、あなたが就労するのに役立ちますか?(複数回答可)
(1)Getting higher qualifications/training/skills
(2)Availability of suitable transportation to and from workplace
(3)Help in locating appropriate jobs
(4)More positive attitudes towards persons with disabilities
(5)Availability of special equipment or assistive devices
(6)Availability of more flexible work schedules or work tasks arrangements
(7)Availability of a more accommodating workplace (8)Other: Please specify
(9)Refused  (10) Don’t know
(1)より高度な資格・訓練・技術を身に着ける
(2)職場までの適切な移動手段
(3)適切な仕事に就くための支援
(4)障害者への、より肯定的な態度
(5)補装具などの利用
(6)勤務時間・勤務内容の柔軟な調整
(7)配慮を得られる職場
(8)その他:具体的に
(9)無回答、(10)わからない
10. How supportive would your family members be if [you/he/she] decide to work?
[Read response categories and mark one]
10. あなたの家族からの協力について(ひとつ選んでください)
(1)Very supportive
(2)Somewhat supportive
(3)Not supportive
(8) Refused (9) Don’t Know
(1)とても協力的
(2)まあ協力的
(3)協力的でない
(8)無回答、(9)わからない

5.WG-SSに関する留意点

WG-SSが使えない場面としては、5歳未満、診断、サービス受給者の判定があります。すなわち、各国がそれぞれに整備している医療・福祉サービスを支給するための判定基準と国際比較のための指標とは異なることに留意が必要です。実際に、長野県飯山市でWG-SSと障害者手帳所持者の等級との関係を調査した結果、障害等級が重度の人がWG-SSでは「苦労」の程度を低く回答し「障害」に分類されない場合がありました4)。

6.今後のワシントン・グループの活動

現在、開発中の指標に、インクルーシブ教育モデュール、心理社会的モデュール、環境モデュールがあります。これまでに開発された指標で得たデータの解析から得られる新しい知見に期待が持たれます。

引用文献
1)北村弥生、江藤文夫. 国連国際障害統計に関するワシントン・グループ会議第16回年次会合までの成果.平成26~28年度厚労科研総合報告書「身体障害者の認定基準の今後のあり方に関する研究」、2017.
2)江藤文夫. 障害統計のツール開発の国際動向 -国連ワシントン・グループ会議の活動を中心に. 平成22~24年度厚労科研総合報告書「障害認定の在り方に関する研究」、 2013.
3) Washington Group. The Washington Group Short Set on Functioning – Enhanced (WG-SS Enhanced) , 2020. https://www.washingtongroupdisability.com/fileadmin/uploads/wg/Documents/Washington_Group_Questionnaire__3_-_WG_Short_Set_on_Functioning_-_Enhanced.pdf
4) 北村弥生ら.障害者手帳所持者における国連国際障害統計ワシントン・グループ会議の指標の選択状況.令和2年度厚労科研統括・分担報告書「現状の障害認定基準の課題の整理ならびに次期全国在宅障害児・者等実態調査の検討のための調査研究」,2021.

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