アイルランドにおける障害者施策づくりをめぐる最近の動き

法政大学名誉教授 松井亮輔

はじめに

アイルランドは、2018年3月に障害者権利条約を批准し、2021年11月に同条約の国内実施状況にかかる初回の締約国報告を国連障害者権利委員会に提出している。同条約批准に向けての準備過程で、同国政府は、障害者の権利とインクルージョンを促進するため2つの新しい政策枠組みを策定している。1つは、「障害者総合雇用戦略2015-2024」(CES)で、障害者の雇用へのアクセスを拡大するための政府全体のアジェンダとして策定された。もうひとつは、「国家障害者インクルージョン戦略2017-2021」(NDIS)で、障害者のニーズを充足するため公的サービスを統合的に提供するといったより広い平等とインクルージョン問題に対処するものである。これらの政策枠組みは、障害者ステークホルダーグループおよびより広い市民社会と協議しながら策定された。これらの両戦略の実施のためのモニタリング機構には、障害者ステークホルダーが含まれる。

以下では、これらの戦略についてそれぞれの概要を紹介することとする。

1. 国家障害者インクルージョン戦略2017-2021(NDIS)とその策定プロセス

戦略の策定

この戦略の策定は、2015年に国家障害者庁(NDA)および省庁間グループと一緒に司法・平等省が、障害当事者へのサービス提供、住宅、保健、雇用、交通機関および教育といった主要分野について勧告を行う機会を提供するための協議プロセスを開始することではじまった。この協議は、つぎの3つのフェーズで行われた。

・フェーズ1: このフェーズは、2015年半ばに開始され、まず障害者、その家族および障害者団体に同戦略でカバーされる政策分野の提案に関するヒアリング(オープンコール)を実施。この戦略に含めることで合意されたテーマは、教育、雇用、保健・福祉、本人中心の障害者サービス、住宅、交通機関およびアクセシブルな場所、平等および選択ならびに統合的サービスである。

・フェーズ2: この段階の目的は、フェーズ1で特定された各テーマの下での具体的な目標の特定と合意である。NDAにより準備された暫定的な一連の目標のうち、障害者、その家族および障害分野の関係者が、つぎの4年間での達成を望む優先目標について特定することが求められた。この協議は、2015年末にいくつかの地方での会合で行われたほか、書面でのコメントやオンラインでコメントを提出する機会が与えられた。

・フェーズ3(2016年9月~12月)では、フェーズ2で出された各目標達成のための明瞭かつはっきりとわかる行動の特定に焦点が当てられた。このフェーズに引き続いて、戦略の修正案が、障害者ステークホルダーと協議のうえ、政府高官により準備され、2017年5月30日に承認をうるため政府に提出された。

国家障害者インクルージョン戦略ステークホルダー(NDISSG)は、主要省庁、国家障害者庁および障害者ステークホルダーグループ(DSG)から構成される。NDISSGの議長は国務大臣で、司法・平等省がこのグループの事務局を担当する。

モニタリングと実施

同戦略では、各テーマと目標の下での主要な行動が設定され、実行のための時間枠とともに担当する関係省庁が示されている。行動が分野横断的または省庁横断的である場合には、先導役となる省庁と責任を共有する他の省庁も特定される。それに加え、必要な場合には、省庁の権限下にある部局を通してとられる行動も含む、同戦略は、定期的に見直される。進展につれて最初の一連の取組みに追加および修正が入るので、絶えず更新される文書と見なされる。

NDISSGは、毎年の作業計画に基づき、同戦略の実施をモニターするため、年間4回または国務大臣の指示に応じて会合を行う。省庁は、諮問委員会を通して地方レベルでの同戦略の関連行動の実施およびモニタリングもすすめる。各会合に先立って、これらの諮問委員会は、NDAに進展報告を提出する。そして、NDAは、主要なテーマや問題の特定を手助けするため、受け取った情報に基づき、報告資料を作成する。

なお、紙幅の関係で、同戦略のテーマのうち、具体例として、政策と公的サービスの統合化に限って紹介する。

○政策と公的サービスの統合化

障害児・者に統合的サービスを確保するため異なる公的サービス当局が協働する。

行動 担当省庁  時間枠
教育・技能省および保健省が保健サービス部と一緒に地方レベルで障害児のためのサービスの調整・改善を促進するための地方保健・教育フォーラムについて検討する。必要に応じて既存の地方の機関間のネットワークとリンクする。 教育・技能省(共同先導役)保健省(共同先導役)保健サービス部   2018年第2四半期

障害児および若年障害者が人生の一段階から次の段階に円滑に移行するために支援される。

行動 担当省庁  時間枠
省庁および部局横断的取組みをベースに教育内外への円滑な移行を促進するため、これまでに完了した作業をさらに発展・進展させるための最善策を考慮する。 教育・技能省(共同先導役)保健省(共同先導役)保健サービス部 子ども・若年者省関連部局  2017年第4四半期

公的サービスの企画・構想、サービス提供および評価に障害者およびその代表者と公的サービス(当局)が積極的にかかわる。

行動 担当省庁  時間枠
省庁および部局は、諮問委員会および/または他の適当なフォーラムを通して障害者と積極的にかかわる。 全省庁司法・平等省国家障害者庁  継続中
国の運営グループは、この戦略での行動に関連する時間枠をつくる。    
障害関係者と協議して戦略の中間レビューを実施する。    
主流のサービス構想および評価に障害者と一緒に早期にかかわる文化とプロセスを組み込む。 全省庁  継続中

2. 害者総合雇用戦略2015-2024(CES)の主な内容とその実施

同戦略は、1.ビジョン、価値観および戦略的優先順位、2.根拠とコンテキスト、および3.戦略の実施、から構成される。以下では、戦略的優先順位の具体的な内容および同戦略の実施を中心に紹介する。

戦略的優先順位

戦略的優先順位としては、つぎの6つが掲げられている。

①技能、能力および自立を確立すること。
②労働への架け橋および支援を提供すること。
[(注)保護雇用(福祉的就労)から職業訓練または一般雇用への移行支援については、この項で言及されている。その担当部局は、保健省保健サービス部で、職業訓練または一般雇用への(障害者の)移行率は、2016年25%、2017年50%、2018年25%とされる。つまり、計画上はこの3年間で保護雇用されている障害者は全員、職業訓練または一般雇用に移行することが想定されているようにみえる。]
③労働を報われるものにすること(Make Work Pay)。
④職業の維持および再就職を促進すること。
⑤よく調整されたシームレスな支援を提供すること。
⑥事業主を関与させること。

戦略の実施

○3年間の行動計画

同戦略は、3年ごとの一連の行動計画を通して実施される。最初の行動計画は、戦略と一緒に公表される。行動計画の期間中、個々の計画が完了するとつぎのステップが開始されるというように、継続的に深化が図られる。3年間隔で新しい行動計画が、つぎの3年間にわたり実施される。

実施とモニタリング機構

政府は、障害者総合雇用戦略(CES)を完全に実施することを約束している。その実施は、以下のことを含む、重層のモニタリング枠組みにより支援される。

  • 省庁内および省庁横断的な合同問題解決を通して行動を実行すること。
  • 重要な達成目標および時間枠の遵守を含む、3年間の行動計画の具体的な措置にかかる進展(状況)の詳細な評価および報告
  • 省庁および部局が取り組んだ具体的な行動について関連省庁の障害者諮問委員会による毎年のレビュー
  • 進展(状況)を独自に評価し、実施を手助けするための国家障害者庁(NDA)による定期的な助言報告書
  • 全体の進展状況および分野横断的な問題についてCES実施グループによる毎年のレビュー
  • 特定の年の関連行動は、その年の(主流の)「職業のための行動計画」に含まれ、その機構を通してモニターされ、報告される2つの内閣小委員会への毎年の実施報告

実際の実施
実施の責任

個々の省庁および部局が最初の行動計画策定にかかわった行動および戦略のもとでつくられた、それに続く3年間の行動計画を実施する責任を担う。これらの行動は、障害者に関する政府高官グループおよび必要に応じて別に設置される省庁間フォーラムを通じて調整される。

実行のモニタリング

「障害者(施策)調整」を担当する国務大臣が、行動計画における行動の実行および行動計画の定期的なレビューおよび更新の確保の責任を担う。CES実施グループ議長として同大臣は、戦略の実施をモニターし、困難が生じた場合には、実行可能な解決策を見出すよう実施グループと協働する。同大臣は、社会政策・公的サービス改革小委員会に(戦略の)進展状況について毎年報告書を提出する。

主流の「職業のための行動計画」への行動のインクルージョン

この戦略の下での具体的な行動は、雇用を促進するために一定の年にとられる行動について詳述する、職業・企業・革新省により調整される毎年の政府の「職業のための行動計画」に含まれる。同行動計画の一部を構成するCES戦略は、同行動計画の実行をモニターするための主流の機構を通して報告される。これは経済復興・職業内閣小委員会への報告書に含まれる。

具体的なモニタリング・プロセス

毎年、実施グループ議長は、各政府省庁および部局に現在までの経過に関する情報を求める文書を発出する。すべての行動は、行動計画で示された主要な達成指標および時間軸に従ってモニターされる。報告書は、行動、成果およびインパクトに関するデータおよび次のステップに向けての進展状況を含む、標準的なテンプレート(定型書式)に従って作成される。

進展(状況)報告は、省庁の行動の経過をレビューし、次のステップについて助言する省庁障害者諮問委員会により検討される。その代表組織を通して障害者が、行動(計画)の詳細を検討する機会を持つのも、これらの諮問委員会を通してである。

CES実施グループは、毎年全体の進展(状況)をレビューするとともに、省庁間の問題や新たに生じる戦略的な重要問題をレビューする。確立された慣行に従って、NDAは、同グループに対して検討のための重要な問題を提起する、独自の助言報告書を提出する。CES実施グループによる検討(結果)は、継続する実施にフィードバックされる。そして、障害者(施策)調整を担当する大臣は、社会政策・公的サービス改革に関する内閣委員会に報告する。

レビュー

CES戦略は、同戦略の最初の3年間をカバーし、同戦略および引き続いての措置が形成される基礎となる最初の行動計画にあわせて公表される。行動計画は、特定の作業段階が完了し、次のステージが始まるにつれて、(新たな要素が)付加される。したがって、それは絶えず更新される文書である。最初の3年間の行動計画実行全体のレビューは、引き続く3年間の次の行動計画準備の参考とされる。10年間にわたりおよそ3年ごとに2つのこうしたレビューが行われる。

国家障害者庁(NDA)

政府に対して障害者政策および実践について専門的助言を提供する独立の国家機関としての役割から、NDAは戦略期間中次のような業務プログラムに携わる。

  • 3年の行動計画で設定され、それに同意した具体的な行動を実行する。
  • 省庁障害者諮問委員会に参加する。
  • 独立した専門機関として行動に関して省庁に助言したり、手助けをする。
  • この戦略の政府外の事業主や労働組合の団体といったパートナーと関わりあう。
  • 戦略の実施に関して大臣や司法・平等省に助言する。
  • 行動計画実施の毎年のモニタリングおよび定期的レビューを手助けするための助言文書を準備する。
  • 障害者雇用の達成(状況)をモニターするための統計作成について中央統計局およびその他と連絡する。
  • 省庁間で討議したり、根拠のレビュー、助言を行うために障害者と協議する。
  • 困難な問題に対して実行可能な解決策を見出すのを援助するため、誠実な仲介者として行動できるようにする。
  • 2005年の障害者法第5部に基づき、公共部門での障害者の雇用について毎年同法で定められたモニタリングを行い、必要に応じてそのフォローアップアクションを行う。
    [(注)同障害者法により、公共セクターのみに課せられている法定雇用率を現在の3%から2024年までに6%に引き上げる、とされる。]
  • 根拠に基づくアプローチで、同戦略と関わり続けるため、雇用問題について研究を行う。

雇用成果のモニタリング

10年間にわたる障害者の就業率で達成される進展を、中央統計局により収集される全国雇用統計を活用してモニターする。障害者雇用の進展は、一般労働者の雇用で達成された進展とも比較し得る。主なデータ源は、5年ごとの国勢調査および3か月ごとの全国世帯調査(QNHS)である。
[(注)障害者の就業率を現在の22.3%から2021年(国勢調査)までに25%に、さらに2026年(国勢調査)までに33%に引き上げることが目標とされる。]

おわりに

日本では、2020年10月以降、障害者雇用・福祉施策の連携強化に関する検討会で障害者雇用・福祉施策の見直しに向けての検討が行われ、2021年6月にはその報告書が公表されている。また、次期の障害者基本計画(2023年度~2027年度)の策定作業が、内閣府の障害者政策委員会で現在行われている。

こうした日本国内での障害者施策の見直しや、あらたな施策の策定をすすめるうえで、ここで紹介したアイルランドにおける取組みは参考になると思われる。

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