難聴者に対する情報アクセシビリティの向上に向けて

「新ノーマライゼーション」2021年5月号

一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 理事
神矢徹石(かみやてつじ)

難聴者がデジタル改革に何を期待するかということについて語る前に、難聴者がどのような困難に直面しているかということを述べたいと思います。というのも、もしデジタル改革が難聴者の困難を解消しないというものであれば、難聴者がデジタル改革に期待することは何もないからです。

では、難聴者はどのような困難に直面しているのでしょうか。そして、差し当たってどのような解決策が提示されているのでしょうか。いくつかの例を挙げてみます。

よく例として出されるのが、交通機関を利用する時に駅の案内放送や乗り物の車内放送等が聞こえないという場合です。事故等で乗り物が動かなくなることがありますが、音声によるアナウンスが流れても難聴者には状況が理解できないことがあります。このような場合においては、電光掲示装置等の視覚的な表示機器が必要になります。

最近はコロナ禍のために多くの市民がマスクを装着して外出していますが、このマスクが難聴者のコミュニケーションを阻害する要因になることがあります。買い物や手続き等の時に窓口や受付等でマスクを装着した状態で応対されると相手の声が聞き取れないことが多く、多くの難聴者は相手とのコミュニケーションに困難を感じています。

事件や事故等の緊急時においても、適切な情報が難聴者に提供されないことがあります。例えば、警報が鳴っても難聴者には聞こえないことがあるといったことです。火災の際に警報が聞こえなければ、難聴者は逃げ遅れてしまいます。特に災害時においては、難聴者に対して適切な安否確認と情報共有がなされなければなりません。

これらのこと以外にも、難聴者が困難を感じる状況として電話の使用が挙げられます。さまざまな連絡や問い合わせの手段として電話が指定されていることが多いのが現状ですが、メール等の文字などによる手段が併用されることが求められます。

また、教育や労働の場面では、難聴者に対する情報アクセシビリティの向上が図られなければなりません。学校において教師や同級生の言葉が聞き取れない、職場において上司や同僚の言葉が聞き取れないということが、どれほど難聴児・者に対してその場に居づらくさせているかということは強調してもしすぎるということはありません。

最近はさまざまなメディアを介して放送や通信を受信することができますが、音声に対して字幕や文字情報が付与されていないことがあります。このような情報の欠落があると難聴者が通常の社会生活を営むことが難しくなり、場合によっては危機的な状況に陥ることがあります。災害時においては情報の有無が安否を分けることになるからです。また、視聴覚教材等においても、音声に対して字幕や文字情報が付与されることが求められます。

さて、今後の情報通信技術の向上において、難聴者が期待を寄せているものは何でしょうか。その一つとして、音声認識による文字変換が挙げられます。現時点ではまだ誤認識や誤変換がありますが、この技術がさらに向上し、難聴者が生活するさまざまな場面において活用できることが求められます。

同時に、補聴器や人工内耳等の性能向上と多様化も求められます。同じことは、光や振動を活用した情報伝達装置についてもいえます。また、一般に福祉機器はデザインの変化に乏しい傾向がありますが、使用者の個性に合った製品の開発が求められます。

ここで注意しなければならないことは、デジタル化されたコミュニケーションとは何らかの機器を介したコミュニケーションであるということです。個々の人間はアナログな存在です。デジタル機器の不在を理由に、コミュニケーションが拒絶されるようなことがあってはなりません。デジタル技術の有無にかかわらず相手に対して適切なコミュニケーションを図ることができるかどうか、このことが重要になってくると思います。

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