障害者権利条約についての日本弁護士連合会の活動~あらゆる差別や人権侵害からの救済とパラレルレポートの作成~

「新ノーマライゼーション」2021年6月号

日弁連「障害者の権利に関する条約パラレルレポート作成プロジェクトチーム」座長
野村茂樹(のむらしげき)

1.はじめに

日本弁護士連合会(以下「日弁連」といいます)は、1949年9月に設立され、日本のすべての弁護士及び弁護士会を会員としており、基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命を有しています。

本稿では、日弁連が作成して国連の障害者権利委員会(以下「権利委員会」といいます)に提出したパラレルレポートを中心に、日弁連における障害者の権利に関する条約(以下「権利条約」といいます)についての活動を紹介します。なお、本稿は私の個人的見解に基づき整理した記述であることを予めお断りいたします。

2.人権擁護大会における「障害者権利条約の完全実施を求める大会宣言」の採択

日弁連は、2001年10月に奈良で開かれた人権擁護大会で「障害のある人に対する差別を禁止する法律の制定を求める宣言」を採択し、2006年の国連における権利条約採択以降は、権利条約の批准とともに差別禁止法制定などの国内法整備が必要であることを強く求め続けてきました。

日本は権利条約を批准するまでの間に障害者基本法を改正し、障害者差別解消法(以下「差別解消法」といいます)を制定するなどしてきました。

権利条約批准に際して国内法整備を進めたことは評価されるところですが、整備された国内法の内容は権利条約が求める国際的な人権水準に達していない状況のもと、2014年2月に権利条約は日本において効力を生ずることになりました。日弁連は、その年の10月に函館で開かれた人権擁護大会で、シンポジウムを開催の上、権利条約批准に際して国内法整備を進めたことを評価するとともに、国内法の内容は権利条約が求める水準に達していないこと及びその具体的不備を指摘し、「障害者権利条約の完全実施を求める宣言」を採択しました。

人権擁護大会での上記のシンポジウムの実行委員会のメンバーを中心に、日弁連内に権利条約パラレルレポート作成プロジェクトチームが組織されました。

3.日弁連のパラレルレポート

日弁連は、2019年6月19日、権利委員会に対し「障害者の権利に関する条約に基づく日本政府が提出した第1回締約国報告に対する日弁連報告書~リストオブイシューズに盛り込まれるべき事項とその背景事情について~」を提出し、同年9月23日にジュネーブで行われた同委員会プレ審査のブリーフィングに参加し、日本障害フォーラム(以下「JDF」といいます)などの障害者団体とともに、ロビー活動を行いました。

権利委員会は、同年10月29日に「初回の日本政府報告に関する質問事項(リスト・オブ・イシューズ)(以下「LOIs」といいます)を採択しました。JDFや日弁連のパラレルレポート、ロビー活動が功を奏して、的確なLOIsの発出を受けることができました。

日弁連は、LOIsで示された質問事項に対応する形で、2020年7月1日、権利委員会に対し「障害者の権利に関する条約に基づく日弁連報告書(その2)~総括所見に盛り込まれるべき勧告事項とその背景事情について~」を提出しました。同パラレルレポートは、LOIsに対応しておりますので、その内容は包括的・網羅的なものですが、字数の制約もありますので、本稿では、救済の観点に絞ってその内容―パラレルレポートに限定せず日弁連の活動―を紹介することといたします。救済に絞ったのは、弁護士は差別や人権侵害があった時に救済を求めて活動をするからです。

障害を理由とする差別や障害者に対する人権侵害については、何が差別にあたるか、何が人権侵害にあたるかという、いわば物差しを明確に示す実体法が整備される必要があります。その上で、差別や人権侵害があった時に救済が実現されるよう、救済制度や救済手続法が整備される必要があります。日本の国内法整備において、不十分ながら実体法は少しずつ整備されてきていますが、救済制度や救済手続法はほとんど整備されていないと言っても過言ではないと思います。

救済については、裁判所における救済と、裁判所以外における救済に分けて考えることができます。裁判所以外の救済については、まず、日本の現行制度の問題点を指摘し、さらに、国際水準の人権保障システムとして国内人権機関の設置と個人通報制度の導入の必要性について述べることとします。

4.裁判所における救済

裁判所は「人権の最後の砦」ですので、裁判手続において差別があってはなりません。

ところが、まず指摘しなければならないことは、差別解消法で差別が禁止されている国家機関は行政機関のみであり、司法機関には具体的な差別禁止法制が存在しないということです。

障害者基本法29条には、司法手続における意思疎通に関する配慮を定めていますが、同法は障害者施策の基本を定めるものであり、具体的な権利義務を創設するものとまでは言えません。最高裁判所は内部指針としての対応要領を定めましたが、対象はもっぱら事務職員であり、司法手続における差別禁止は念頭に置かれていません。司法手続において権利条約13条が締約国に求める手続上の配慮義務が明文規定とされなければ、障害の特性に応じた配慮の不提供が違法な手続であることが明確となりません。

現行の民事訴訟法及び刑事訴訟法などの訴訟法には、民事、刑事及び行政手続において障害のある人のために個人ごとに必要な事項を判断し個人ごとの手続上の配慮を提供することを法的に義務付ける規定がありません。その結果、これらは個々の裁判官の訴訟指揮に委ねられたままの状況です。なお、手続上の配慮義務は、合理的配慮義務とは異なり過重な負担があっても義務は免れません。権利条約は、この2つの義務を書き分けています。

現在、国は民事訴訟法(IT化関係)等の改正作業を進めていますが、IT化についてはユニバーサルにデザインされること、及びそれとともに個別に手続上の配慮が保障されることが実現されなければなりません。民事訴訟法に手続上の配慮義務の規定を新設することを突破口として、刑事訴訟法(裁判手続の他、捜査手続についても定めています)の改正も強く求めていかなければなりません。刑事事件において、知的障害のある被疑者に対して情報保障や手続上の配慮がなされなかったために誤った供述調書が作成され、それに基づき有罪認定をされた冤罪事件が数多くあるのです。

権利条約13条は、条約制定過程において、日本が提案し実現した規定であり、同条は日本が世界に誇るべきものなのです。日本が13条が求める国内法を整備して、国内立法面でも世界に誇りを示すことを願ってやみません。

5.裁判所以外における救済

裁判所における救済には、費用と時間がかかります。また、救済方法は損害賠償など金銭によることがほとんどで、合理的配慮の実現に結び付けることは困難です。

身近で迅速に救済が図られ、かつ、金銭に限定されず柔軟な解決が可能な裁判外における救済の充実が強く求められるところです。しかし、現行の制度は次に述べるとおり、極めて不十分です。

差別解消法では、民間事業者の差別を解消するため、事業分野ごとに主務大臣に、ガイドラインとしての対応指針を定めさせ(11条)、行政指導の権限(報告の徴求、助言、指導及び勧告)を与えています(12条)。対応指針では相談窓口が定められ、相談受理は行政指導発動のきっかけとなりますが、縦割り行政の弊害から、相談窓口は事業分野ごとにバラバラであり、しかも障害者にとって極めて分かりづらくなっています。

差別解消法14条では、「相談及び紛争防止等のための体制の整備」を定めていますが、相談を含む紛争解決の仕組みについて新たな機関の設置はなく、また、地方公共団体にあっせんや勧告等の具体的権限を付与することもしていません。言わば地方公共団体に紛争解決を丸投げしているといってよい実態です。地方公共団体によっては、条例を定め、相談を含む紛争解決の機関を設け、あっせんや勧告等の具体的権限を付与しているところもありますが、条例を定めていない地方公共団体では、現行法のみでは個別紛争の実効的な解決が困難です。そのため、人権救済においてあってはならない地域格差が生じている現状です。国による機関設置を含む国による法整備が急務です。

行政機関の職員による差別に対する救済について、差別解消法では、実効性を確保するための規定を設けていません。行政機関の職員による差別行為があった場合には、行政機関の内部における服務規律確保のための仕組みにより是正が図られることも考えられますが、差別禁止の義務主体である国や地方公共団体に対しては、裁判所に対し国家賠償法に基づく賠償請求訴訟を起こすことなどが必要となります。行政職員による差別や人権侵害についての救済も、身近で迅速に対応できる裁判所以外での救済制度が必要です。この場合、公権力の行使による侵害となりますので、救済制度としては、後述のとおり、政府から独立した国内人権機関の設置が不可欠となります。

既存の救済機関として、法務省の人権擁護機関がありますが、障害者の人権救済を担い得るような専門性を有しません。法務省の人権擁護機関による活動は、法務省の内局として法務大臣の指揮下で行われるものであって、政府からの独立性がありません。国連総会は1993年12月20日「国内人権機関の地位に関する原則」(パリ原則)を決議していますが、パリ原則では国内人権機関は政府から独立して職務を行うべきことを求めています。優生手術が国の政策により施術されていたという厳然たる事実を想起すれば、公権力の行使による人権侵害に対する救済は、政府から独立した国内人権機関による権利条約などの国際人権条約を規範とするものでなければ実現が保障されません。

なお、障害者政策委員会(障害者基本法4章)には、救済の権限はありません。

6.国内人権機関の設置と個人通報制度の導入

権利条約33条2項は、締約国である日本に対しパリ原則に従った政府から独立した国内人権機関の設置を求めていますが、日本は国内人権機関を未だ設置していません。

また、権利条約に選択議定書が付帯されていますが、日本は選択議定書を批准していないため個人通報制度が利用できません。

日弁連は、2019年10月に徳島で開かれた人権擁護大会で「個人通報制度の導入と国内人権機関の設置を求める決議」を採択しています。

(1)国内人権機関の設置

政府からの独立性を担保するためには、委員及び事務局の任命及び解任手続等の人事権並びに予算等の財政につき、政府の統制に置かれてはなりません。

人権救済機能として、公的機関に対する調査権限を含め事実関係を調査する権限を有し、調停、勧告等の救済措置を採ることができる機関でなければなりません。

日本政府が2016年6月に権利委員会に提出した第1回締約国報告では、障害者政策委員会が、権利条約33条2項が定める権利条約の実施の促進、保護、監視の全般にわたる枠組みにあたると報告しています。しかし、障害者政策委員会には前述のとおり救済(保護)の権限がありません。監視の権限も、障害者基本計画を介しての間接的な監視にとどまり、権利条約の実施のための監視の権限はありません。何よりも、政府からの独立性は、人事面、財政面からしても全くありません。

(2)個人通報制度の導入

権利条約には、権利条約で保障された権利を侵害された者が、国内で裁判などの救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に、権利委員会に直接救済の申立てができる手続である個人通報制度が選択議定書に付帯されています。しかし、日本は個人通報制度を導入していません。

条約は法律より上位に位置しますが、日本の裁判所は国際人権条約を裁判規範とすることに消極的です。個人通報制度が導入されれば、この現状は変わることが期待されます。個人通報制度に基づいてなされる権利委員会からの勧告に強制力はありませんが、国内の裁判所は、判決が確定した時にも、その後に権利委員会に通報されることが予想されることから、判決の際に権利委員会の解釈や先例を検討することとならざるを得ません。それにより、国際的に確立した解釈であっても、これにほとんど関心が示されない裁判実務の現状が改善され、権利条約が実効性のある裁判規範として機能することが期待されるのです。

このように、国際水準の人権保障システムを日本が完備すれば、裁判所での救済も裁判所以外での救済も、国際的な人権水準に則って救済が実現され、権利条約の完全実施につながることになります。

7.おわりに

権利委員会は、LOIsに対する日本政府回答や各パラレルレポートを参考に、審査で建設的対話を経て、総括所見を採択します。その総括所見を活用して、日本における障害者の人権保障をより充実させ、権利条約の完全実施を実現すべく、今後も、日弁連は活動を続けていくことになります。


 日弁連:「障害者権利条約の完全実施を求める宣言」.2014年10月3日
https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/2014/2014_1.html
(参照2021年6月1日)

 日弁連:「障害者の権利に関する条約に基づく日本政府が提出した第1回報告に対する日弁連報告書」.【本編】日本語版
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/international/library/shogai/shogaisha_hokoku_honbun.pdf
(参照2021年6月1日)

 日弁連:「障害者の権利に関する条約に基づく日弁連報告書(その2)」.日本語版
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/international/library/shogai/shogaisha_hokoku_shiryo2.pdf
(参照2021年6月1日)

 角茂樹「障害者権利条約への道-第3回障碍者権利条約に関するアドホック委員会に出席して」ノーマライゼーション障害者の福祉24巻通巻276号36頁(2004年7月)

 日弁連:「個人通報制度の導入と国内人権機関の設置を求める決議」.2019年10月4日
https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/2019/2019_2.html
(参照2021年6月1日)

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