1.ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況

寺島 彰
浦和大学総合福祉学部 教授

講演

スライド1
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド1(図の内容)

皆さまこんにちは。お忙しいところ来ていただきましてありがとうございます。私は、炭谷先生の話をうけまして、ソーシャルファームを実際に見学した状況についてお話しをします。

スライド2
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド2(図の内容)

最初に、これからレジュメに出てきます用語について、ご説明させていただきたいと思います。まず、CIC(キック)というものがあります。これは、コミュニティ利益会社というもので、2005年に導入されました社会的企業の設立促進を目的とした新しい企業形態です。これからご紹介する社会的企業は、このキックが多いです。この特徴は、株主の利益の配分の上限があるものの、株式を発行して利益を株主に配分という点です。また、会社登記にあたって会社の活動がコミュニティの利益にかなっているかということなどCIC監察局の審査があります。そういった企業の形態です。

スライド3
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド3(図の内容)

英国の社会的企業には特別な法的枠組みがあるというわけではありません。社会問題とか、環境問題の解決を目的としながらも収益事業に取り組んでいる、そういう企業を社会的企業と呼んでいます。具体的にどのような企業形態をとっているのかというと、大きく4つあります。

1番目は、CLGと呼ばれる保証有限責任会社です。例えば、多くのチャリティー団体はこの企業形態で、社会的企業を運用しています。

2番目に、株式会社です。これは普通の株式会社ですので、チャリティーの資格を取得できず社会的企業向けの融資を受けられません。

3番目は、産業・共済組合、すなわちIPSと呼ばれる組合です。これは組合ですので、組合員の出資による事業体です。

4番目は、先ほど言いました一番新しいコミュニティ利益会社、CICです。

この4つの企業形態を社会的企業はとっています。

スライド4
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド4(図の内容)

ソーシャルファームは、英国では社会的企業の1つの形態で、CIC(キック)の種類としては5つくらい想定されています。

例えば、①番は、保育、高齢者介護、低家賃の住宅サービスです。

②番が、通常の営利企業であるけれども、社会的弱者を積極的に雇用する会社。

③番が、フェア・トレイドを行っている会社。

④番が、チャリティー団体が設立する会社で、利益の全てがチャリティーに還元されるもの。

⑤番が、スポーツ施設の管理運営等の会社です。

ここでいうと、②番目にあたるのがソーシャルファームです。通常の営利企業でありますが、社会的弱者を積極的に雇用します。そのようなものをソーシャルファームとよんでいるわけです。これは英国の一般的な定義です。

スライド5
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド5(図の内容)

先ほどの炭谷先生の講演の中にも、EUにはソーシャルファームなどの企業を支援するシステムがあるというお話がありました。それは、一般的にWISE(ワイズ)とよばれておりまして、労働統合型社会的企業(Work Integration Social Enterprise)です。労働市場から排除された低技能の就労困難者、例えば、失業状態にある若者とか障害者とかシングルマザーなどに就労・訓練機会を提供するということを目的とする事業体です。EUおよびその加盟各国は、こういったWISEに対して支援をしています。グラントがあって、資金の援助とかそういうものをやっています。英国の特徴としては、社会的企業に対しては基本的に行政的な支援はないという点で、ソーシャルファームを含めて、社会的企業に対して資金援助はありません。そこが特徴です。しかし、ドイツなど初期投資の部分に行政からの資金的援助があったりするわけですが、英国は、そういうものがないのが特徴です。ただ、それでもEUからの支援はありますので、ソーシャルファームはWISEに相当しますので、EUに申請をして資金を得ている企業は多いです。英国政府からはもらってないけれども、EUからはもらっています。そのような構造になっているというのを最初にお知らせしておきます。

スライド6
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド6(図の内容)

具体的に見学いたしました社会的企業です。英国ではソーシャルファームとソーシャルエンタープライズをほとんど区別していません。おたくは、ソーシャルファームですかと尋ねるとそうだと言うし、ソーシャルエンタープライズかと聞いてもそうだと言います。要するにあんまりはっきり区別をしていません。当然そうかもしれません。ソーシャルファームはソーシャルエンタープライズの中の1つだととらえていますので、両方だと答えているのかもしれません。あるいは、区別しないで用いているのかもしれません。

バイクワークスは2006年に設立されたコミュニティ利益会社(CIC)です。もともとは発達障害児などに音楽を教えていたとのことです。しかし、英国では福祉改革が進んでおりまして、発達障害児の音楽訓練の委託料が少なくなって自転車販売を始めたということです。現在は、ジョブセンタープラスという、職業安定所のような機関からの委託で刑務所を出所した人や、ホームレスの人などの訓練をしています。事業収入は全体の収入の80%くらいで、残りは他の企業などのスポンサーからの支援であるということだそうです。先ほど申し上げましたCICの場合は、そうした企業からの支援を受けられるので、それで20%くらいカバーしてとんとんになっているということです。ただ収益は上がっていて倍々ゲームで成長しているそうです。支援には寄付以外にも会計の専門家などの派遣も含まれています。例えば、こうしたCICに対しては、銀行から財務の専門家が来て財務状況を調べたり、あるいは、それに対して助言を与えたりということも含めて支援があります。ただ、行政機関からの資金的な援助はないということです。

スライド7
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド7(図の内容)

外観です。今日は視覚障害の方がおられるので申し訳ありませんが、写真で説明させていただきます。なるべく口頭で説明を加えます。普通の自転車屋さんのようなところです。

スライド8
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド8(図の内容)

入ったところには自転車が置いてあって、手前は新品の自転車、奥まったところに中古の自転車が置いてあります。右の方に自転車の部品が置いてある。まるで自転車屋さんです。

スライド9
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド9(図の内容)

その横に作業場兼訓練所がありまして、たくさんの中古自転車が置いてあります。それを修理して再生させるための訓練をしています。職業安定所いわゆるジョブセンタープラスからの委託によって訓練生を受け入れています。ただし、全員受け入れるわけではなくて最初の10日間でヤル気があるかとか評価をするらしいのですが、それに合致すれば訓練を続けます。最終的には自立できるくらいまで育成します。

スライド10
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド10

次の写真は、刑務所を出られた方々に対して訓練をしている様子です。自転車の修理を中心にやっています。

スライド11
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド11

中古の自転車はどこから入手するかということですが、英国ですから、ママチャリはありません。結構いい自転車が多いです。この自転車をどうやって獲得するかというと、自転車業界は年に1回、中古の自転車を下取りして新品の自転車を買ってもらうという自転車販売キャンペーンをやるそうです。その時に、その下取りした中古自転車をもらってくるそうです。日本のように放置自転車ではありません。個人がずっと所有していたものですので物がいいです。

スライド12
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド12

それから、ここは別棟の工場です。

スライド13
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド13

その中には、同じような作業場があります。これは一般にも開放されていて、週に2日とか、コミュニティの人たちが自分の自転車を修理に来ることができる日も設けているそうです。

スライド14
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド14

自転車には、こういった証明書がついていて、これは誰がどのように修理したかというような履歴まで残っているカードで、どういう自転車かまで分かるようになっているそうです。

スライド15
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド15

以上がバイクワークスです。お店としては、3つの店舗と3つの訓練センターを持っています。ここでは刑務所を出た方の訓練を実施していますが、これ以外の訓練センターでは障害のある方も訓練をしているということでした。しかし、障害のある人たちのための訓練は、あまり利益にならないので、チャリティーの資格を取りたいと言っていました。どうしてもペイしないそうです。それ以外の方は大丈夫らしいのですが、障害のある方は行政からの支援がないとやっていけないと、言っていました。先ほど申しましたように、英国の特徴として行政機関からの資金援助がないということがありますが、それで、本当にソーシャルファームを運営できるのか、8年くらい前からの疑問でした。無理があるなということが、想像できたのですが、やっぱりそうかという感じを受けました。

スライド16
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド16(図の内容)

次は意見交換会の様子です。施設見学ではありませんが、意見交換の写真だけをお見せします。

アコードという地域の福祉センターのようなところで、実施されましたので、費用が安くおさまりました。これは、来ていただいたソーシャルファーム、ソーシャルエンタープライズの関係者が写っている写真です。

スライド17
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド17(図の内容)

ただ話をしている様子が映っているだけですが、ここで印象に残りましたのは、先ほど炭谷先生がおっしゃったように、どうも英国のソーシャルファームは、少し旗色が悪いといいますか、ソーシャルエンタープライズに比べてかなり発展の速度が鈍っているというか、むしろ落ち込んでいるということです。ソーシャルエンタープライズUKの方は、少しわかりにくいですが、ピンクの服の隣の方です。「成功した理由は何ですか」と聞きましたら、支出の3分の1ぐらいをマスコミ対策に当てたからと言っていました。

一方、ソーシャルファームは、政府がレンプロイ工場を廃止しようとした時に、「レンプロイの従業員をソーシャルファームで受け入れられますか?」と聞かれたそうです。それに対して「無理だ」と答えたらしいのです。そういうことも1つ、影響しているという感じがしました。受け入れられるなら、政府の関心もそちらに向いたのかもしれませんが、受け入れられないとすると、やはり存在価値がかなり薄くなってしまったのではないかと思いました。ソーシャルエンタープライズUKはどんどん発展していて、今は1000ぐらいのメンバーがいて、2万人くらいの支援者がいると言っていました。

スライド18
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド18(図の内容)

次にスタジオ306です。これもCICです。これは、地元自治体が設立しました。コレクティブCICと書いてありますが、コレクティブとはどのようなことなのか聞くのを忘れてしまいました。そして私が調べたところでは、CICの場合、誰が運営の決定権を持っているかによって、例えば社長のような株式会社を運営していくのを1人で決めている場合と、複数で決める場合がありますが、複数のメンバーが経営、企業の方針を決めているのがコレクティブらしいです。これは正しいかどうかははっきりしませんので、ご存じの方お教えいただければと思います。しかし、どっちみちCICには違いがないわけです。

ここは精神障害のある方を対象にしています。作業の場を提供しています。手工芸のデザイン、陶芸、洋裁、織物、アクセサリーの製作、スクリーンプリントなどを行っています。製品はインターネット上、あるいは展示販売会で販売しているそうです。11月にはクリスマスに向けて展示販売会をやっているそうですが、1年間で生産したものをそこで売ってしまうそうです。そこでの利益は、作品を作った人にすべて渡すそうです。地域の精神障害のある方が、スタジオ306という場所を使って製品を制作します。

スライド19
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド19

写真のように結構狭いところですが、クッションを作っていたり、後ろの方に陶器、焼き物の窯があったりします。

スライド20
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド20

左の方にプリンターがありますが、それでシルク印刷をします。狭いところで、いろいろできるようになっています。この真ん中にいる白い服を着ている人が市の職員だそうです。元精神保健福祉士で、現地語ではサイキアトリック・ソーシャルワーカーです。この方が働きかけて、市が設立したそうです。

スライド21
ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況:スライド21

まとめです。英国のソーシャルファームというのは、ソーシャルエンタープライズの1つの類型であるということで、行政からの資金的援助はありません。民間企業からの支援とか、優先的融資、あるいはEUからの支援はあったとしても、英国政府は資金的援助をしないという点でほかの国とは少し違います。他のヨーロッパの国々、大陸系のソーシャルファームは、ある程度、行政的支援があります。ドイツでは、立ち上げ時に支援があります。また、イタリアでは給与の補てんなどをしています。それにもかかわらず、英国ではそういうことは全くないということで、本当にソーシャルファームを運営できるのだろうかという関心があったので英国をフォローしてきました。やはり、あまりうまくいっていないのではないかと思います。

日本のソーシャルファームジャパンはいろな人や制度を活用しようとしています。英国、あるいは大陸系の国々では、障害のある方とそれ以外の人の組み合わせをあまり考えていないようです。ソーシャルファームジャパンではそういう取り組みについても提案していますので、そういう意味では、日本でやろうとしているソーシャルファームはソーシャルファームの新しいモデルなのかもしれないと感じております。

時間になりました。終わらせていただきます。

どうもありがとうございました。

参考資料

報告1:ロンドンを中心としたソーシャルファームの状況

バイクワークス(bikeworks)

同社は、2006年に設立されたコミュニティ利益会社(CommunityInterestCompany:CIC)である。3つの店舗と訓練センターをもっている。訪問したのは、ロンドンの東部にあるベスナル・グリーンの店舗である。500平米くらいの敷地があり、道路に面して店舗があり、その地下に作業所兼訓練教室、奥まったところに広めの作業所の建物がある。写真1は訓練教室、写真2は整備工場の様子である。店舗では、リサイクル自転車とともに新品の自転車も販売している。

販売以外に、職業安定所からの委託で、刑務所を出所した人やホームレスの人などの訓練をしている。最初にアセスメントをしてやる気や適性などを評価してから受け入れるとのことである。初心者のための自転車整備コース、プロの整備士になる準備のための訓練コース、プロの整備士になるためのコースを選択できる。ここでは、障害者を対象にした訓練は行っておらず、別の訓練センターで行っているとのことであった。

事業収入は全体の収入の80%くらいで、残りは他の企業のスポンサーからの支援に頼っている。支援には、寄付以外にも会計の専門家の派遣など人的な支援もある。障害者による事業は採算がとれないのでチャリティーを作りたいと考えているとのことである。

写真1 写真2
写真1 訓練教室 写真2 整備工場
訓練教室 整備工場

スタジオ306(Studio306CollectiveCIC)

同社は、コミュニティ利益会社(CIC)で、地域地元の自治体が設立した。管理者兼指導員は、市の職員で、もと精神保健福祉のソーシャルワーカーをしていたとのことである。

この会社は、地域の精神障害者を対象に作業の場を提供している。手工芸品のデザイン、陶器、衣服、織物、アクセサリーの製作、スクリーンプリントなどを行っているが、作業場を提供しているだけで、そこに通ってくる利用者がその作業場の機械や道具を使ってそれらの製品を製作する。会社は、それらの製品をインターネット上や展示販売会などで販売する。利益は、すべて、作品の製作者に支払われる。

また、これらの作業の訓練も実施しており、訓練修了者は作業場を利用者の定員に空きができたときに利用者になることができるとのことであった。

写真3、4は、作業場の風景である。150平米くらいの広さしかないが、焼き物用の電気釜、衣料用のプリンターなど、所狭しと置かれていた。

写真3 写真4
写真3 作業場の風景1 写真4 作業場の風景2
作業場の風景
menu