聴覚障害者の移動をサポートするアプリ等について

「新ノーマライゼーション」2021年8月号

一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会
小川光彦(おがわみつひこ)

1.聴覚障害者の安全の保障を!移動中のトラブル

聴覚障害者が困る場面で特に多いのは、移動中のトラブルです。困ることを尋ねるさまざまなアンケートで、ほとんどの場合上位に現れます。

ただ平衡機能障害等を除けば、聴覚の障害単独では運動機能に影響することは少なく、副次的に起きる情報障害が困りごとの中心になります。補聴器や人工内耳の効果には限界があります。トラブルによる電車遅延等の案内が音声情報だった時や、コミュニケーションが必要になった時等、本人の能力、努力だけでは解決が困難な場面が多々あります。

2006年に「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」改正(以下、改正バリアフリー法)に伴い、鉄軌道、バス、船舶、航空機内や構内等には視覚情報を提供する設備を備えることが明記されましたが、各社とも実施の状況はまちまちです。特に切実に必要な、運行中のアクシデント情報を表示する設備は、現在もほとんどない状態です。

国土交通省では法に基づく基本方針における整備目標の見直しを行い、次期目標では聴覚障害についても「見える化」の推進に留意することとしています。同省のバリアフリー状況チェックの項目に、こうしたアクシデントに関わる情報を提供するシステムも取り入れられるよう、働きかけを強めていきたいと考えています。

ここでは移動中のトラブルについて、重度難聴の筆者の視点で効果があると思われるスマートフォン(以下、スマホ)用アプリ等を取り上げます。スマホのOSにより、使えるアプリはまちまちですので、Android、iOSのどちらのOSでも使える、無料のアプリを中心にご紹介します。

いずれも周囲の安全に気をつけて利用する必要があります。

※各アプリについては利用条件をご確認の上、Google play(Android系)、App Store(iOS系)でダウンロードしてお使いください。

2.移動に関するアプリ

移動中、特に不慣れな交通機関等を利用している場合は運行情報、位置情報が役に立ちます。近年大都市を中心に、駅やバスの停留所等での視覚的な電光掲示等が増えてきています。

しかし、乗り物内ではまだまだ不十分です。特に改正バリアフリー法以前に作られた古い車両では対応していないものが多いです。設備や車両の更新も急がれます。

このような場合に、GPSを利用して現在地の位置情報が取得できるマップ系のアプリが利用できます。Android・iOSのスマホでともに使える「Google マップ」等の地図アプリがあります。歩行時および、自転車等の車両乗車時にも役立ちます。

他の車両位置情報や事故などのアクシデントに対応できるアプリとしては、各交通事業者がそれぞれ提供している運行情報アプリがあります。

例 都営交通アプリ
https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/pickup_information/app.html

QRコード:都営交通アプリ

これらが総合的に利用できる、Yahoo!乗換案内やNAVITIME等のアプリ(一部有料)もあります。

3.コミュニケーションに関するアプリ

聴覚障害者のコミュニケーションの状況はまちまちですが、特に重度難聴で音声でのコミュニケーションに困難を抱える聴覚障害者の場合、人的サポートが必要な場面で困ることがあります。有人の窓口で乗車券を購入する時や問い合わせ等、近距離に支援者がいる場合は筆談してもらえることもあります。

こんな場合にスマホで使える筆談系や音声認識系のアプリが各種あります。スマホの操作が苦手でも、簡単に手書きできるアプリや、音声認識で文字表示できるアプリ等が各種あります。

例 声で筆談
※Google play(Android系)、App Store(iOS系)でダウンロードしてお使いください。

しかし無人の窓口や、端末のインターホン越しにコミュニケーションするケース等で困ります。国土交通省によると全国に9465ある鉄道駅のうち、一日中駅員がいない無人駅は4564駅(2020年3月末時点)になるそうです。有人駅でも、無人の改札口や無人になる時間帯もあります。これは非常停止ボタンのインターホン等でも同様で、安全の確保や利便性に大きな支障が生じます。当事者と事業者、国土交通省の間で解決することが求められます。

4.緊急事態に関するアプリ

聴覚障害者も移動先でトラブルに巻き込まれる恐れがあります。特に交通事故や事件、急病や事故、火災や海難等の際は110番、119番、118番への緊急連絡が必要になります。20世紀末までは、電話の困難な聴覚障害者が使えるのは、FAXによる警察や消防署への連絡だけで、移動中の連絡は聞こえる人に頼るしかありませんでした。

近年電気通信技術の進展で、文字で通報可能なシステムが登場しています。アプリやウェブ機能を使って、聴覚障害者でもより確実に通報できるようになっています。

(1)110番アプリシステム(警察庁)

スマホを利用して、全国どこでも文字や画像で警察へ緊急通報が可能なシステムです。聴覚障害者など、音声による110番通報が困難な方が警察に通報するためのものです。Google play(Android系)、App Store(iOS系)から無料でダウンロードできます。

文字を用いたチャット方式による110番通報ができます。また、その際、写真を撮影・送付することができます。利用には事前登録が必要です。110番アプリの事前登録画面を開き、案内される手順に従い事前登録してください。

(2)Net119(消防庁)・NET118(海上保安庁)の緊急通報

同様に、音声による通報が困難な方が緊急通報するための補助手段として、各消防本部のNet119、海上保安庁のNET118があります。110番アプリとは異なり、スマホのウェブ機能を使います。

1.Net119は、登録した各都道府県の消防本部へ緊急通報が可能です。まず「救急」「火事」の別を通報し、テキストチャットで詳細を確認する仕組みとなっています。今後全国的に統一される見込みです。

申し込み方法は地域により異なります。お住まいの自治体の実施状況は、総務省消防庁のサイトでご確認ください。

Net119緊急通報システム
https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/kyukyumusen_kinkyutuhou/net119.html

QRコード:Net119緊急通報システム

2.文字入力で海上保安庁への緊急通報が可能なのがNET118です。操作はNet119とよく似ていますが、全国共通のシステムです。利用には事前登録が必要です。

entry@net118.jp に空メールを送信すると、登録用メールが返ってくるので、案内される手順に従い事前登録してください。

これらの緊急通報アプリには、それぞれ練習用の画面もあります。なお、(1)と(2)いずれの方法も、文字入力するよりも音声の応答の方が早いので、音声による通報が可能な方は音声で通報しましょう。

(3)電話リレーサービス

今年7月1日から、法律に基づいて実施される電話リレーサービスの提供が開始されています。聴覚や発話に障害のある方が、手話通訳オペレータや文字オペレータを介して電話をかけることにより、通話相手との意思疎通を可能とするものです。

以前は電気通信事業法のしばりがあり、警察や消防、海上保安庁への緊急通報は音声の電話に限定されていましたが、「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律(令和2年法律第53号)」による法改正で、電話リレーサービスによる緊急通報が可能になりました。その他、24時間365日の対応や通話の相手方との双方向の発信が可能になっています。仕組みや登録方法は、次のサイトをご参照ください。

電話リレーサービス(総務省)
https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/telephonerelay/index.html

QRコード:電話リレーサービス(総務省)

電話リレーサービス登録方法(アプリでの登録)
https://nftrs.or.jp/register/

QRコード:電話リレーサービス登録方法(アプリでの登録)

menu