「障害とマンガ」の多様な関係~作品・ジャンル・読者層~

「新ノーマライゼーション」2022年1月号

京都精華大学マンガ学部 教授
吉村和真(よしむらかずま)

一口に「障害とマンガ」というと、目新しい組み合わせに感じるかもしれない。だが実際は、かつての名作から近年の話題作まで、障害を題材にしたマンガはさまざまに存在する。最近でも、弱視のヒロインが登場するテレビドラマ「恋です!」の原作、うおやま『ヤンキー君と白杖ガール』が人気を博したことは記憶に新しい。これらのマンガを介し、文字どおり「目に見える形」で、障害者やその周囲が抱える実情が広く社会に発信され、障害に関する理解が深まるケースも少なくない。

そこでこの小文では、障害をテーマとしたマンガ作品を年代に沿って概観するとともに、あるジャンルに見られる特徴や障害者向けの取り組みを紹介しながら、「障害とマンガ」の多様な関係について考えてみたい。

障害を描いたマンガたち

障害を本格的に扱ったマンガの筆頭は山本おさむの作品だろう。米軍基地から伝染した風疹で聴覚障害となった沖縄の子どもらが硬式野球部をつくり、甲子園大会の予選参加を目指す『遥かなる甲子園』(1988:以下、初出年)、重複障害児と保護者たちの日常やそれを取り巻く社会環境を多面的に描いた『どんぐりの家』(1993)など、ノンフィクションの原作や自身の取材に基づいた丹念かつ迫真の描写に、多くの読者が涙した。

2000年代には、『スラムダンク』で知られる井上雄彦が車椅子バスケットボールを題材にした『リアル』(1999)、自閉症の少年とその母親とのやりとりを克明に描いた戸部けいこ『光とともに…~自閉症児をかかえて~』(2001)、インターセクシャルの人たちの心理や環境を複眼的に綴った六花チヨ『IS~男でも女でもない性~』(2003)など、長期連載の作品が相次いだ。

さらに2010年代には、あまり知られていない症例も含め、多様な障害が描かれてきた。ここでは学園ものから2作品を選び、少し詳しく紹介しよう。

大今良時『聲の形』(2011)は、聴覚障害の少女と健常者の少年との繊細な関係を描いた少年マンガだが、特筆すべきは『週刊少年マガジン』というメジャー誌に掲載され大ヒットしたことだ。『このマンガがすごい!2015』の「オトコ編」第1位に輝き、劇場版アニメも上映。また、縦半分に割った文字で聴こえにくい声を表現したり、話相手の顔面に大きな「×」を付けて閉ざした心の内を伝えたりと、マンガならではの手法も注目された。

押見修造『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(2013)は、吃音症に悩む女子高校生が主人公だが、モデルは作者自身である。映像とは異なり、マンガを読むスピードやテンポは読者に委ねられるため、「間」が生じる吃音の表現は描き手の力量が問われる。本作はそこに成功しており、例えば、主人公が勇気と声をふり絞りながら教室で自己紹介する場面では、こちらも息が詰まりそうなほどのリアリティがある【画像1】。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で画像1はウェブには掲載しておりません。

なお、近年の動向として、ブラインドマラソンを扱った原作/香川まさひと・作画/若狭星『ましろ日』(2017)、義足の女子高生が陸上に取り組む重松成美『ブレードガール 片脚のランナー』(2018)など、パラスポーツものが増えている。ここには東京パラリンピック招致の影響も見て取れるが、この流れが一時のブームで終わるのか今後も継続していくのか、社会的関心事としての障害者スポーツの定着度が問われることになるだろう。

エッセイマンガとの相性の良さ

他方、2000年代には、障害や病気を扱うマンガが集中的に増えたジャンルがある。それはエッセイマンガ、すなわち、漫画家本人やその周辺の日常生活について描いた実録マンガのことである。

有名なところでは、細川貂々『ツレがうつになりまして』(2006)、沖田×華『毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で』(2012)などがあるが、近年では、モンズースー『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』(2016)のように、障害児を抱えた家族の体験記も目立つ【画像2】。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で画像2はウェブには掲載しておりません。

このエッセイマンガと障害との相性の良さを示すポイントを3つ指摘しておこう。第一に、身近で起きた具体的なエピソードが基本となるため、読者にも役立つ情報が多いこと。第二に、ストーリーマンガに比べて絵柄が簡素で頁数も短いため、重い話題でも重くなり過ぎないこと。第三に、単行本がマンガ専門ではなく一般向けの棚に並ぶことが多いため、普段はマンガを読まない層にも届きやすいこと。要は「マンガで描かれた大人向け情報誌」のような存在というわけだ。

加えて2010年代には、Twitter等のSNSで、個人が手軽に情報を発信できるようになったため、プロだけでなく、アマチュアや初心者のエッセイマンガの描き手も増えた。中には自分や家族の悩みを吐露するような内容も少なくない。しかも2019年以降、電子版のほうが出版物よりもマンガの販売金額に占める割合が上回っており、コロナ禍の影響もあって、この差はますます広がっていくと予想される。

このようにエッセイマンガは、障害に対する世間の関心や共感を高めると同時に、障害を抱える家族からの情報発信や自己表現としての役目も果たしている。身体障害に精神障害、知的障害、さらには稀有な難病など、多様性と奥行きのあるそのラインナップにぜひ触れていただきたい。

「LLマンガ」という試み

以上、作品やジャンルについて述べてきたが、「障害とマンガ」の関係を考えるうえで、別に紹介しておきたい事柄がある。それは「LLマンガ」という、筆者自身が直接関わっている試みのことである。

一般的に「マンガはわかりやすい」と思われている。「マンガでわかる○○」のような、学習マンガや情報マンガが数多く存在するのはその証拠だろう。だが実のところ、マンガは決して簡単な読み物ではない。変幻自在なコマ割り、多種多様な吹き出し、独特な擬音語・擬態語、登場人物の役割に応じた話し方など、マンガには複雑な文法というか暗黙の約束事がいくつも存在する。

それでも「マンガはわかりやすい」と思ってしまうのは、私たちがマンガの読み描き能力=マンガリテラシーを幼い頃からほぼ無意識のうちに身に付けているためである。ただし、この場合の「私たち」に障害者は含まれていない。なぜなら、既存のマンガはおよそ健常者を宛先に制作されてきたからである。

ところが、知的障害者や自閉スペクトラム症の人でも読みやすい「LLブック」という媒体が北欧で流通している事実を知った筆者は、そのマンガ版となる「LLマンガ」の制作に取り組むこととなった。その具体的な経緯や成果は、拙共著『障害のある人たちに向けたLLマンガへの招待―はたして「マンガはわかりやすい」のか』(2018)にまとめている。そこに掲載した「LLマンガ」が通常のマンガとどのように異なるのか、現物をご覧いただければ幸いである【画像3】。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で画像3はウェブには掲載しておりません。

こうした取り組みを重ね、従来の「障害のことがわかるマンガ」だけでなく、「障害者にもわかりやすいマンガ」が、少しでも世に広がることを願ってやまない。読者層の多様性という意味でも、「障害とマンガ」は新たなシーンを迎えつつある。

menu