米国連邦下院で可決された「競争的統合雇用への転換法」 ―その背景と福祉的就労へのインパクトー

法政大学名誉教授 松井亮輔

はじめに

2021年10月に公表された国連障害者権利委員会による障害者の労働及び雇用の権利にかかる障害者権利条約第27条に関する一般的意見草案では、同条約の締約国に対して、同条約の国内実施の一環として次のようなことを求めている。

「シェルタード・ワークショップ(日本の障害者総合支援法に基づく就労継続支援A・B型事業所に相当するもの。以下、ワークショップ)から労働市場への迅速な移行を保証する資源、時間枠および監視メカニズムを備えた具体的な行動計画を採用することにより、ワークショップを迅速に廃止すること。そしてワークショップにとどまっている障害者については・・・(労働市場に)移行するための選択肢と支援を提供すること。」
(注:国連障害者権利委員会「障害者の労働及び雇用の権利に関する障害者権利条約第27条に関する一般的意見草案」、2021、27~28頁)
(https://www.orchr.org/EN/HRB/CRPD/Pages/CallCommentsDraftGeneralComments.aspx)米国は同条約の締約国ではないが、リハビリテーション法(最新の改正は、2015年)等に基づき、ワークショップで就労する障害者の一般雇用への移行を支援するための様々な施策を講じてきている。

以下では、ワークショップに認められてきた、そこで就労する障害者への公正労働基準法第14条(c)に基づく連邦最低賃金適用除外措置廃止に向けての動きと、それに応えるべく2021年4月に連邦下院で可決された「競争的統合雇用への転換法」がワークショップに及ぼすインパクトについて簡潔に解説することとする。

1.ワークショップの推移

米国の障害者を対象としたワークショップは、19世紀に盲学校の付属施設としてスタートしたとされる。その後それが全国的に広がるようになったのは、1954年に改正された職業リハビリテーション法(1920年に制定。1973年の改正で、リハビリテーション法に名称変更)でワークショップは、連邦および州から補助金が出る職業リハビリテーション・プログラムとして位置づけられたことによる。それを契機に、ワークショップは大きく増加する一方、1938年に制定された公正労働基準法第14条(c)で規定された、障害者に対する連邦最低賃金適用除外措置が、ワークショップで就労するほとんどの障害者にも適用されることになった。それ以来、その妥当性をめぐって、障害当事者団体や人権擁護団体などを中心に議論が展開されてきた。

2.最賃以下の賃金制度利用制限措置の導入

2015年のリハビリテーション法改正で、障害のある学生が学校卒業後ストレートにワークショップの利用に繋がらないよう、「競争的統合雇用」(注)への移行を奨励している。
(注:「競争的統合雇用」とは、①同様の仕事をする障害のない従業員に事業主が支払う、最低賃金以上の慣習的な金額でのフルタイムまたはパートタイムの仕事、②(管理者や支援スタッフ以外の)障害のない従業員と一緒に働く職場環境であること、③障害のない従業員と同様に、昇進の機会があること、とされる。)

「最賃以下の賃金:障害者の公民権へのインパクト―米国公民権委員会2020年報告」(https://www.usccr.gov/rportof2020/subminimum-wages-impacts-civil-rights-people-disability, pp.69~70 )によれば、2017年から2019年までの3年間でワークショップは、1,772か所から1,433か所へと約2割、そしてそこで就労する障害者数は164,349人から111,471人へと3割強、それぞれ減少している。それらの障害者がそのまま「競争的統合雇用」に移行したのかどうかは明らかではないが、毎月公表されている米国労働省労働統計局の「性別、年齢別、障害状況別の労働年齢(16歳~64歳)の一般市民の雇用状況」(https://www/bls.gov/news.release/empsit.t06.htem )によれば、障害者の就業者数は、2020年8月の4,876千人から2022年2月の5,404千人へと約53万人、就業率は、28.8%から33.1%へと4.3%それぞれ増えている。その間、障害のない者の就業者数は133,375千人から141,065千人へと約769万人、就業率は、69.7%から73.8%へと4.1%それぞれ増えている。したがって、障害者の就業率の増加率は、障害のない者よりもやや多い。

前述の米国公民権委員会報告によれば、2017年と2018年の間に第14条(c)に基づく最賃適用除外許可証明証を所持するワークショップで就労する障害者の平均工賃は、時給3.34ドルで、連邦最低賃金(時給)7.25ドルの半分弱(46%)である。そこで働く障害者の平均労働時間は週16時間であることから、これらの障害者は週平均53.44ドル、月平均213.76ドル(約2万6,500千円)支払われていることになる。

3.「競争的統合雇用法への転換法」制定へ

2019年に連邦議会に上程され、2021年4月に下院で可決された同法は、障害者の「競争的統合雇用」へのさらなる移行を奨励するため、州およびワークショップに助成金および技術的支援を提供することを意図したものである。つまり、公正労働基準法第14条(c)に基づく障害者の最賃適用除外認可証明書を所持するワークショップが、その事業モデルを転換し、最賃を下回る賃金支給を同法施行後4年の間に段階的に廃止するとともに、ワークショップで就労している障害者が、「競争的統合雇用」への移行に必要な支援サービスが確実に受けられるようにすることである。同法による優先ターゲットは、最重度の知的および発達障害者とされる。

第14条(c)認可証明書を所持するワークショップへの助成金は、3年間にわたり毎年10万ドル~50万ドルで、「競争的統合雇用」に向けて障害者を支援した経験がある、少なくとも2つのワークショップと協力して取り組むことが求められる。そのための当初予算として3億ドルが計上されている。

同法施行後は、新たな第14条(c)認可証明書の発行は、禁止される。また、同施行後6年後には、既存の第14条(c)認可証明書は、無効となる。

同法は、また、連邦労働大臣が、同法施行6か月以内にワークシップでの雇用から「競争的統合雇用」へ移行した障害者の人数、賃金および雇用の変化を含む、インパクトの複数年にわたる評価を実施すべく、非営利事業体(研究機関など)と契約を結ぶよう求めている。

なお、いまのところ、同法に基づき何人の障害者が「競争的統合雇用」への移行後、正式に雇用されることになるのか、および、ワークショップが第14条(c)に基づく許可証明書を返上する日程などについては明らかではない。

4.障害者就労支援に係る今後の検討課題

ワークショップの利用者の一般雇用(「競争的統合雇用」)への移行の推進に関連する課題は、こうした取組みにもかかわらず、結果的に一般労働市場に繋がらない人たちの受け皿である。

マサチューセッツ大学ボストン校の「コミュニティ・インクルージョン研究所」のデータ(前述の米国公民権委員会報告書、図2・1「知的および発達障害者の雇用寸描」、77頁)によれば、2017年現在、統合雇用サービスまたはデイサービスを利用している知的および発達障害者は641,608人で、そのうち統合雇用サービスを利用している者は130,402人で、全体の20.3%に過ぎない。つまり、全体の8割近くは、非労働のデイサービスの利用者である。このデータからは、この両者の割合が今後どのように変わるのかについては、明らかではない。一般の職場で働くことを望みながら、就労支援サービスを受けてもそこへの移行が実現しない人たちの選択肢が、非労働のデイセンターのみといったことにならないような対策が求められる。

なお、同報告書(82頁の図3州知的・発達障害者機関でサービスを受ける人びとの推定総数および統合雇用サービスを受ける推定人数の傾向線)によれば、同機関の利用者は、1990年の約30万人から2017年には60万人以上に増加している。そのうち、非労働サービス(デイセンターなど)利用者は、1990年の約115,000人から2017年には413,000人へと約3.6倍に増加している。それに対して、統合雇用サービス利用者は、1990年の約5万人から2017年の約10万人へと約2倍増にとどまっている。つまり、デイサービスなど非労働サービス利用者の増加率の方がかなり大きい。このことは、今後の就労支援施策のあり方を検討する上で十分留意する必要があろう。

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