視覚・聴覚障害者用の情報支援機器の進歩と今後の課題

「新ノーマライゼーション」2021年3月号

筑波技術大学保健科学部情報システム学科
小林真(こばやしまこと)

視覚・聴覚障害の方々に「最も重要な情報支援機器は何ですか?」と尋ねたら、単眼鏡や点字端末、補聴器ではなく「スマートフォン」という答えが返ってくるかもしれません。スクリーンリーダーを介してアプリを駆使し、音声認識によって他人の発する言葉が読めるようになりつつある現在、スマホは生活の一部、いや体の一部になってきていると言っても過言ではないでしょう。スマホ利用に対する世代間格差も埋まりつつあるように感じています。本稿では、そんな便利な機器が登場する前の時代を振り返りつつ、今後の支援機器について考えたいと思います。

視覚障害者向け支援機器の話

私が視覚障害学生と聴覚障害学生のための国立大学・筑波技術大学(当時は短期大学)に勤め始めたのは1990年代後半、Windows95や98の登場によりパソコンが身近になり、携帯電話(ガラケー)がかなり普及している時代でした。新しいOSの登場で、それまでアクセスが容易だったパソコンの世界から視覚障害者が置いてきぼりにされる懸念が生じ、主にパソコンで利用するソフトウェアが音声で読み上げられるか、ホームページはどうか、などといったアクセシビリティの動向に注目が集まり始めていました。

2000年代に入ると、日常生活の不便を解消する小型の専用機器が話題になることも増えたように思います。例えば、色を判別する携帯機器の「カラートーク(北計工業)」やRFIDタグと音声情報を紐づけする「ものしりトーク(パナソニックシステムネットワークス)」(図1)などが挙げられるでしょう。ものしりトークは、缶詰や製品の箱などにRFIDタグを輪ゴムで付けることで、そこに書かれている文字情報を音声として記録できる機器です。衣服に縫い付けるための小さなタグも同梱されていて、色の確認や靴下のペアリングなどにも役立つ優れものでした。同じような大きさの機器では、「トレッカーブリーズ(エクストラ)」という音声GPS端末も思い浮かびます。このような小型の専用機器は、最近はスマホのソフトウェアに代わりつつあります。人工知能技術とハードウェア性能、ネットワーク速度の飛躍的な向上により、画像認識・物体認識ソフトの精度が上がったおかげでしょう。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

一方で、盲ろうの方にも役立っている「点字ディスプレイ」は当時とほとんど変わっていません。高電圧によって曲がるピエゾアクチュエータで触知ピンを押し上げる、という原理は、ある意味完成された技術といえるでしょう。消費電力や反応速度・力学特性・価格などの面でこれを超えるものは難しく、使い続けられています。しかし最近はソレノイドを利用した腕時計型の「Dot Watch(韓国Dot)」や、現在の手法では難しい複数行表示を可能にした「Canute 360(英国BRISTOL BRAILL TECHNOLOGY)」などが登場し、目が離せない状況です。3Dプリンタや各種造形技術、フィジカルコンピューティングの発展により、ハードウェア製作の敷居が下がっていると考えられます。

聴覚障害者向け支援機器の話

続いて聴覚障害者支援の話です。当時の携帯電話は(電話なので当たり前なのですが)通話品質に主眼が置かれていました。そんなキャリア各社の中で、いち早く文字通信サービスを展開したJ-PHONEは聴覚障害者間で人気がありました。本学の学生もJ-PHONEユーザが多かったように記憶しています。指文字の「J」がそのまま「携帯電話」を意味する手話として使われていたほどです。現在のLINE/Twitter世代の若者たちは当然に思うでしょうが、文字通信、つまりテキストベースのコミュニケーションが一般ユーザにも求められ、汎用ハードウェアと汎用インフラで実装され発展したことは、聴覚障害者にとって幸運だったと感じます。「テレビ電話で手話を使ってやりとり」ということも、当時から可能ではありましたが、コストが非常にかかるうえに画質も悪く、「どの程度の画質であれば理解できるか」といった研究が行われていました。ほぼコストを気にすることなく高画質な動画通信が可能になる時代が、こんなに早く訪れるとは思いもしませんでした。

音声認識については、当時は実用とは程遠く、認識させた結果を見て同僚と笑い合っていました。実用性の光が見えたのは、前後の文脈から認識結果を予想する「AmiVoice(アドバンスト・メディア)/ドラゴンスピーチ(ニュアンス)」といった製品が登場してからでしょうか。最近は本当に認識率が向上したと感じますが、2017年に新潟大の渡辺哲也先生らと実施した「聴覚障害学生のICT機器および人的支援利用状況調査」で、希望する支援ツールに音声認識が多いのにアプリの利用率は低い、という結果が得られた点が少し気がかりです。調査当時の認識率に満足していない、という見方もできますが、インタフェースの問題や実際には利用場面がないといった要因も考えられます。当事者自身が情報支援・情報保障について考える機会が足りていない可能性もあります。聴覚障害学生を教える同僚から聞いた話ですが、自分は何不自由なく買い物ができている、という学生にショッピングの情報保障を試みたところ、「聞こえている人は、店員さんからこんなにいろんな情報を得ていたのか」と驚かれたことがあるそうです。コミュニケーション障害と呼ばれる聴覚障害者にとって、聴者が普段得ている音の情報の多さは、体験しないと気づきにくいものなのかもしれません。視覚障害の場合は晴眼者との違いを会話によって得ていたり、そもそも中途障害のケースが多かったりするので、この違いについて聴覚障害者支援機器の開発関係者は留意する必要があるでしょう。

最近はコロナ禍によりオンラインでの授業やイベントが多くなり、音声認識での字幕挿入の機会も増えてきました。技術を体験できる場が増えることで、支援する側もされる側も、いろいろな気づきがあることを願っています。

今後の課題について

障害者用支援機器は、スマートフォンや音声認識に代表されるように「晴眼者や健聴者が使うものが支援機器になる」場合、飛躍的に発展し普及します。逆に、専用機器の開発と販売には困難がつきまといます。前述のように造形技術の発展により、ハードウェア開発の敷居が下がりつつあるとはいえ、製品を販売しサポートし続けるというのは本当に大変なことです。利用者に行き渡ってしまって売れなくなったこともあり、キングジム社の点字テプラが製造中止になったのは記憶に新しいと思います。それと同様に、支援機器ハードウェアの分野でも点字ディスプレイや点図ディスプレイ(図2)といった製品が相次いで販売中止になっています。良い製品なだけに壊れず、利用者数も少ないので販売継続できなくなるのだと思われます。このような課題が解決される未来が訪れることを願っています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

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