米国の障害者支援制度:障害者のためのエイブル口座

公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会 参与 寺島 彰

はじめに

コロナウイルス対策として、連邦政府は、米国民に対して、景気刺激資金(Stimulus Payment)を一人当たり、最大1,200ドル支給しています。障害者については、当初は、手当額が減額になるという話がありましたが、結局、一般の国民と同じ対応になりました。ただし、多くの障害者が受け取っている補足的所得補償給付(Supplemental Security Income:SSI)の受給者は、この手当を受け取ったら、12か月以内に使い切ってしまうか、エイブル口座(ABLE Accounts)に入れてしまうことを推奨されています。その理由は、SSIは、預金が2,000ドルを超えると給付が支給停止になってしまうため、通常の銀行口座に残しておくと、それに該当するかもしれないからです。しかし、エイブル口座であれば、SSIにおける資産とみなされないため、給付が停止される心配がないというわけです。

米国には、エイブルプログラム(ABLE Program)、または、エイブル口座と呼ばれる障害者支援制度があります。この制度に類似した制度はわが国にはないので、その有効性について興味があり、これまで、フォローしてきました。そこで、この制度について解説してみます。

1.エイブル口座とは

エイブル口座は、「より良い生活体験を実現するための法律(エイブル法:Achieving a Better Life Experience (ABLE) Act (Public Law 113-295))に基づく障害者向けの非課税貯蓄口座です。エイブル法は、8年間の長い議論の末、2014年12月19日に成立しました。この法律は、「障害のあるアメリカ人法(Americans with Disabilities Act:ADA)」などとともに、障害者のニーズに対応した最も重要な連邦法の一つであるといわれています。

この法律により、1986年内国歳入法(Internal Revenue Code of 1986)第529条にA項が追加され、エイブル口座の運用が州政府に認められるようになりました。第529条は、もともと、大学に進学するための資金をためるための非課税の口座を規定しており、529口座と呼ばれていますが、それに似た形の障害者の自立を支援するための口座がエイブル口座です。この口座は、障害者自身、または、その代理人がその障害者の口座として開設します。エイブル口座は529A口座とも呼ばれています。

エイブルプログラムは、各州が運営していますので、名称、資格要件、州税の減額、手数料、デビッドカードを使えるかなど、州により制度が違っています。例えば、制度を運用している州は、2020年5月の時点で42州とコロンビア特別区にとどまっていますし、加入資格を州の居住している住民に限定している州もあります。しかし、2015年12月のエイブル法改正により、州の居住要件を廃止したことにより、多くの州では、それに従って州以外の住民も加入できるようにしましたので、現在は、米国内の障害者はどこかの州でエイブル口座を開設できるようになっています。ただし、エイブル口座は、一人1つしか作れません。

2.エイブル口座の特徴

(1)一定額まで贈与税・所得税がかからない

この口座の特徴の一つは、この口座に贈与された金額には毎会計年度一定額までは税金がかからないことです。例えば、障害のある子の親が子どもの将来のためにお金を贈与したいと思ったとき、この口座に振り込めば、限度額までは無税で贈与できるということになります。この口座への贈与額は、2020年の基準では、年間15,000ドルまで無税です。

この口座へは、親に限らず、友人や、また、本人自身を含め、だれでも入金できます。入金するの限度額は、2020年の基準では、年間15,000ドルに加えて、その口座をもっている障害者が働いている場合は、その年の本人の収入、または、連邦が定める一人世帯の貧困線(2019年でアラスカは15,180ドル、ハワイは13,960ドル、それ以外は12,140ドル)を加えた額のうちどちらか少ない方の額です。限度額以内は所得税がかかりません。

また、この口座からの支払うことのできるのは、その口座を所有している障害者本人にかかわる健康、自立、生活の質の向上・維持のための費用に限られます。例えば、教育、住宅、輸送、職業訓練、参加支援機器、パーソナルサポートサービス、医療費、財務管理および管理サービスに関連する費用、その他の障害関連の費用です。

内国歳入庁(IRS)が必要に応じて監査しますので、この口座の管理者は、IRSの監査に備えて、領収書などを保存しておきます。一部のエイブル口座は、オンラインでの支出を追跡することもできるようになっています。

(2)手当や医療給付において収入・資産認定されない

また、この口座のもう一つの特徴は、この口座の資金については、一定額までは、資力調査のある手当におけるの資産として認定されないことです。例えば、障害者が多く受給している補足的所得補償給付(Supplemental Security Income:SSI)という就労困難者向けの手当は、預金が2,000ドル以上あると支給を停止されますが、この口座にある預金は資産として認定されないので、頑張ってお金をためると手当が停止されないので働かないという逆インセンティヴが働きません。この口座の預金は総額10万ドルまで、SSI手当を停止されません。

社会保障障害年金(Social Security Disability Insurance)やメディケイド(MEDICAID:低額所得者のための国民医療保障制度)についても、同様の資力調査がありますが、一定額以上の預金までは、資産として認定されません。この口座に預金できる額は、この制度を運用している州ごとに決まっていて、例えば、ペンシルバニア州は、452,210ドル、ニージャージー州は、305,000ドルです。この額は、529口座と同額となっています。
くりかえしになりますが、障害のある人が自立に向けて働いて預金をすると、これらの手当が停止されたり、医療費を自己負担しなければならなくなり、働かない選択をするというジレンマがありました。エイブル口座は、この問題を解決します。我が国でも、生活保護に同様の問題がありますが、エイブル口座は、この問題解決の一つの方法として参考になると思われます。

この口座をもつことのできる人は、障害の発症が26歳前で、SSI又はSSDIを受給している人、または、社会保障法第1861条(r)の障害の定義に該当する人、または、社会保障法第1614条(a)(2)の盲人で、この場合は、医師の診断書の提出が必要です。前者の障害の定義は、医学的に決定可能な身体的または精神的障害があり、その結果、(a)死に至ることが予想される、または(b)深刻な機能制約が少なくとも12か月継続するとなっています。ただし、口座をもつ人が死亡したときにエイブル口座に資金が残っている場合は、その人が、受け取ったメディケイドの給付金を政府に払い戻す必要があります。

(3)資産運用プログラムとつながっている

エイブル口座を運用するプログラムにはいろいろなプログラムがあり、異なる投資オプションが選択できるようになっています。この口座の資金を運用して、収入を増やすことで、障害者の自立を支援しようとするアメリカ的な考え方です。
ほとんどのABLEプログラムでは、ABLEアカウントを開設するときに、投資オプション(または投資オプションの組み合わせ)を選択するように求められます。リスクは高いが高金利、リスクは低いが低金利など、さまざまな投資オプションから選択できます。
投資オプションは1会計年度に2回まで変更できます。

3.エイブル口座の動向

2017年12月には、エイブル法に関しての次の2つの法律が成立し、エイブル口座の取り扱いが変更になりました。

①エイブル・トゥ・ワーク法(ABLE to Work Act)

上でも述べたように、働いている場合は、エイブル口座への会計年度の入金の限度額を、連邦基準による一人世帯の貧困線または本人の収入のうちどちらか少ない方の額だけ増やすことを認めました。

②エイブル・ファイナンシャル・プランニング法(ABLE Financial Planning Act)

年間入金限度額まで、529口座からエイブル口座(529A口座)に預金を移すことを認めました。例えば、もともと、子どものために529口座を開設していた場合に、その預金を年間の入金限度額までエイブル口座に移動できることができるようになりました。

また、エイブル・エイジ・アジャストメント法(ABLE Age Adjustment Act)は、口座開設の資格を得られる障害の発症年齢を26歳前から46歳前に上げるというものですが、2016年に連邦議会に提出されましたが、成立せず、現在も継続して議論されています。

参考文献

https://www.ablenrc.org/,2020.5.31閲覧

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