支援の本質を問い続けて~生きにくさネットの活動~

「新ノーマライゼーション」2022年4月号

生きにくさを抱えた障害者等の支援者ネットワーク 理事
赤平守(あかひらまもる)

1.「再犯防止」は「結果」であり「目的」ではない

最初から今回の特集テーマ「再犯防止」を否定している?と誤解されそうな書き出しになってしまいました。実はこの主張は「ノーマライゼーション」2016年9月号の特集「生きにくさを抱えた人たちの支援」で私が執筆した結論部分の主張です(※編集部注)。あれから5年半、私の考えは変わっていません。なぜ変わらないのか、与えられたスペースの中で説明していきたいと思います。

2016年10月「生きにくさを抱えた障害者等の支援者ネットワーク(通称:生きにくさネット)」は正式に一般社団法人としてスタートしました。そして同年12月「再犯の防止等の推進に関する法律」が施行されました。この法律ではその目的(抜粋)を「国民の理解と協力を得つつ、犯罪をした者等の円滑な社会復帰を促進すること等によって、国民が犯罪による被害を受けることを防止し、安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与することとする。」となっており、その基本理念の概略は「1.出所者等が社会復帰する際に必要な就職先と住居を確保する。2.社会復帰後も途切れることなく、必要な指導及び支援を受けられるようにする。3.犯罪をした者等が被害者等の心情を理解すること並びに自ら社会復帰のために努力することが、再犯の防止等に重要である。4.調査研究の成果等を踏まえ、効果的に施策を講ずる。」とあります。しかし、全24条にわたる条文と附則の中に「民間団体とその他の関係者との連携」という文言は何度も出てきますが、それが何を指すものなのかは具体的には出てきません。法律の条文に心遣いを求めるのは野暮かもしれませんが、せめて、地域生活定着支援センターの存在意義くらいは明らかにしてもらいたいものです。

2.なぜ「生きにくさネット」なのか

「生きにくさネット」のスタートと「再犯の防止等の推進に関する法律」の施行は同じ2016年ですが「再犯防止」に対しての捉え方は違っていたように思います。国が「再犯防止」の推進は、安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与するための重要施策と位置づけ、大きな目的にしたのに対して、私たちの目的は「再犯防止」そのものではありませんでした。犯罪を繰り返す彼らの「生きにくさ」に向き合い、その背景にあるものを正しく知ることが目的でした。貧困や障害、それらを起因とするいじめや虐待、差別、そして社会からの孤立。それらが幾重にも重なり合い、絡み合い、“自助”ではどうにもならないところまで来てしまった「生きにくさ」なのです。もちろん、生きるために必要な住居や仕事といった環境整備は絶対に必要ですが、それにも増して必要なのは、失われた人間関係を創り上げることです。そしてその関係づくりは、本人と支援者双方が対等な関係で創り上げるものでなくてはなりません。結果、長年、生きにくさを抱え、受刑生活まで送った人にとって、その重みを超える新たな人間関係と、ささやかでも手放したくないと思える「生き場」が得られた時、自発的に 「もう再犯はしない」という“覚悟”が生まれる。そのことが目的でなくてはならない。と私たちは考えました。

しかし、現実は甘くありませんでした。2011年から2014年の春まで私は東京都地域生活定着支援センターのセンター長をしていましたが、そこでいつも壁にぶつかるのは支援者(特に障害者福祉分野)を開拓できないということでした。運よく受け入れをしてくれる法人が見つかっても「再犯防止を目標として頑張りましょう」という施設が大半で「すみませんがそうではなくて」と上記のような説明をすると怪訝な顔をされ、逆に管理の重要性を説かれることもありました。また日ごろ「触法の人の支援にも必要性を強く感じる」と明言しているような法人に相談に行くと、ほとんど体よく断られました。しかも不思議と口裏を合わせたかのように次の3点を断る理由として挙げるのです。「うちの職員にはまだスキルがない」「刑務所を出た人の支援の経験がない」そして「何かあったらどうするんですか?」と。「どうするんですか?」は、「だれが責任をとるんですか?」の意味です。それって、かつてあなたたちも施設をつくる時に、反対派の住民に投げかけられた言葉ではなかったのか?と思いつつ、しかし待てよ。その発言は、現実と真実を知らないことから出ている。だとすれば、このまま分かり合えないままの形だけの支援が続くとしたら、本人にも支援者にも良い結果は生み出せないのではないか。

そこで、今まで協力していただいた障害者支援、婦人保護事業、弁護士会、生活困窮者支援等の関係者に働きかけ「障害、貧困、差別、孤立などからくる“生きにくさの連鎖”から脱却のために支援者が点としてではなく線、さらに面となり、“人間が生きる上で必要な関係性の支援”を支援の本質とし、ネットワークに参加する人たちが共通認識をもち日常的な支援につなげることを目的とする」一般社団法人を立ち上げ活動を始めました。手さぐりの中、矯正施設の見学や保護観察所長への協力のお願い、定期的に異分野の支援者が集い、研修、事例検討等を地道に続けました。2018年からはキリン福祉財団の助成を受けることができ、内容の充実を図ってきましたが、コロナ禍1年目の2020年は現在のようなオンライン研修の整備も遅れ、ほぼ活動休止状態になってしまいました。2021年からは活動を再開。児童虐待、ひきこもり、入口支援、意思決定支援、性虐待など多岐にわたったテーマでオンライン研修に取り組んでいます。まだ、長時間の対面は難しい時期ですが、これからは相談にも力を入れたいと考えています。

3.安全で安心して暮らせる社会とは?

警察庁の犯罪統計を見れば日本の犯罪件数は2002年をピークに急激に減少を続け、2021年はピーク時の4分の1以下まで減少しているのがわかります。法務省は昨年12月、刑務所を出所後、2年以内に再犯して入所した「再入率」は15.7%となり、2021年までに16%以下にするという政府目標を達成したと発表しました(注)。この結果は客観的に見て数字の上では、社会の安全度が高まったといえるのでしょう。しかし安心度も同様かといえば答えはNOです。何故なら、安心とはだれのものでもない、一人ひとりの心の中にあるもの。揺れ動くものであり、もともと数値化できないものだからです。「生きにくさ」を抱えた人の心はいつも揺れ動いています。

「生きにくさネット」が支えたい人、その人に必要なのは「どこで暮らすか」以前に「だれと出会うか」だと考えています。「地域で生きる人を、地域で支える」のであれば,その人を知る努力と確かな根拠を基にした想像力が必要となります。目の前にいるこの人と、なぜ自分は向き合うことになったのか、にどれほど思いをはせることができるか。大切なのは、そのことを本人とともに信頼できる仲間と共有すること。特に支援者側が陥りがちなパターナリズムと孤立を防ぐためには、重要なことです。

現実には政府の方針や目標にある「安全で安心して暮らせる社会」の片隅に取り残された、私たちの想像をはるかに上回る「生きにくさ」を抱えた人たちが存在しているのです。

約5年間「生きにくさネット」としては研修・セミナーを中心に細々と活動は継続してきましたが、「支援者のネットワーク」としては、以上に記したような思いが、残念ながら実現できてはいません。冒頭に「考えが変わっていない」と書いた理由はそこにあります。確かに研修を通して、輪が広がっている実感はありますが、しっかり繋がっているかと問われれば、自信はない、というのが正直なところです。私たちの力は本当に微々たるもの、徒労感を感じることもしばしばです。しかしSDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))に掲げる理想が本当に可能なのだとしたら、「生きにくさネット」としての「だれ一人取り残さない」ための暗中模索はこれからも続いていきます。


(注)政府目標(平成33年までに2年以内再入率を16%以下にする等)を確実に達成し、国民が安全で安心して暮らせる「世界一安全な日本」の実現へ2017年12月閣議決定された。

※編集部注:「彼らを受け入れようとする支援者の中には「再犯しないことを目的にしましょう」という方が多いが、再犯するか、しないかは結果である。」赤平守「生きにくさ」を抱えた人たちの支援~孤独からの脱却、「ノーマライゼーション-障害者の福祉」2016年9月号9~11頁より抜粋。

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