海外への支援活動-AHIの参加型リーダーシップ育成研修~インクルーシブな地域に向けた「人づくり」~

「新ノーマライゼーション」2021年4月号

公益財団法人アジア保健研修所
研修部門主任
清水香子(しみずきょうこ)

1.AHIと「健康」

公益財団法人アジア保健研修所(Asian Health Institute: AHI)は1980年に愛知県日進市に設立されたNGOです。以来40年、アジアの人びとが、自分たちで自らの健康を手にする活動を促し支える地域のリーダーを育成しています。

その「健康」は、誰もが人権が守られ、公正に、共に理解し合い助け合って暮らせる地域、インクルーシブな社会であることを含みます。それが、体や心の健康に不可欠であると考えるからです。

始まりは1976年、医師であった川原啓美(故人)がネパールの地方の病院で医療協力に携わっていた時の、ある患者との出会いでした。彼女は2年前に負った足のけがの治療のため、村から数日かけて病院にやってきました。進行した皮膚がんになっているとわかり、川原医師は、生きるためには足を切断せねばならないと伝えました。彼女の答えはこうでした。「切らないでください。私は死にます。夫が元気な女性と再婚できるように」。そして村へと帰っていきました。

彼女はなぜすぐに病院に来ず、なぜ死ぬことを選んだのでしょうか。病院までの道は悪く、徒歩で何日もかかります。その間は働けず借金をし、返済のためさらに働き続けなければなりません。家族の世話と農作業など多くの仕事を担い、足を失えばどこからの支援もなく、いっそう家族を貧しくさせてしまう・・・。

川原医師は、病院で救えない命がどれほど多いかに気づきました。そして、命が守られ健康であるためには、人びとの生活をとりまく、健康を阻害するさまざまな社会課題に取り組む必要があると知ったのです。

2.「人から人へ」広がる人づくりと参加型研修

また川原医師は、こうした課題への取り組みは、課題を抱える人びと自身によってなされなければならないと考えました。持っているはずの力や声を発せずにいた人が、その持てるものに気づき、発する場を増やすことで社会は変わります。外部から変えるのでなく、内からの変わる力が必要です。ならばその国の、その地域の人が、自分の力に気づく場を提供しよう。その後その人が自分の地域で同じような場をつくり、さらに多くの人が自らの力に気づき発していけるように。

「人から人へ」と広がる変化-これがAHIが行っている「人づくり」です。そして自らの力に気づき育ち合うプロセスを生み出すカギとして、「参加型」を用いています。

こうした理念をもとに、AHIの国際研修は行われています。参加するのは、アジア各地で住民自身の活動を支える現地のNGOワーカーや住民グループのリーダー(各回10~15名、現在までの総数711名)です。期間は6週間です。その間、AHIで寝食を共にします(コロナ禍により2020年度は中止、2021年度はオンラインで開催予定)。最大の特徴は、参加者が主体となって学び合う「参加型」です。

まず最初に、参加者自身が、研修の時間割やルールを決めます。次に話し合うのは学ぶ内容です。各参加者の取り組みは、衛生・栄養といった保健に直結するものから、収入向上・環境・教育・ジェンダー・障害・政策提言まで多種多様です。それぞれの経験と課題を出し合い、共通の目標を見つけ、お互いの経験を教材に、何をどのように学んでいくかを決めます。

内容が決まると、参加者は担当を割り振りチームをつくり、各セッションを企画・ファシリテートします。内容だけでなくプロセス(どう学ぶか)も大切です。共通語である英語が苦手な人もいます。自分に自信がない人もいます。その人たちを置き去りにせず、一緒に学ぶ場をどう築くか。助け合い、考え合い、試行錯誤を繰り返しながら進みます。

朝食作りや掃除といった生活面もチームで行います。こうした場面では、国や宗教など文化の異なる参加者同士の間で、驚きや衝突が生じます。それをどう乗り越えるかを皆で話し合い、自分の価値観を見直し、違いを受け入れる体験を重ねていきます。

参加者には、障害のあるワーカーもいます。2018年に車いすで参加したネパールのクリシュナさんもその一人です。障害者と共に過ごす機会のなかった他の参加者にとって、それまで障害者は常に支援する対象でした。ですが英語の達者なクリシュナさんに自分が助けられたり、政策提言のアドバイスを得たりしました。そして障害者も地域を変える担い手であり、めざす社会に向けて共に活動する仲間であると気づいたのです。帰国後、自分の活動を障害者と非障害者が共に取り組むものに変えようと、励み始めた参加者もいました。

つまり、この研修自体が、異なる人びとが集まった、ひとつの地域なのです。参加者は、主体的に動き、多様な人びとと学び活動することを通し、誰もが尊重され課題解決に向かって共に働くインクルーシブな場づくりに挑戦します。その過程で、自分自身や他の参加者の変化と、それがもたらす育ち合う力を体感します。地域を変える参加型の可能性を感じ、帰国後、活動の中で実践していくのです。それはインクルーシブな地域づくりにつながります。AHIでは、このような研修後の現場での実践と、新たな挑戦からのさらなる学び合いを支えるフォローアップ事業も行っています。

3.障害当事者ワーカーの現地での活動

足に障害があるインドネシアのママンさんは2004年に国際研修に参加しました。当時は都市部の障害者自助グループのリーダーでした。研修で自助グループづくりを通し、より多くの当事者リーダーを育成する必要を感じた彼は、研修後、NGOのスタッフとなりました。障害者への差別が濃く残る農村部の自助グループづくりを行い、グループ貯金をもとにした起業活動を進めました。家の外に出る機会が増え近所との関係ができ自信がついてくると、自助グループ自らが日々の課題と権利を訴え、道路の整備や教育・就職支援などを行政から引き出せるような仕組みづくりに力を入れました。

事務局長となっていた2014年頃、そのNGOが資金難から農村部での活動を中止することになりました。彼は職を辞し、現場の活動を続けるため自分のNGOを立ち上げました。前のNGOの職員の多くが彼についていき、その新しいNGOで活動しています。現在、資金繰りは厳しい状況ですが、職員はほぼボランティアで活動しています。そしてそれが可能なのは、力強く成長した地域の当事者リーダーたちとそのグループの存在があるからです。すでにNGOのフルサポートなく、地域での活動を自分たちで進められるようになっています。村や郡行政との定期的な話し合いの場をもち、行政の障害者施策を企画立案し、地域の他のグループと連携し実施を担っているグループもあります。そしてママンさん自身も、国の福祉政策アドバイザーの一人として、忙しく働く毎日です。

今後も、取り残されやすい状況にある当事者ワーカーを研修に招き、インクルーシブな学びの場とその学びが人から人へと広がる動きを、つくり出していきたいと思います。

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