デジタル化の波に取り残される聴覚障害者等用複製物の課題

「新ノーマライゼーション」2021年5月号

一般財団法人全日本ろうあ連盟 本部事務所長
倉野直紀(くらのなおき)

政府は今年9月にデジタル庁を創設するにあたり、デジタル社会のビジョンとして「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」を掲げています。

障害福祉サービスの業務へのICTの導入促進により、個々の利用者に応じた多岐にわたる種類のサービスに合った支援の効率化や、職員間同士の情報共有が容易になることで、福祉従事者の負担軽減につながるだろうと思われます。

障害者にとってもICT技術の発展や社会のデジタル化は、情報入手だけではなく、教育や就労、日常生活や社会参加の場面で、情報バリアフリーやアクセシビリティを容易にし、共生社会を構築する大きな力の一つになると期待しています。

例えば、きこえない人が買い物や窓口でのちょっとしたやり取りで困るのは、やはりコミュニケーションです。以前は、「筆談でお願いします」と紙やペンを差し出すなど気苦労が絶えないことがありました。でも今は、職場での議事録作成やちょっとした検索などで、音声認識による文字変換も珍しくなくなってきたためか、相手も気軽に自分のスマホで音声入力し、それを見せてくれるなど、お互いが気軽にやり取りができるようになりました。

また、きこえない人ときこえる人との電話のやり取りを、パソコンやスマホで手話言語(注)・文字の即時双方向によりつなぐ「電話リレーサービス」が、今年7月から公共インフラとして始まります。きこえない人に長い間立ちはだかっていた「電話が使えない」という障壁がICT技術の発展により、とうとう取り除かれたのです。

しかしながらその一方で、きこえない人が利用する福祉サービスや制度そのものが、まだまだ昨今のICT技術を取り入れたものになっていません。

例えば、私たちにとって情報入手の一つである手話言語・字幕付き映像の利用です。2009年の著作権法改正にて、公共図書館は障害者へのいっそうの情報提供サービスに取り組むことができ、手話言語や字幕を付加した「聴覚障害者等用複製物」の製作・貸出が可能となりました。さらに、文化庁は今年の国会に、図書館が書籍や資料の電子データを利用者がスマホやパソコンで閲覧できるようにする著作権法改正案の提出を目指しています。

現在、聴覚障害者等用複製物は、全国に54か所設置されている聴覚障害者情報提供施設が製作・貸出をしています。図書館と聴覚障害者情報提供施設の相互協力により、その製作物を公共図書館から借りることができるとよいのですが、現状ではできません。

身体障害者福祉法により設置されている聴覚障害者情報提供施設と、図書館法で設置されている公共図書館とで、法の縦割り問題があることや、聴覚障害者情報提供施設では貸出が来館または郵送での貸出とアナログな方法のままとなっていることも原因でしょう。福祉制度や福祉サービスが一番デジタル化に取り残されていると感じています。

また、著作権法第37条の5ではその貸出にあたり、補償金の支払いを求めていながら、その支払いの基準やシステムは整備されていないままになっていることも、公共図書館で「聴覚障害者等用複製物」の製作・貸出が進まない大きな原因と考えています。

読書バリアフリー法や著作権法改正により、今後はアクセシブルな書籍や映像の製作・貸出がさらにデジタル化され、障害のある人の利便性はさらに向上することでしょう。

しかし、著作権法第37条の5の問題がある限り、きこえない人はその恩恵から取り残されていくのではないかと危惧しており、国への改正を働きかけていきたいと思います。


(注)今まで「手話」は、「言語」と「言語の表出手段」の両方の意味でしたが、今後、日本手話言語法制定に向けて、全日本ろうあ連盟は音声と音声言語と同様に、手話と手話言語とに表記において区別することとしました。言語の意味で使う時は「手話言語」、言語の表出手段として使う場合は「手話」というように使い分けることをご理解ください。」

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