東京大学大学院新領域創成科学研究科
二瓶美里(にへいみさと)
移動は、ある場所から別の場所へと身体全体を動かすことであり、その目的は買い物や通院、通勤通学などの日常生活の活動から、それに付随した人的交流などの活動や社会参加まで多岐に渡ります。移動活動が阻害されると、それだけではなくさまざまな活動や参加に影響を及ぼします。それゆえ、移動支援機器は日常生活において重要な役割を担います。
移動支援機器には、杖、歩行器、歩行車、車椅子や電動車椅子などの福祉用具が含まれます。こういった機器は、使えば使うほど身体に馴染み、自分の身体の一部のように扱われるようになります。これは、人が機械や環境に合わせて変化する順応性や適応性を有しているからだと考えられます。
近年、この移動支援機器の分野において、ロボット技術や通信技術、IoT(Internet of Things)技術などの進展により、新しい可能性が見えてきました。機械が人の動作をセンシングしてそれに合わせて動作しアシストする技術、人や機械、環境から得られる情報を活用する技術、環境に合わせて制御方法を変える技術などです。これらの技術は、機械が人や環境の変化に合わせて人に適応する技術とも言い換えることができます。
本稿では、近年実用化が進んでいる、これらの人に合わせる技術を紹介します。またこれに加えて、人と場所をつなぐ技術、さらに新しい移動支援技術も紹介します。
下肢筋力の低下や歩行障害がある方の歩行を補助する機器として、下肢関節部にモータ等のアクチュエータを取り付けた外骨格型の歩行補助装具があります。滑らかで自然な歩様を実現するには、身体の運動や筋電などをセンシングして人の歩行相に合わせてモータを制御する技術が必要です。また、筋力等を補うためのアシスト技術は、他の身体部位と調和を図りながら適切に出力を制御することが重要です。この技術はアシスト自転車に用いられていることが広く知られていますが、最近では自動制御機能付き歩行器(センサを用いて歩行者の状態を判別し、適切な補助を行うアシスト歩行器)やアシスト車椅子(ハンドリムを漕ぐトルクを検出し、駆動トルクを電動でアシストする自走用車椅子)などにも応用されています。
電動車椅子の遠隔操作機能は、スマートフォンの端末からBluetooth通信などを用いて車椅子を操縦する機能です。離れた位置に置いてある電動車椅子を近くに移動させたり、トイレなどへの移乗後に車両の向きを変えたり、個室から車椅子だけを外に出したりすることができます。また、IoT技術の発達により、操作や走行履歴を活用することができるようになりました。インシデントマップや部品の修理などのトレーサビリティ管理への応用、バイタル情報に基づく負荷等の個別調整への応用も期待されます。
移動支援機器には環境に適合する機能も求められます。最近の高機能電動車椅子には、5cm程度の段差を走破したり路面振動を抑制する機能が付加されています。また、iBOT®PMD(MOBIUS MOBILITY)は2組の駆動輪を回転させる方法での階段昇降や、2輪倒立制御による搭乗者の高所へのアプローチ、砂浜や砂利、荒れ地走行にも対応しています。
屋内外の位置情報を取得する技術として、屋外ではGPS(Global Positioning System)、屋内では近距離通信が可能なWi-Fi、ビーコン等による測位技術があります。これらの情報通信技術を活用することで、さまざまなサービスへの応用が可能です。例えば、屋外における歩行空間ネットワークが整備されれば、目的地までの最短ルートの検索、車椅子利用者のための段差の少ないルート選択などが実現できます。公共交通と連携して遅延情報を取得することや、利用者側から乗車意思などを伝えることも可能となります。小型で長時間使用できるGPS通信デバイスの普及により、一人で外出することに不安のある子どもや高齢者等の位置情報を用いて家族がスマートフォン等により見守りをする安全支援システムも運用されています。屋内においては、携帯端末等の情報を用いた歩行ナビゲーションや、人の往来情報を用いた場所や空間の混雑状況の情報提供なども行われています。
次に、研究開発途上にある、これまでの移動支援機器の枠には収まらない3つの技術を紹介します。
自動車の自動運転技術が進展するのと同様に、パーソナルモビリティの分野においても自動運転の技術開発が進められています。車両が連なって走行する追従機能や混雑状況に応じた速度制御、障害物を回避・停止する安全技術、走行ルートを探索し走行可能領域を判別する技術など運転支援技術から完全自動運転まで、さまざまな技術開発が行われています。これらの操作をしない自動運転技術の実現は、身体に障害のある方や視覚障害のある方など、これまで車両操作が困難だった方の移動に希望を与えるものです。
また、ドローン技術の発展により、空飛ぶ車や一人乗りドローンの開発が進展しています。一人乗りの空飛ぶ乗り物は、段差や階段などの環境的なバリアを解消する究極の乗り物です。現状では、屋外用のいくつかのプロトタイプが開発され、試験飛行などが行われています。空飛ぶ椅子は、移動支援機器の究極の形ではないでしょうか。
一方、VR(バーチャルリアリティ)技術によって移動の先にある活動や経験、人的交流などの社会参加を実現する試みが行われています。例えば、360°の景色や音を体験するVR旅行では、物理的な障壁や移動の制限等により行けなかった場所へ、HMD(ヘッドマウンテッドディスプレイ)を通して行くことができます。アバターやヒューマノイドロボットを介したコミュニケーションもまた、身体や移動の制約を解放する方法です。
さまざまな技術を活用して、障害のある人も含め人は速く・遠くに・安全に行くことができるようになりました。一方で、新しい技術を活用するためには法制度や個人情報やプライバシー、倫理、安全性、事故リスク、保険制度等の大きな課題もあります。また、それらの課題を含めて社会がその技術をどのように受け入れるのか、技術受容性の面からも議論が必要です。一人ひとりが思い描く未来を実現するには、これらの課題を社会全体で考え議論していく必要があります。これらの開発途上の技術は、時間はかかるかもしれませんが、議論を進める中で本当に必要な機能が取捨選択され、洗練され、いつかは社会に受け入れられていくこととなるでしょう。
ところで、技術は一見、移動が困難な人を支援するために開発者が発展させてきたように見えますが、私はそうではないと思います。移動支援技術は手段で、最も重要なのは、何かをしたいというモチベーションです。どこに行きたいのか、誰に会いたいのか、何をしたいのか、ワクワクするその意欲や期待が、技術や社会を理想的な方向へ発展させる支援(原動力)となるということではないでしょうか。