トピックス-国際賞「ゼロ・プロジェクト・アワード2022」受賞 岡山放送28年の手話番組を通じて構築してきた岡山モデルと新たな展開

「新ノーマライゼーション」2022年4月号

岡山放送株式会社アナウンス室課長・コンテンツ戦略プロジェクトリーダー
篠田吉央(しのだよしお)

Okayama Broadcasting,Japan―

岡山放送の名前が呼ばれたのは、日本から約9,000キロ離れたオーストリアの国連ウィーン事務所。今回の受賞は世界各地の専門家や研究者による投票を経て決まったもので、私たちが手話放送を通じ構築してきた3つの岡山モデルが、情報アクセシビリティの観点から「影響力・再現性が高い革新的な取り組み」と評価いただき、日本のテレビ局としては初の受賞に至りました。

国連障害者権利条約に基づき、オーストリアのエッスル財団などが世界のバリアフリー活動などを称える国際賞「ゼロ・プロジェクト・アワード」。3日間の国際会議では、授賞式のほかにも受賞者や研究者がさまざまなテーマに合わせ発表や意見交換をする機会が設けられ、私も手話に関するセッションにパネリストとして参加。日本のローカル局の取り組みにここまで注目いただけたことに驚くと同時に、「誰一人情報から取り残されない社会」の実現を目指し、さらなる一歩を踏み出そうと決意を固めるきっかけにもなりました。

岡山・香川を放送エリアとする岡山放送で手話放送がスタートしたのは1993年。障害者への認識を高め障害者施策の質の向上を目指した「アジア太平洋障害者の十年」がスタートした年です。ろう夫婦の家にホームステイをして手話を学ぶ大学生を取り上げたニュースをできるだけ多くの聴覚障害者に見てもらいたいと手話通訳を付けたのがきっかけで、キャスターも手話を学び、ろう者を取り巻く社会課題や障害者福祉をテーマにニュース特集「手話が語る福祉」を毎月1回放送しています。

「手話が語る」というタイトルが示すように、こだわるのは手話の言語性です。当事者の言葉で伝えたいと、ワイプ画面の手話表現をろう者自身が担当しますが、この取り組みを持続可能にしようと、立ち上げた組織が1つ目の岡山モデルです。岡山放送ではろう者や手話通訳者などと「OHK手話放送委員会」を立ち上げ放送の手話表現を検討しています。瞬間瞬間に情報を伝えていくテレビにおいて、一度見ただけで的確に内容を伝えるのは使命であり、当事者・通訳者・テレビ局による議論はテレビだからこその手話表現を生み出しています。また、当事者団体などと連携し専門組織を立ち上げることは、日本語とは文法も違う手話言語の知識が少なく、手話放送に踏み出せないテレビ局側の精神的負担の解消にもつながるはずです。実際に岡山放送では去年9月23日の手話言語の国際デーに夕方のニュースや特別番組の全編手話対応を実施。今年3月3日の耳の日には情報番組「なんしょん?」の手話対応も行い、お笑い芸人の漫才も手話で伝えました。複数の出演者がいるトーク中心の番組の手話対応は難易度が非常に高く全国でも珍しいですが、画面に手話を出すことにこだわることは、単なる情報伝達だけでなく、手話を言語として生きる聴覚障害者の存在を認め人権を尊重することにつながると考えます。そしてこれは、障害の種類や有無にかかわらず情報から誰一人取り残されないことを目指す象徴になると私は信じています。

一方で、手話放送に乗り出そうにも制作コストが課題となることは、ローカル局に身を置くものとして痛感しています。そこで、私たちが実践するのが、2つ目の岡山モデル。手話放送に協力いただける企業・団体に対し「手話協力」として社名などを表示する方法です。制作費を確保し手話放送の継続的な実施と普及につなげることが狙いで、ろう者からも「地元企業などの手話への理解が形となり伝わり嬉しい。チャリティやボランティアの枠を出た新しい形の福祉放送だ」 といった声が寄せられています。

そして3つ目の岡山モデルは、記者会見を遠隔で手話通訳する情報保障です。4年前にエリアを襲った「西日本豪雨」や「新型コロナの感染拡大」の中で私たちが行政に提案し実現に至ったもので、記者会見で首長の横に大きなモニターを置き、離れた場所にいる手話通訳者がリモートで通訳するものです。当時、全国各地の記者会見では、首長の隣の手話通訳者がマスクを着けていないことに疑問の声も上がっていましたが、岡山放送では手話での情報伝達は手の動きだけでなく、表情や口の形からも多くの情報が伝わること、感染防止のためにマスクを着けることで情報量が制限されてしまうことを繰り返し放送していて、行政の理解が得られやすかったのだと感じています。

セッション後には多くのお声がけをいただきましたが、特に「障害者の社会参加を考えると、ろう者だけで番組を制作することも方法だが、ろう者と健常者が一緒になり番組を作る組織を設けることはダイバーシティ(多様性)を考える上で非常に先進的だ」と評価いただいたことや、「世界を見渡すと手話通訳者の数が少なかったり、通訳派遣制度がしっかりしていない国や地域もある。非常事態でもきちんと情報を得られることは人としての権利につながるので、遠隔による記者会見の通訳システムは自国でも導入したい」とコメントいただけたことは岡山モデルに新たな視野の広がりをもたらしてくれたと感じています。

また、セッションはオンラインでも配信されていたのですが、それを見たウィーンの企業に招待を受けたことは大きな収穫でした。「サインタイム」という名のこの企業はウィーン中心部の一等地にあり、手話の3Dアニメーションを制作しています。現地では企業が新商品の紹介などをする際に手話による説明も取り入れているそうで、人間ではなくサインタイム社が制作するアバターが、ポップなタッチで情報保障をしているのです。国連が定めるSDGsの「誰一人取り残さない」という理念への意識はオーストリアでも高く、年々受注数は増加し売上も右肩上がりで、「自分たちの技術をビジネスとして軌道に乗せ社会に貢献したい」と語った経営者の男性は、手話放送に協力企業名を表示する岡山モデルは世界で普及すべき取り組みだと強い関心を示していただきました。

今、岡山放送では、放送と通信の融合によるテレビの視聴環境の向上を目指し、2021年6月から慶應義塾大学SFC研究所(研究代表者 村井純教授)と「テレビ放送における情報アクセシビリティ」の共同研究もスタートさせていますが、ゼロ・プロジェクトを通じたオーストリアでの学びは大きな刺激となり、情報のバリアフリー化に新たな一石を投じられるのではと考えています。限られた情報にアクセスするのではなく、すべての情報に平等にアクセスでき自分の意思で選択できる環境を目指しますが、この研究は必ずや将来、障害を乗り越えた情報提供だけでなく、地域間で格差のあるアクセシビリティの均一化としても地域に還元できると信じています。

もちろん、受賞が終わりではありません。長年の蓄積と、会社全体で受け継ぐバリアフリーの精神。国際舞台での経験を糧に、岡山放送だからこそできる歩みをこれからも続けていき、誰にとっても障壁のない世界の実現に貢献できればと思います。

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