世界の職業リハビリテーションの収斂進化

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
障害者職業総合センター 春名 由一郎

はじめに

現在の我が国の障害者就労支援は多様に発展しています(図1)が、多様な制度や取組の中には一見、対立的なものがあります。それは、元々、これらの制度や取組は諸外国を起源として多様に発展し、国際的場面では対立することが多いものだったからです(図2)。
 

我が国の多様な障害者就労支援
図1 我が国の多様な障害者就労支援

多様な取組の背後にある基本理念
図2 多様な取組の背後にある基本理念

例えば、障害者雇用率制度での雇用の量と、障害者差別禁止とか合理的配慮といった雇用の質に関すること。すべての障害者にとって一般就業が現実的目標なのか、それとも福祉的就労が必要なのか。障害者雇用は企業の経済的負担なのか、「障害があっても健常者と変わらない」雇用関係のノーマライゼーションが可能なのか。

しかし、近年、このような対立は、国際的場面では急速に収斂してきています。それは、まるで、全く起源の異なる生物が、似たような形態や機能を進化させる「収斂進化」を思い起こさせます。そのような収斂を引き起こす国際的な強力な淘汰圧について4つの仮説を提案し、我が国の今後の障害者就労支援の発展に参考となるヒントを探したいと思います。

1 医学モデルと社会モデルの統合

障害者雇用率制度は、心身の機能障害があると仕事が困難になり就業機会が制約されるという「医学モデル」による制度の代表です。一方、障害者差別禁止や合理的配慮提供義務は、機能障害のある人を締め出す社会やバリアによる障害が生じるという「社会モデル」によるもので、その立場からは「障害者雇用率制度は、障害者は一般就業が困難と決めつける差別的な制度」という反発が根強くありました。

しかし、2001年の国際生活機能分類で両モデルは統合され、障害は個人と環境の相互作用によるものであることが明確になり、さらに、2007年の障害者権利条約でも障害者雇用率制度は積極的差別是正措置であるという理解が広がりました。現在では少なくとも52か国には我が国と同様、その両方の制度があります。ただし、障害者雇用率制度は、企業の「障害者は生産性が低い」という先入観を強化するリスクがあるため、障害者の職業能力をより強調し、先入観を打破する情報キャンペーンが必要だということも言われるようになっています。

興味深いのが「社会モデル」の代表である米国の対応で、1990年に障害者差別禁止法であるADAを出しましたが、職業に支障がない障害者がADAの差別禁止の対象から外されてしまうようなことが起こってしまいました。そこで、2008年の改正では、「障害者」だからといって必ずしも実際の就労に困難があるわけではなく、そういう人たちもADAの保護の対象だということが明確にされました。さらに、2014年には連邦政府と下請けも含む契約をする企業の努力目標としてではありますが7%の障害者雇用の数値目標が設定されました。現在では、「高い能力のある未開拓の労働力」、「問題予防や生産性向上のための合理的配慮」といった観点から障害者雇用を企業に啓発し、様々な機関が連携・協力して、「障害者は仕事ができる」、「ビジネスに貢献している」ことを繰り返し強調するようになっています。

ドイツでも、特に重度で企業への経済的支援を行う助成金の説明で、わざわざ「大部分の障害者は仕事ができる」と強調しています。

2 インクルーシブな雇用・就業

フランスやドイツは6%とか5%という高い法定雇用率にかかわらず、実際には、身体障害者や軽度障害者が中心で、個別の環境整備の助成金は充実していますが、生産性が低いとか継続的な負担がある障害者雇用を企業に求めるものではありませんでした。ですから、我が国のような企業負担を一律に補償する調整金などの制度はなく、知的障害者や精神障害者は福祉的就労が当然とされ、その代わりに企業の社会的責任として、福祉的就労に業務発注をすれば、それを納付金の控除という形で評価する制度があります。また、福祉的就労でありながら経営力を強化した「社会的雇用」も発展しており、フランスの適合企業では、ホテル産業や外食、観光、広告といった職業分野の開拓を進め、ドイツの包摂事業所は経済的に持続可能なビジネスプラン作成に商工会議所も加わって半年から一年くらい掛けて初めて設立できるということです。

それが、障害者権利条約を機に、一般企業での直接雇用が重視されることになり、フランス、ドイツでも重度障害者も含めて企業での直接雇用をより推進するために、ようやく企業の継続的な経済的負担を補償する制度が整備されています。面白いのは、企業にどの程度継続的な経済的支援が必要かは、企業からの申請に対して、専門支援者が個別に審査をして、認定して支給する仕組みになっていることです。合理的配慮や専門支援があれば、多くの障害者では企業の継続的な経済的負担はないため、本当に必要な場合だけに経済的支援を行う、という方が、一律に調整金を支給するよりも金額は節約されるようです。

3 障害者と企業の双方への総合的地域支援

重度障害者の一般就業の促進のためには、就職前の障害者本人への支援だけでは困難で、むしろ、各人に合った仕事の選び方や職場での理解や配慮の確保、就職後の生活や医療面の継続的支援が重要であることも、諸外国で認識が進んでいます。

知的障害者等の一般就業の促進に米国や我が国で成果を上げてきたジョブコーチ支援や就職後の生活支援等は、近年、重度障害者の一般企業での直接雇用を推進するフランスやドイツでも従来から一般就業してきた障害者の10倍以上の支援を必要とするものとして位置づけられ、重視されるようになっています。

また、障害者にとって「職業生活」も一つの当然の生活・人生場面として、医療・福祉・教育・労働等のタテ割りを超えた、個別かつ継続的な総合的支援で行うことについて、米国やドイツでは分野横断的に関係者が協議し公式な連携の覚書を作成することや、米国では就労支援人材の認定も進められています。

4 産業革命への対応

もう一つの着目点は、職業評価や就労支援が20世紀の工場労働や労務管理を前提としたものから、仕事自体が大きく変化していることや、より健康的な質の高い労働を当然のこととする必要があることです。知的障害者で成功した作業の分割や単純化と体系的教示は、精神的に健康な仕事の質という点では、精神障害者や発達障害者では必ずしもうまくいかず、より各人の興味や強みを重視することが必要であることが明確になってきています。また、今後はAIやロボットと共存する仕事への適応も重要です。

おわりに

現在、世界各国で、様々な理念、制度やサービスが対立を超えて総合化されることによって、新しい取組が多く生まれています。それは、世界中のベストプラクティスを集めて発展してきた我が国の今後の障害者就労支援の参考になるはずです。

障害者職業総合センターでは、現在、「世界の職業リハビリテーション研究会」を実施しており、その成果を我が国の関係者に役立つものとするため、構成やコンテンツに意見をいただく50名程度の専門家パネルを組織したいと考えています。その際、ご理解、ご協力をいただけますと幸いです。

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