ミャンマーにおける人道支援活動 - 経緯、課題と展望

特定非営利活動法人 難民を助ける会 [AAR Japan]
支援事業部マネージャー 野際 紗綾子

はじめに

特定非営利活動法人 難民を助ける会 [AAR Japan](以下、AAR)は、1979年にインドシナ難民の支援を目的に日本で発足し、以来、40年強にわたり、政治・宗教・思想に偏らない国際NGOとして、これまでアジア・アフリカなど60を超える国や地域で活動してきました。現在は、ミャンマーを含む14ヵ国で活動を実施中です。

2021年2月にミャンマーでは緊急事態宣言が発令され、同国内の状況は大きく変化しましたが、障害当事者や当事者団体は、その中でも特に厳しい状況下に置かれています。本稿では、ミャンマーで障害者が置かれてきた状況、ミャンマーにおける当会の活動の推移、状況の急激な悪化の中での人道支援活動、そして、課題と展望として、私たちにできることを考察します。

ミャンマーの障害者

2014年の国勢調査によると、ミャンマーの障害者は約231万人で、人口5,030万人の内の4.6%です。また、障害者の77%は地方部に居住しています。障害者の85%以上が失業状態にあり、30%以下の子どもたちしか学校に通えていません。高校を卒業できる障害者は男性23.9%、女性12.9%で、いずれも障害のない人より低い割合です。さらに農村部の障害者の多くは、公的な障害福祉サービスもほとんど受けられない状況が続いています。例えば農村部のカレン州では、障害者の社会参加率は他の住民と比較して約25%低くなっています。障害者の権利について知っている地域住民はわずか16%に過ぎません(以上、当会調べ)。この背景には、差別や偏見と、限られた社会福祉制度があります。

ミャンマーにおける「障害と開発」活動の概要

AARはミャンマーの最大都市であるヤンゴンに1999年に事務所を開設し、2000年より、障害者のための職業訓練校事業と、障害児のリハビリ・教育支援事業を実施してきました。2008年には、240万人が甚大な被害を受け、14万人が死傷したといわれるサイクロン・ナルギスの被災者への緊急・復興支援を実施しました。2013年には、70年間続いていた内戦の落ち着いたカレン州で事務所を開設し、帰還民支援や障害者支援として、地域に根差したリハビリテーション事業(Community Based Rehabilitation, CBR)を実施しました。しかし、2020年春以降、ミャンマー国内でも新型コロナウィルスの感染が拡大したため、日本人駐在員3名は日本に退避し、遠隔で事業を運営管理するようになりました。そして、ヤンゴン事務所とカレン州パアン事務所の現地職員らが、新型コロナウィルスの感染拡大によって深刻な経済的・社会的影響を受けた障害児・者への緊急支援を開始しました。同年12月からは、双方の地域で、インクルーシブ教育推進事業も開始しています。

「障害と開発」活動からの学び

約20年間の活動を通じて、障害者を含むミャンマーの人々との信頼関係や協力体制を築くことができました。地域に根ざしたリハビリテーション活動は、着実に地域の人々の障害理解を深めています。2018年には、現地機関やJICAとの連携のもとで「障害者雇用の手引き」を作成・発表し、政府主催の式典にて各省庁に配布することができました。この事業は国際労働機関(ILO)にも注目されています。同手引きは次のウェブサイトからダウンロードできます。(URL:https://www.myanmar-responsiblebusiness.org/resources/persons-with-disabilities-handbook.html)

これまで、2000名近くが職業訓練校を卒業し、そのうち9割がミャンマー各地で就職もしくは独立開業しています。一人ひとりが、地域で、障害があっても働くことができることを体現してきました。カレン州においても、活動の中から障害当事者グループが発足し、様々な活動に取り組む中で、地域住民の障害に対する理解も大きく進展しました。

ミャンマーにおける緊急人道支援活動

2020年には新型コロナウィルスの感染拡大により、駐在員を日本に退避させざるを得ませんでした。それがやや落ち着き、再赴任に向けた動きが始まった2021年2月、今度は急激な政情悪化に見舞われました。国内は大きく混乱し、多くの人々が理不尽な暴力にさらされました。障害当事者や障害関連団体や関係者の失望は、想像を絶するレベルのものだったと思います。行政機関と障害当事者・関連団体との協議の場は事実上絶たれました。治安の悪化と新型コロナウィルスの感染再拡大の中で、障害児・者とその家族の暮らしも苦しくなっていきました。こうした状況下で、当会の活動地域であるヤンゴンとカレン州でも、極めて高い緊急人道支援の必要性が確認されました。5月から、現地職員の安全を最優先にしつつ、障害分野・緊急人道支援活動を実施しています。具体的な活動としては、これまでの支援の一環のようなかたちで、日々の食糧や、新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐための衛生用品を含む生活必需品の確保につながる支援を実施してきました。

緊急人道支援活動の課題と展望

現在の課題は、治安悪化の中、どのようにして、現地職員や受益者となる障害児・者とその家族の安全を確保しながら活動を実施できるか、ということになります。通常であれば、助成団体や当会のロゴを表示しながら物資配布を行ったり、受益者からの声を写真や画像などを通してメッセージとして発信します。しかし現在は、周囲に目立たない活動を強いられており、個人や場所が特定されないように配慮しています。一旦、目をつけられると、支援実施団体や受益者に危害が加わる恐れがあるためです。そして、政治的思想や諸状況により、周囲の誰が「敵」となり得るかも分からない状況です。

当会も署名している「国際赤十字・赤新月社の行動規範」に拠ると、本来、緊急人道支援活動とは、ニーズに基づいた、中立的なものです。しかし現行の環境下で、非政治的かつ人道的な活動をどのように実施し、理解してもらえるかは、とても難しい問題となっています。万が一、内戦が激化した場合、ミャンマー国内の既存の事業を中断/規模縮小/撤退するという判断も必要になってくるかもしれません。こうした状況に対処するには、セキュリティーの専門家・機関のリスク評価も踏まえた分析も必要になってくるでしょう。医療サービスも十分に提供されない中、現地職員や関係者が新型コロナウィルスに感染しないように対策を徹底することも求められています。

私たちにできること

とても困難な状況ではありますが、現地職員は障害当事者のために懸命に活動を続けています。最後に『障害福祉NEWS』をお読みいただいている皆様へのお願いになってしまい恐縮ですが、もし可能であれば活動へのご支援を頂ければ幸いです。例えばもし8,000円あれば、障害児・者の家族は数週間分の食糧や衛生用品を得ることができます。こうした緊急支援募金に加え、より息の長い障害福祉分野への中長期的なサポートも必要としています。ミャンマー国内には、とても優れた障害当事者の活動家や団体があり、この国の未来を中心的に担うことができる能力と意欲を兼ね揃えています。もしかしたら現在は絶望の淵にいるかもしれません。しかし今後に向けて希望を絶やすことなく、治安が安定したら活動を再開・発展できるように、これからも状況を見守りながらご支援頂けたら、こんなにありがたいことはありません。障害当事者団体や障害関連団体は、その可能性を大いに秘めていると信じています。

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