炭谷 茂
(1) 日本におけるソーシャルファーム設立の緊要性
現在、日本では沢山の人が社会的排除、孤立をしている。
これに該当する人は、障害者、難病患者、高齢者、ひとり親家庭の親、DVの被害者、ニート、引きこもりの若者、被差別部落の関係者、刑務所出所者、ホームレス、外国出身者など2,000万人以上になる。
これらの人は、一般の労働市場では本人の適性や能力に合う就労の場を得ることが困難な場合が多い。就労していても生きがいを感じず、収入が低いなどの問題を抱えている。
しかしこれらへの対策は、著しく遅れている。
このためソーシャルファームを設立し、就労を通じてこれらの人が、地域社会の一員となるソーシャルインクージョンの理念に基づく就労対策の確立が急務になっている。
(2) そこで日本ではソーシャルファームに関する法律、条例の制定など具体的検討が急ピッチで進められているが、日本にとって新しい制度であり、設計に当たって検討すべきことが多いので、先行国の実情が大変参考になる。
すでにイギリス、ドイツ、フィンランド、イタリアの実地調査を行い、多くの情報を入手してきた。
韓国もすでに法律を制定してソーシャルファームの設立が強力に進められており、日本の研究者等により調査が進んでおり、多くの邦語文献がある。
日本と韓国とは、制度、経済、社会の状況が相当に異なるが、アジアでのソーシャルファームであり、豊富な経験があるので、今後の日本の制度の設計に参考になることが多いと考えられる。そこで最新の状況や現場の実態を把握するために調査を行った。
既存邦語文献や今回訪問した社会的企業振興院での説明をもとに略述する。
(1) 1963~1993年 軍事政権
財閥を中心とする経済開発が重視され、社会政策は後順位になった。貧困層、貧困地域が増大した。
(2) 1998年にいわゆるIMFショックが発生した。このため金大中大統領は、労働条件の弾力化、失業対策の充実等の対策を講じた。
1999年に国民基礎生活保障法が制定された。
(3) 2006年に社会的企業育成法が、成立し、2007年に施行された。これは廬武鉉大統領時代であるが、ハンナラ党が提案したもので、ウリ党も検討に加わっている。
雇用労働部、保健福祉家庭部、企画財政部など政府機関や研究者も検討に参加し、多分野の人が法案作成に参加している。
法律を制定するに当たりソーシャルファームの先行国であるイタリア、イギリスの制度を参考にしている。「生産的福祉」という概念がキー概念になっている。
法律の所管は、福祉部局でなく、雇用労働部になっている。
(4) 2010年に社会的企業育成法が改正され、支援対象者の拡大、予備的社会的企業制度の導入等が行われた。
2011年に社会的企業振興院が雇用労働部の関係機関として設立された。
数名で出発したが、現在100名と拡大、予算も増大している。
2012年に社会的協同組合法制定が制定され、ソーシャルファームが協同組合の法人格で設置することが可能になり、設立しやすくなった。
(5) その後現在まで
2013年に第2次社会的企業育成基本計画が制定され、3,000社の設立を目標としている。
ソーシャルファームは、現在も成長を続けている。
現在「社会経済基本法」案が俎上にあがっている。
(1) 韓国のソーシャルファームの概要
(制度の詳細は、後述)
韓国のソーシャルファームは、社会的企業の一分野である。社会的企業の3分の2がソーシャルファームに該当する。
設置数が増加しており、政治的、経済的、社会的役割は、大きい。
対象者は、脆弱者層で極めて広い。
財政援助措置は、広範囲に及ぶ。
(2) 韓国の事情を反映
韓国のソーシャルファームは、次の韓国の事情を強く反映している。
① 経済状況
経済の低迷、施策の未整備のため貧困層が多い。
景気の低迷により失業率が高く、退職年齢が低い。このため特に若者、55歳以上の者などに失業者が多い。
財閥企業の経済支配力が強く、財閥から独立した企業が育たない。
これにより就労の場を得ることの困難性が高く、若者などにとって働き甲斐のある職場を得ることに困難を生じることがある。
これに対応するため社会的企業の役割が大きい。したがって貧困、失業対策が中心的目的になっている。
② 社会状況
日本と同様に多数の社会的排除される者が、生じている。これは家族、親族、地域の絆の脆弱化が進行していることが背景にある。
さらに貧困や失業問題が深刻で、これが社会的排除を一層激しくしている。
しかし、国の対策は、十分には手が回らなかった。
これのため伝統的に教会、民間団体の活動が活発である。
また、財閥の企業が財団を通じてCSRの見地から援助を行っている。
これらの事情から社会的企業は、企業系、教会系、民間団体系に分かれている。
③ 政治的事情
政治主導の面が強く、政権によって政策が変更する。
日本と異なり、官庁の役人の関与が薄い。
したがって、大胆な政策提示が行われ、制度改正が頻繁に行われている。
試行錯誤的な面も窺われる。
④ 国民意識
公依存体質が強く、公からの資金援助を期待する面がある。
これはソーシャルファームの本質と矛盾すると思われるが、韓国ではこの点の問題意識は薄いようである。
(1) ヨーロッパを参考にして韓国は、制度設計が行われた。しかし両者に大きな差異が見られるのは、上述の状況が反映していると思われる。
(2) 理念
ヨーロッパは、ソーシャルインクルージョンを理念とする。
韓国は、貧困、失業対策がメインの目的である。これは雇用労働省が所管していることからも言える。
最近は、「社会経済」の考え方を中核にするようになったようである。このため「社会経済基本法」の制定を進めている。
近年は社会統合の目的も考慮されるようになってきた。
(3) 対象者
ヨーロッパは、社会的排除されている者である。
韓国は、貧困層、退職者(55歳以上)のウエートが高い。また、対象範囲が広い。
(4) 支援策
ヨーロッパは、各国によって差異がある。
しかし、近年自立意欲を失わないように配慮するようになっている。
例えば 公的機関の優先購入の制限、支援策に期限を設定 など
韓国は、手厚い。
自立意欲の阻害が懸念される。
近年、人件費援助を3年とするなど軌道修正している。
(5) 運営されているソーシャルファームの実態
① ヨーロッパ
各国によって差異があるが、経済、社会的位置・役割は大きくなっている。
多数の設置数、経営の持続性は確保されている。
経済面では就業者数が多くなり、一般住民も一緒に働く。
生産額のGNPに占める割合も大きくなっている。
社会面ではソーシャルインクルージョンの理念を具現化しており、社会的排除を受けている者を幅広く支援し、実績を上げている。
業種は、多種多様である。
② 韓国
社会的企業の目的に沿い、発展している。
経済、社会的存在は、大きく、韓国の経済、社会で不可欠な存在になっている。
持続性は確保されており、企業としての生存率は80%である。
経済面では従業者数も多く、生産額も増え、GNPに占める割合は、協同組合も含め3%程度である。
社会面では国民に浸透し、社会的企業の認知度は、80%と高い。
脆弱階層の援助に大きく貢献している。
業種は、多種多様にわたる。
(1) ビジネス性が弱点
補助金、寄付金依存体質が強い。訪問した施設の状況は、次のとおりである。
「カナン福祉館」は軌道に乗る。
幹部のビジネスマインドが強い。
「希望の家」(社会的企業ではないが)は悲観的
当事者の生産性が低い
「美しい店」は、成長しているが、 混合型だが、雇用面の貢献少ない。
(2) 公による管理が強い。
民の自発性を弱体化していないか。
認証制度、助成制度の見直しが迫られる。
公による優先購入の割合が高い。
民間企業から競争の不公正の批判が出る恐れも将来起こりうる。
(3) 理念の整理
今後導入される社会経済の考え方に注目される。
ソーシャルインクルージョンの理念の強調が必要でないか。
(4) 自治体の役割が不明確
自治体の関与は必要だが、全国的でない。ソウル市長は熱意がある。
現在は、国主導で進められている。
(1) 韓国の置かれている環境を反映し、さらに発展していくだろう。
社会的企業の必要とされる環境は、一層高まる。
貧困層、失業、中高齢者の増加
国の社会政策の代替機能
(2) 政権の交代による政策の方向が大きく変更される可能性がある。
予算が増大しているが、政権交代によって急変する可能性もある。
なお、ソウル市は、強力に進められているのもソウル市長個人のリーダーシップが大きい。
(3) 今後の環境の変化によりヨーロッパと同様なソーシャルインクルージョンの理念の強調される可能性もある。
(1) ソーシャルファームの育成方策
予備的社会的企業制度は参考になる。
(2) 中間支援組織の活動
社会的企業振興院の役割は、大きい。
社会的企業を育成
研修、情報提供
(3) 政治家のリーダーシップ
与野党に渡って関心が強い。
(4) 企業の支援
(5) 国民の認知度の大きさ