JDF総括所見用パラレルレポートについて

「新ノーマライゼーション」2021年6月号

JDF障害者権利条約パラレルレポート特別委員会 事務局長
佐藤聡(さとうさとし)

これまでの経過

日本障害フォーラム(JDF)では、国内法制度の総点検を行うこと、適切な総括所見を引き出して国内法制度のバージョンアップにつなげることを目的に、パラレルレポートの作成に取り組んできました。

2017年に準備会を立ち上げ、2018年からは「JDF障害者権利条約パラレルレポート特別委員会」(以下、特別委員会)を設置し、JDFの13の構成団体から30名の委員が選出されて、毎月特別委員会を開いて作成に取り組んできました。2019年には1つ目のレポートである「事前質問事項用パラレルレポート」を作成し、2020年夏には2つ目となる「総括所見用パラレルレポート」を作成しました。いずれも以下の4つの流れを経て作成しています。

1.8つの作業グループに分れて起草案を作成
2.起草委員会で起草案を議論、修正
3.特別委員会で起草案を議論、修正
4.特別委員会とJDF代表者会議で最終確認、完成

2019年10月から2020年の4月まで、特別委員会を12回開きましたが、それと同じくらい起草委員会も開いており、さらに作業グループでの打ち合わせも行ってきましたので、この半年間は毎週のように会議を開いていました。

事前質問事項用パラレルレポートは総ページ数が120ページを超えて、量が多すぎるというご指摘を多方面からいただきましたので、総括所見用パラレルレポートはコンパクトにまとめることに主眼を置きました。項目を厳選するとともに、新型コロナウイルス感染症に関連する課題は11条に新たに盛り込むなど、事前質問事項用パラレルレポート以降の情勢も反映させました。日本語版は合計48ページとなり、英訳して2021年3月末に国連に提出しました。

最重要10課題と重要8課題

権利条約は対象範囲が広いので、効果的なロビー活動を行うように、最重要10課題と重要8課題を設定しました。2019年9月の作業部会でのロビー活動は、この18課題を中心に行いました。

◇最重要10課題

手話言語の認定(1-4条)、障害女性(6条)、法的能力の行使(12条)、精神科病院の強制入院・長期入院(14条)、個人をそのままの状態で保護すること(旧優生保護法被害)(17条)、地域移行(19条)、インクルーシブ教育(24条)、労働(27条)、統計データ(31条)、監視体制の強化・人権救済制度の不在(障害者団体の参画)(33条)

◇重要8課題

社会モデル・人権モデルの転換(1-4条)、選択議定書(1-4条)、障害者差別解消法の課題(5条)、防災(11条)、司法へのアクセス(13条)、虐待(16条)、情報アクセシビリティ・コミュニケーション法の不在(21条)、国際協力(32条)

総括所見用パラレルレポートの紹介~最重要10課題~

本稿では、JDF総括所見用パラレルレポートのうち、最重要10課題をご紹介します。パラレルレポートのまとめ方は、権利委員会がそのまま総括所見に書けるように、◯懸念事項、●勧告案、という構成になっていますが、字数の関係で●勧告案の一部のみ抜粋します。

◇手話言語の認定(1-4条)

2011年の障害者基本法の改正で、第3条三「全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。」と規定され、日本の法律で初めて手話の言語性が認められました。しかし、その後の取り組みは進まず、手話言語が使える環境が整えられておりません。

4.手話言語の認定

●委員会は締約国に対し、司法、立法、行政、労働、医療、教育を含む、あらゆる分野での手話言語の利用の権利を保障する手話言語法を制定することを勧告する。また手話言語法を制定することによって手話言語の理解と普及の推進と、手話言語通訳者の養成と設置および派遣を可能にするよう勧告する。

◇障害女性(6条)

障害のある女性の複合差別については、権利条約6条の解釈についてまとめた一般的意見3号を出したように、権利委員会は大きな関心を持っています。国内の法制度では、第4次障害者基本計画に「障害のある女性、子供及び高齢者の複合的困難に配慮したきめ細かい支援」という項目が盛り込まれましたが、障害者基本法と障害者差別解消法には「性別に応じて」の文言があるだけです。統計データもないために、障害のある女性がどのような状態に置かれているのか実態が把握できません。パラレルレポートでは以下の5つの課題を指摘しました。

1.法律上の複合差別/交差的差別禁止原則の明記、2.性被害の実態把握と救済措置、3.関係機関職員への研修、4.政策や意思決定機関への参画、5.エンパワメント

2.性被害の実態把握と救済措置

●委員会は締約国に対し、病院や入所施設、家庭などにおける性被害・DV・本人が望まない異性介助に関して、女性障害者を代表する団体等の協力を得て実態を把握し、救済措置を実施すること、また女性一般に対する暴力に関する通報・相談・支援の窓口及び施設を、すべての障害のある女性にとってアクセス可能にすることを勧告する。

◇法的能力の行使(12条)

日本には成年後見制度がありますが、権利条約ではこのような代理決定を認めていません。第12条の解釈をまとめた一般的意見1号では、以下のように述べています。

パラグラフ7.「締約国は、障害のある人の法的能力の権利が、他の者との不平等に基づき制限されることのないよう、法律のあらゆる領域を総合的に検討しなければならない。歴史的に見て、障害のある人は、後見人制度や強制治療を認める精神保健法などの代理人による意思決定制度の下で、多くの領域において差別的な方法で、法的能力の権利を否定されてきた。障害のある人が、他の者との平等を基礎として、完全な法的能力を回復することを確保するためには、これらの慣行は廃止されなければならない。」

パラグラフ8.「条約第12条は、障害のあるすべての人が、完全な法的能力を有することを認めている。」

このように権利条約に照らして、1.成年後見制度と訴訟無能力条項の廃止、2.支援付き意思決定への転換、3.関係者の意識向上措置の3項目を指摘しました。

1.成年後見制度と訴訟無能力条項の廃止

●委員会は締約国に対し、障害者の法の前の平等を制限する法律をなくすため、民法の改正による成年後見制度の廃止と、民事訴訟法の改正による訴訟無能力条項の廃止を勧告する。

◇精神科病院の強制入院・長期入院(14条)

日本の精神科病院の入院者数は外国と比較して突出して多く、入院患者の半数近くが強制入院(医療保護入院や措置入院)です。さらに、身体拘束や隔離などの行動制限も近年大幅に増加しています。

第14条では、障害者も身体の自由及び安全についての権利を享有しており、不法に又は恣意的に自由を奪われないこととしています。しかし日本では、精神保健福祉法で本人同意に基づかない医療保護入院を認めており、改善が必要です。次の2項目を指摘しました。

1.障害を理由とした非自発的入院及び行動制限の廃止に向けた法律の見直し、2.非自発的入院及び行動制限の廃止に向けた指針・計画の策定

1.障害を理由とした非自発的入院及び行動制限の廃止に向けた法律の見直し

●委員会は締約国に対し、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第28条及び第33条に基づく障害とその他の要件で人身の自由を剥奪する非自発的入院制度の廃止、同法第37条の障害とその他の要件に基づく行動制限の廃止に向けて法律を見直すことを勧告する。

◇個人をそのままの状態で保護すること(旧優生保護法被害)(17条)

優生保護法裁判は、仙台、東京、大阪、札幌と判決が出ましたが、優生保護法が違憲であったとの言及もありながら、除斥期間を適用するという不当な判決が続いています。

1.旧優生保護法(1948年~1996年)下での強制不妊手術、2.強制不妊手術に関する調査・検証、措置、3.障害者に対する強制不妊手術に関する提訴期限の撤廃の3項目を指摘しました。

3.障害者に対する強制不妊手術に関する提訴期限の撤廃

●委員会は締約国に対し、障害を理由とする強制不妊手術等の被害者が国家賠償請求を含む訴訟を提起する場合に、その請求権を認めるか否かの判断にあたっては、除斥期限及び消滅時効の各規程を適用しないよう必要な措置を行うことを勧告する。

◇地域移行(19条)

19条は権利条約の柱となる重要な条項です。「全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし」「障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと」とし、締約国に地域移行を進めることを求めています。パラレルレポートでは、次の4項目を指摘しました。

1.地域で暮らす権利・地域移行に関する法律の不在、2.入所施設からの地域移行、3.精神科病院の長期入院の問題、地域移行が進まないこと、4.地域社会支援サービスの不足及び抱える問題

1.地域で暮らす権利・地域移行に関する法律の不在

●委員会は締約国に対し、自立した生活および地域社会へのインクルージョンを実現するため、障害者基本法、障害者総合支援法と精神保健福祉法に「地域で生活する権利」と「地域移行」を明記し、重点的な予算配分措置を伴った政策として実施することを勧告する。

◇インクルーシブ教育(24条)

権利条約では「障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する」としており、あらゆる年代でのインクルーシブ教育を求めています。ここも日本にとって重要なテーマです。以下の6項目を指摘しました。

1.インクルーシブ教育推進のための方策、2.基礎的環境整備(アクセシビリティ)、合理的配慮、3.手話言語と教育、4.盲ろう者の教育権の保障、5.高校、6.大学

1.インクルーシブ教育推進のための方策

●委員会は締約国に対し、すべての児童生徒が、原則として自分の住む地域の通常学校で学ぶことを可能とするインクルーシブ教育の具体化にむけて、義務教育課程における障害のある児童生徒の現状を把握するためデータの収集などの適切な措置をとることを勧告する。また、インクルーシブ教育の実現のため小・中学校制度にかかわる立法及び政策上の措置をとることを勧告する。

◇労働(27条)

2018年に障害者雇用水増し問題が発覚したように、日本の障害者雇用は進んでいません。以下の5項目を指摘しています。

1.労働市場における通勤中の移動介助や職場での介助の実現、2.福祉的就労の場、3.公的及び民間部門のあらゆる形態の雇用に係る事項に関する障害を理由とする差別の禁止、4.障害のある人を職場から排除する問題、5.ダブルカウントと特例子会社

1.労働市場における通勤中の移動介助や職場での介助の実現

●委員会は締約国に対し、障害のある人が通勤中の移動介助や職場での介助を受けることができるよう、福祉制度による措置を講じることを勧告する。

◇統計データ(31条)

統計は、実態を把握し、施策を策定する上で重要な材料ですが、日本では障害に関する統計データがほとんどありません。この課題については従来から指摘されており、日本政府が2016年に国連に提出した第1回国家報告では「次回報告提出までの間に改善に努めたい」とし、改善に向けて動き出しました。

1.権利条約の実施と監視に必要なデータの不在

●委員会は締約国に対し、「持続可能な開発目標のターゲット17.18」を考慮に入れつつ次の措置をとることを勧告する。

a.国勢調査、国民生活基礎調査、労働力調査そして学校基本調査をはじめとする基幹統計(Fundamental Statistics)に障害に関する設問を組み込み、非障害者との比較ができる障害統計を可能にすること。
※以下略

◇監視体制の強化・人権救済制度の不在(障害者団体の参画)(33条)

世界110か国で国内人権機関が設置されていますが、日本にはパリ原則に基づいた独立した国内人権機関がありません。これまでにも、社会権規約、自由権規約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約、女子差別撤廃条約、子どもの権利条約などの条約体で、国内人権機関の設置を求める勧告が繰り返し日本政府に出されています。パラレルレポートでは、以下の4項目を指摘しています。

1.独立した人権機関の創設と立法府・司法府を含む監視体制、2.障害者政策委員会の独立性と機能の強化、3.地方自治体における監視体制、4.条約監視と障害者団体、市民社会の関与

2.障害者政策委員会の独立性と機能の強化

●委員会は締約国に対し、障害者政策委員会の独立性を高め機能的に働くことができる機関とするよう、独立した人事権・事務局体制を確立し十分な予算を確保すること、その監視の対象に立法府・司法府を加えること、障害者政策委員会の障害者委員の比率を半数以上にするとともに委員構成の多様性(障害、ジェンダー、年齢、地域、所属団体など)を確保することを勧告する。

まとめ

2020年夏に予定されていた日本の建設的対話はコロナ禍で延期されて、いつ行われるか正式に決まっていません。JDFでは建設的対話が行われる時は、訪問団を派遣し、権利委員へのロビーイングやブリーフィングを実施する予定です。私たちが課題と考えていることを、総括所見で指摘していただくことを目指しています。そして、その総括所見を活用し、さらなる法制度のバージョンアップを目指して活動していきたいと思います。


障害者権利委員会(2016)障害のある女子に関する一般的意見第3号

障害者権利委員会(2014)一般的意見第1号 第12条 法律の前における平等な承認

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