海外情報-コロナ禍の中で経験した海外渡航の話

「新ノーマライゼーション」2022年2月号

筑波技術大学
大杉豊(おおすぎゆたか)

2021年11月26日から12月1日まで一般財団法人全日本ろうあ連盟の派遣でスイスに行ってきました。ローザンヌで開催された国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)の臨時総会に、改革委員会委員長の立場で出席することが主な目的でした。同行者は全日本ろうあ連盟スポーツ委員会代表者3名、全員がろう者です。

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行がやや落ち着いた時期であり、日本政府も帰国後の待機期間を14日間から10日間あるいは3日間に短縮するなどの緩和措置を講じる中で渡航の準備を進めました。ワクチン接種を2回終えていることの証明書(ワクチンパスポート)を保健所から取り寄せるだけでなく、スイスで定められた様式(衛生パス)への書き換えと、入国するための事前申請が必要であることがわかり、落ち着かない日々が続きました。さらに出発3日前になって、ICSD事務局から48時間以内にRT-PCR検査で陰性判定が出たことの証明書が必要との連絡を受けたのには参りました。出発直前に羽田空港で受けた検査の結果を待つ、その2時間が非常にもどかしく感じられました。以上のすべてが私たちには初めての経験であったため、全日本ろうあ連盟本部事務所の職員がいろいろ調べてメールで伝えてきたり、同行者と作成したLINEグループにて写真やURLの送受信で情報を交換したりして、正確な情報の共有を図りました。

空港のPCR検査会場ではきこえないことを伝えた私に職員がそれぞれ適切な対応をしてくださったように思います。マスクを外して話しかけてくることはありませんでしたが、身振り手振りで伝える、紙に書いて伝える、タブレットの画面に手順説明を出して指さすなどの方法でした。羽田空港の国際線ターミナルですから、職員の皆さんは外国人への対応もあったりして慣れていたのでしょう。航空カウンターに手話言語の流暢な職員が2人いたこともあわせると、東京オリパラが開催されたことの影響も大きいのだと思います。

スイスのジュネーブ空港での入国は特に問題はありませんでした。電車でローザンヌの街に入り、ホテルでチェックインした時には、部屋の鍵の使い方、朝食の時間、Wi-Fi接続方法、チェックアウトの時間、その他説明が英語で書かれたプリントがあらかじめ用意されていました。ICSD臨時総会のオフィシャルホテルですから、この配慮があって当然のことと思いますが、きちんとされているのは気持ち良いものですし、安心できます。プリントの最後には「何か必要な時はフロントに電話をかけてください。お客様がお話しできなくても、フロントはどの部屋からの電話であるかわかります」と書かれていました。

ICSDは世界116か国が加盟しており、会費を支払っている61か国のうち53か国の代表が臨時総会の会場に集まりました。他に4か国の代表がオンライン参加し、発言がある時はスクリーンに大きく映し出される方法で議事が進められました。会場は役員やスタッフなども合わせて約100人が集まったのですが、椅子が隙間なく並べられていたり、換気がなされていなかったりと、感染を防ぐための対策が取られているとは言いがたく、その点は残念でした。

今回の総会では、ICSD憲章の改定案と数年間分の会計報告案を中心に、組織としてグッド・ガバナンス(良い統治)をどう確保していくかについて白熱した議論が交わされました(総会の詳細については、全日本ろうあ連盟のウェブサイトに記事が掲載されています。 https://www.jfd.or.jp/2021/12/01/pid23100)。議事は国際手話で進められます。ヨーロッパでは昔から国を超えての交流が盛んであり、ろう者スポーツの競技大会もヨーロッパを中心に早くから開催されてきた歴史があります。それで、国々で違う手話言語が混ざり合って国際的に通じる手話コミュニケーションのシステムが出来上がっているのです。音声言語では英語が典型的な国際共通語であるのに対し、手話言語のそれは国際手話が代表的なものになります。会場に国際手話と音声英語をつなぐ通訳者も2名来ており、きこえる法律専門家やICSDスタッフとのコミュニケーションが保障されていました。

会場でPCR検査が提供されたので、私たちも休憩時間を使って検査を受けました。その夜にメール連絡を受信、結果の証明書とQRコードが添付されていました。順調でしたらこのまま帰国となるのですが、南アフリカで報告された新たな変異株「オミクロン株」の急速な拡大による岸田首相の「外国人の新規入国原則禁止」ニュースが飛び込んできたために、帰国できないかもしれないという不安な気持ちが急激に高まりました。外国人のキャンセルが相次いだら帰国便がキャンセルされるのでしょうか。経由地のイスタンブール空港に感染者が出たらどうなるのでしょうか。もしかしたら私たちもすでに感染しているのかもしれません。

これらの心配は杞憂でした。日本人の搭乗が多く、帰国便は予定通りに運航されました。機上で記入する誓約書などの書類の多さにびっくりしましたが、それ以上に大変だったのは羽田空港での検疫体制でした。関門というのでしょうか、5か所ほど受付のテーブルが設けられていて、機上で記入した書類の確認、事前質問回答内容の確認、唾液採取による抗原検査、スマホへの指定アプリ「MySOS」のインストール確認、「Google マップ」のGPSがオンになっていることの確認が続き、最後のテーブルで陰性結果を得てからようやく入国し、預かり荷物を受け取れるのです。担当者は全員がマスクをしています。受付に行くたびに担当者のマスクがモゴモゴ動くので、見当をつけた書類を出してみると、それでもモゴモゴが続くので、耳がきこえないことを身振りで示します。担当者は慣れているのでしょう。すぐに「パスポートを預からせてください」と紙に書いてきますが、その丁寧に書く時間が無駄です。私たちは長旅で疲れていて頭が回らないのです。担当者も仕事が大変でしょうが、きこえない人への配慮として、提示が必要なものを書いた紙をわかるように掲示してほしいです。

自宅待機期間を3日間または10日間に短縮する緩和措置がオミクロン株の急速拡大で見合わせられ、通常の14日間に戻されました。ハイヤーで帰宅し、翌日からMySOSアプリを使う自宅待機の生活が始まりました。このアプリで毎朝健康状態を報告し、通知が来たら位置情報を送信します。一日に3、4回来るのですが、着信時のバイブレーション(振動)を設定して、服のポケットに入れておけば、着信にすぐに反応ができますので、きこえないから不便ということはないようです。

仕事は職場の在宅勤務制度を利用していますが、外出ができないのは辛いものがあります。同行者と作成したLINEグループでの密な情報交換や雑談ができていますので、これはかなり有効です。この貴重な経験を活かして、コロナ禍の収束がなかなか見えない中での次の海外渡航に備えていきたいと思います。

※今回の海外渡航は「スポーツ庁委託事業 スポーツ国際展開基盤形成事業におけるIF等役員ポスト獲得支援(Cタイプ)(令和3年度)」によるものです。なお、政府の対応状況など本稿にある情報は、2021年12月7日時点のものです。


○MySOSは、株式会社アルムの商標または登録商標です。

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