重い障害のある方への「人間ドック」の取り組み

「新ノーマライゼーション」2021年7月号

社会福祉法人旭川荘企画広報室
小幡篤志(おばたあつし)

「生活習慣病は心配だけど、人間ドックを受ける機会がなくて…」。このような悩みを抱える在宅障害者やご家族は多いと思います。社会福祉法人旭川荘では、重度の障害者を対象とした簡易的な「人間ドック」に取り組んでいます。

1.検討の経緯

近年、一般的な病院で実施されている人間ドックでも、車いす等に対応し障害者が受診できるところが多くなっています。しかしながら、特に重度の障害のある方々の中には、一般の病院の設備では対応できなかったり、「周囲に迷惑をかけるのでは」と心配したりして受診を控えてしまうケースや、自覚症状を訴えられないために気が付いたらがんが進行してしまっていた、というケースも多くみられます。

障害者の入所施設では日常の健康管理や定期的な健康診断が行われますが、在宅の障害者は受診機会がそれほど多くないため、このような状況に陥りやすいと考えられます。

旭川荘療育・医療センターの医師は、障害者向けの健康診断や人間ドックを実施したいという共通の思いを持っていました。国内では国立障害者リハビリテーションセンターが重度身体障害者を対象とした人間ドックを実施しているほか、国立施設や自治体にいくつか先行例がありました。これらを調査・見学しつつ、岡山県内の人間ドック実施病院にも相談し、枠組みを検討しました。

その結果、旭川荘が障害者専門病院としてのノウハウを生かして検査等を行いつつ、検査結果の分析や精密検査・治療は一般病院と連携して進める、独自の枠組みの「人間ドック」を2019年4月からスタートしました。

2.人間ドックの内容

(1)実施体制

人間ドックの実施主体である旭川荘療育・医療センターには、重症心身障害児者、肢体不自由児の約400の病床と、在宅の障害者が受診する外来部門などがあり、基本的な診療や検査を行う機能を有しています。医師や看護師の障害者に対する受け入れ経験も豊富です。

しかし人間ドックの経験はなく、また人員配置の制約上、通常の外来診療体制の中で実施する必要がありました。このため、限定的な人数の受け入れから開始することとし、当面は実施日及び受診者数を月1回、1回につき一人ずつに限定して、検査の流れや受診者の反応などを把握し、課題を抽出することとしました。

(2)障害者のための工夫

受診に当たっては、障害の特性を踏まえた工夫をしています。特に知的障害の方は、初めて訪れる診察室やスタッフに戸惑ってしまう場合も多いので、事前に受診者との信頼関係をつくることから始めています。保健師が受診日の1か月ほど前に受診者のもとを訪れ、本人や保護者とコミュニケーションを深めます。あわせて、人間ドック当日は保護者にも同伴していただいています。これによって検査をスムーズにスタートすることができています。

それでも検査室に入ることや採血を嫌がる方もいますが、その場合は検査の順番を変更したり、お気に入りの本を見てもらったりするなどの工夫をしています。

(3)受診項目

人間ドック当日は午前中に、問診、身体測定、採血、検尿検便、心電図・胸部レントゲン、内科・耳鼻科・整形外科・歯科検診を行います。また、オプションとして腫瘍マーカーやBNP、骨密度の検査を用意しています(項目は表1参照)。

腹部X線や内視鏡、乳がん検査など実施できない項目もありますが、一方で、受診機会の少ない障害者のために、一般の人間ドックにはない特別な項目として、耳鼻科、整形外科、歯科の健診を盛り込んでいます。耳鼻科では耳鼻咽頭のチェックのほか、アレルギーの相談も行っています。整形外科では側弯や巻き爪などのチェックを、歯科では移乗用リフトを備えた特別な診察台を使用し、虫歯や歯周病のチェック、摂食・嚥下機能の検査、栄養アドバイスを行っています。

これらの診療科では、異常が見つかった場合に後日治療を受けることもできます。

表1 人間ドックの検査項目一覧

◆標準項目

  • 身長・体重、腹囲、肥満度、血圧測定、視力・聴力検査
  • 血液検査(貧血、肝機能、脂質、血糖、痛風、腎機能)
  • 尿検査(糖、蛋白、潜血)、便検査(便潜血免疫法)
  • 心電図検査、胸部レントゲン検査
  • 内科検診、耳鼻科検診、整形外科検診、歯科検診

◆オプション検査項目

  • 骨密度検査
  • BNP検査
  • 腫瘍マーカー(CA125,HE4,PSA等)
  • ピロリ菌抗体検査、ペプシノゲン検査

(4)結果票の作成

当センターは人間ドックを専門とする医療機関ではないため、診断結果を総合的に分析・評価するノウハウを有していません。このため、測定データや検体を外部の医療機関(淳風会健康管理センター)に送付し、総合的な評価を記載した結果票の作成を委託しています。結果票は約1か月後に医師から保護者に直接お渡しし、検査結果の説明と今後の受診方針、生活習慣の改善などの相談に応じています。

(5)精密検査

当センターでは胃部内視鏡や乳がん・婦人科検査といった精密検査ができないことから、外部の総合病院(川崎医科大学総合医療センター)と提携し、受診者を紹介できる態勢を整えました。同病院の地域連携室に対して検査結果や受診の際の留意事項などを伝達することで、スムーズに受け入れていただいています。

(6)フォローアップ

検査後は、個々の受診者に対して保健師及び医師が電話等によるフォローアップを行い、健康管理に関するアドバイスや次回受診の相談などに応じています。

(7)費用

自己負担額は、標準項目で2万円としています(診療報酬点数に基づく積算)。また、オプションの腫瘍マーカーや骨密度は追加料金(2,200円~4,500円)となっています。

なお、この費用に関して、行政からの補助金等は出ていません。

3.これまでの実施結果

2019年4月の開始以来、8か月間で8人が受診しました(2020年以降は、新型コロナウイルス感染症の流行で休止となっています)。いずれも知的障害または重症心身障害のある人で、住所は4市と広域にわたり、年齢は20代から60代でした。

受診の結果、「異常なし」の方はおらず、5人が要経過観察、3人が要精密検査となっています。うち5人がピロリ菌の陽性、4人が血圧・血糖値の経過観察を要するなど、健常者よりも健康上の懸念が多いように見受けられます。

結果を受けて、提携医療機関での胃部内視鏡検査とピロリ菌の除菌治療につながったケースや、当センターでのアレルギー治療や皮膚科受診を行ったケースもあります。受診機会の拡大という所期の目的は、一定程度果たしていると考えています。

受診者へのアンケートでは、6人が満足、2人がほぼ満足と高い満足度が得られており、「不安が解消された」「また受けたい」などの声も届いています。一方で、2万円の価格が高額であるとして受診をためらう人も多くいますし、オプションの腫瘍マーカーも全員が受けるわけではありません。広く障害者の受診機会を確保し、がんなどの早期発見に結び付けるという目的に照らせば、解決するべき課題はまだ多いと考えています。

7月にはアムステルダムで開催される「国際知的・発達障害学会」(IASSIDD)でオンライン発表を行い、各国有識者との意見交換を行う予定です。

健常者にも障害者にも、等しく「健康長寿」の機会を保障したい。人間ドックを再開するには新型コロナの終息を待つ必要があります。再開後もさらなる改善に努め、行政機関の理解も得ながら、受診しやすい人間ドックにしてきたいと考えています。

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