医療的ケア児支援法成立の背景~「医療的ケア」誕生30年の節目の年に~

「新ノーマライゼーション」2022年2月号

特定非営利活動法人地域ケアさぽーと研究所 理事
下川和洋(しもかわかずひろ)

1.はじめに

「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」(以下、医療的ケア児支援法)は、2021年6月11日に国会で成立、同年6月18日に公布、9月18日施行しました。医療的ケア児支援法は、学校教育で課題が顕在化して33年目、「医療的ケア」ということばの誕生30年目の節目に誕生した法律です。本稿では歴史をたどりながら、本法律成立の背景と期待を述べます。

2.医療的ケアに関する社会動向

医療的ケア児支援法成立までの取り組みを5期に分けて紹介します。

(1)第1期(~1997年)医療的ケア黎明期~課題の顕在化と「医療的ケア」の誕生~

1988年4月27日に東京都教育委員会は、痰の吸引や経管栄養などを必要とする「該当児童・生徒の就学措置は、原則として訪問学級」等の見解を発表し、学校における課題が顕在化しました。当時、「医療行為」「医療類似行為」「生活行為」などさまざまな名称で呼ばれていました。

「医療的ケア」ということばは、大阪府教育委員会設置「医療との連携のあり方に関する検討委員会」報告書(1991年)に載ったのが自治体文書として最初です。当時、家族等が行っている行為を教員が研修を受けて「教育の場で教育行為の一環」として実施していたことから考え出された教育現場で生まれたことばです1)。当時は、まだ訪問看護制度が始まっていない時代(重度障害者等への訪問看護は1994年から)です。

(2)第2期(1998年~2004年)医療・福祉・教育における混迷の時代

1998年から文部省は、看護師のバックアップの下で教師が医療的ケアの一部を担うとする「特殊教育における福祉・医療との連携に関する実践研究」を開始し、当初は2年で結論を得て事業を一般化する方針でいました。ところが、1999年9月に総務庁が「ホームヘルパーが、身体介護に関連する行為をできる限り幅広く行えるように」と厚生省に行政勧告を行ったことに対し、日本看護協会は強く反論し、これを機に看護師を中心にした体制づくりへと研究の重点が移行します。2002年3月に文部科学省・厚生労働省連携協議会は、訪問看護ステーション活用の「訪問看護スキーム」をまとめ、2003年度予算概算要求に盛り込みましたが予算化されませんでした。

次の局面に移行するきっかけは、日本ALS協会が2002年11月12日に行った厚生労働大臣への陳情です。2003年6月9日に厚生労働省設置「看護師等によるALS患者の在宅療養支援に関する分科会」は報告書をまとめ、一定の条件を満たすことで医療職でない者が痰の吸引等を行うことが許容されるという法律の解釈「実質的違法性阻却」による対応が始まります。2004年9月17日「盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の医学的・法律学的整理に関するとりまとめ」報告が出されて、養護学校における医療的ケアの対応の方向性が示されました。

(3)第3期(2005年~2011年)違法性阻却による対応の時代

2005年に在宅ALS患者以外の対応、2010年に特別養護老人ホームでの対応など「実質的違法性阻却」に基づく通知が発出されています。この他、原則として医行為ではない行為を列挙した2005年「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」の通知が発出されました。

このころ、新生児分野の救急・周産期医療の課題、気管切開した女児の保育所入園訴訟、高齢者分野の胃瘻(ろう)の課題等が顕在化します。そこで、法律による介護職員等の業務位置づけを検討する「介護職員等によるたんの吸引等の実施のための制度の在り方に関する検討会」が2010年に設置され、「社会福祉士及び介護福祉士法」(2012年改正)による対応に移行します。文部科学省は「特別支援学校等における医療的ケアの今後の対応について」(2011年12月20日)を通知しました。

(4)第4期(2012年~2015年)法律に基づく対応の時代

2012年の医療的ケアの法制化を受けて、文部科学省は従来との違いをまとめています(表1)。

表1 教員が行うたんの吸引等に関する法制化前後の比較

  法制化前 法制化後
法的根拠 なし(違法性阻却の考え方) あり
対象範囲 口腔、鼻腔内吸引
経鼻経管、胃ろう、腸ろう
口腔、鼻腔内、気管カニューレ内吸引
経鼻経管、胃ろう、腸ろう
実施要件 研修修了 研修修了(認定)特定事業者
看護師との関係 常駐 連携
実施場所 原則校内 限定なし

一方、国の通知は地方自治法(昭和22年法律第67号)第245条の4第1項に規定する技術的助言であり、強い強制力はないため、自治体による違いが生じました。

(5)第5期(2016年~2020年)障害者の権利に関する条約批准の波及効果時代

国連「障害者の権利に関する条約」批准(2014年)に向けた国内法整備の一環として、福祉分野では「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)の制定(2013年)、教育分野では学校教育法施行令の一部改正(2013年)などが行われました。文部科学省は「障害のある児童生徒の学校生活における保護者等の付添いに関する実態調査の結果」(2015年10月22日)を発表し、「小・中学校における保護者の付添いは、今後も合理的配慮の提供において一つの論点」と述べ、2016年度から特別支援学校への看護師配置補助事業に小学校・中学校を追加しました。

2016年6月3日の児童福祉法の一部改正(以下、改正児童福祉法)施行日に「医療的ケア児の支援に関する保健、医療、福祉、教育等の連携の一層の推進について」の通知が発出されました。さらに文部科学省設置「学校における医療的ケアの実施に関する検討会議」報告書をもとに、「学校における医療的ケアの今後の対応について(通知)」(2019年3月20日)を発出しました。

一方、2018年には障害者差別解消法等違反を旨とする訴訟や日本弁護士連合会「医療的ケアを要する子どもの保育及び教育に関する意見書」(2018年9月21日)が出されています。改正児童福祉法は自治体の「努力義務」であるため、取り組みに地域格差が生じていました。

3.「医療的ケア児支援法」の成立と今後の課題

改正児童福祉法が自治体の努力義務であったのに対して、医療的ケア児支援法は国・地方公共団体の責務です。ここでは、今後の課題を述べます。

(1)医療的ケア児支援法の附帯決議

法案審議において衆参両議院厚生労働委員会は附帯議決を行っています(表2)。附帯決議に示された課題への対応が望まれます。

表2 参議院厚生労働委員会附帯議決(2021年6月10日)の概要

1.成人期移行の際の支援

2.医療的ケア児支援センターに対する措置

3.既に看護師のいない保育所・学校等に在籍する医療的ケア児への配慮

4.法が定義する「医療的ケア」によって「医療行為」の範囲が変更されたかのような誤解を招くことがないよう適切に周知

5.早期の愛着形成に向けた家族支援の在り方に関する実態把握と支援体制構築

(2)支援者の拡大と医療的ケアの本質的な定義

医療的ケア児支援法第二条は、「この法律において『医療的ケア』とは、人工呼吸器による呼吸管理、喀痰吸引その他の医療行為をいう。」と行為内容で定義しました。そのためか、最近の行政の文書・報告書には「看護師の行う医療的ケア」という表現が見られるようになりました。しかし、医療職ではない教員が行うために考え出されたのが「医療的ケア」であり、看護師が行うのは「医行為」です。医療的ケアの本質的な定義がなされないために起きている用語の混乱といえます。今後、支援者拡大は必須であり、論議する際には医療的ケア自体の本質的な定義が望まれます。

4.おわりに

2000年12月、全国肢体不自由養護学校PTA連合会は、関係機関の理解を図るために、保護者19名による「手記 医療的ケアを要する子どもを抱えた保護者の願い『いつまで 待機をすれば…』」をまとめました。今回の医療的ケア児支援法によって、この20年以上前の手記に書かれた保護者の願いに応えられるような施策が進むことを願っております。その際、歴史的経過を十分吟味して施策化されることを望みます。


【文献】

1)松本嘉一「医療的ケア断章-私史的観点から」医療的ケア あゆみといま、そして未来へ(大阪養護教育と医療研究会編著),クリエイツかもがわ,pp74-85,2006.

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